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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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謎の咆哮

 ルカの胸ぐらを両手で掴んだ少女は狂気にも似たそれを纏い、笑う。

「ふふふ…っ、ウヒヒ…、アーッハハハハ! すごい…、この力すごいよ…。あの腐れ外道がこんな無様に。怖いね、怖いね、恐ろしいね新しい力。わたしが、わたしがやったんだよ。イヒヒッ…」

「…怖っ」

 正直な感想だ。狂気に似ているのではなく、狂気そのものだろう。極端ではあるが殺人鬼、あるいは戦闘狂の類。少女は笑い続ける。

「アーッハッハッハ!! 無様、無様! 調子乗ってた、滑稽、馬鹿だよ馬鹿…笑える…アハハハハハッ!」

 自分の腹を抱えて笑おうとする少女だが、両手がふさがっているため代わりに身体を反らせる。笑い時にするのではないか、そう思うほど、未だ異常なまでに笑い続ける。

 私はそれを見て強く拳を握る。ルカを助けるか、助けないかを悩んでいた。

 助けない理由はないのだが、あの能力に対抗する術がない。戦わずにルカだけ奪い、胡桃さんの店まで運ぶでもあるが、追われるのは免れないだろう。ルカを抱え、逃げることが果たしてできるのか、それが問題だ。

 木乃伊ミイラ取りが木乃伊ミイラになっては意味がない。早く早く、と急げば急ぐほどに、作戦は思い浮かばない。

 そんな私をよそに、少女の様子が変わる。

「ウヒ、ウヒヒヒヒ…。トドメ、トドメやっちゃう? 殺っちゃう? ほっといてももうすぐ死ぬよ? でもやろうよしやろう今すぐ殺ろう! アッハハハハ!」

「やばっ…!」

 少女の服の袖が変形し、鋭い刃を作り始める。これも変身能力かなどと考える暇もなく、私の体は動いていた。

 隠し持っていた紙を2枚取り出し、こちらも刃に変え、投げる。素早く少女に向かっていく紙は服よりも硬かったようで、変形する袖を切り取ると、少女はその衝撃でルカを落としてしまった。

 私は落ちて行くルカを私は全速力で追い、なんとか地面にぶつかる前に捕まえる。

 そのままそっとルカを1本の木にもたれかけさせる。私は少女に視線を向け、睨みつけた。空へと再び浮かび上がり、

「あんた…その辺にしときなさい…」

 紙を1枚取り出し、これを鉄に変えて、言う。少女は狂気の笑みを浮かべていたが、私の声をを聞くなり無表情へと変わった。

「何さ、武器なんか持って。お姉さんもわたしと勝負するの」

 話と違う。シオンの言葉を思い出し、なんとか説得を試みる。急がなければルカが危ない。そのため戦闘は避けた。

「シオンが言ってたわよ。あなたはルカを死なせる気はないだろう、って」

「質問に答えてよ。するの、しないの」

 少女は依然無表情で私に問う。当然、そんな時間はない。

「…しないわよ。これはもしものため。こちとら人の命抱えてんの。そんな時間なんて––––」

「なんでしないの!?」

 私の言葉を途中で切り、少女の表情が変わる。無表情はまた狂気の顔へと変わり、既に説得の余地はないように思えた。

「わたしはまだ足りないの。もっと満たされたいの。この力の限界を知りたいの。もっと…もっと!」

 私は舌打ちをしそうになったがなんとか抑える。いつものように代わりにひとつの溜息を吐き、

「…聞く耳持たず、って感じね。…時間がないから、最悪死なせる事になるかも…」

「違うよ、死ぬのはお姉さん!」

 ああそうですか、と言いたくなるが呆れて物も言えない。少女と、自分自身に私は呆れていた。

 他人の命を1つ救うために他人の命を1つ奪う。よく考えなくても矛盾しているが、その他に手がないのだからと割り切る。知り合いを見殺しにはできないが、知り合いの知り合いを殺めるのも気がひける。気絶に抑えられれば、という考えは甘いのだろう。

 少女とはまだ距離があるが、持っていた紙を投げる暇を失った私は遅れて臨戦態勢を取り、鉄に変えた紙を一度戻し、紙を追加して細身の剣を作り出す。少女は髪を抜く様子がないため、偽物は作らないと思われる。

 いや、この少女もまた偽物なのか、という予感が頭をよぎる。

 最悪の状況、打つ手なし。私は自分だけ逃げる事も覚悟する。

 刹那、背筋が凍りつく感覚に襲われる。私だけ助かるなど、極悪非道な考えは一瞬ですべて彼方へと吹き飛んだ。

(グルルルル……)

 どこからか聞こえた獣の唸り声。突然の出来事に私は戸惑い、構えを解いてしまう。

「…? 今何か…」

 隙だらけになってしまった今の私は格好の的だ。

 偽物を作らないのでは、という浅はかな考えも崩され、少女は服の袖を掴み、私の切った部分を利用して簡単に裂く。それを私と同じように細身の剣に変身させると、私に突き立てようと予備動作を取り、突こうとする。

「隙だらけだよお姉さん! 一撃で仕留め––––」

(ガルルルッ!)

 轟音は衝撃波を伴い、私と少女の間に現れて距離をあけるように私たちを吹き飛ばす。私はその衝撃で目を閉じてしまうが、一応攻撃から免れ、少女は好機を失った。

「ひぃっ!」

 目を開けてみると今度は咆哮だけでなく、立体映像としてその獣の顔が見えた。私の脳に直接語りかけられているようで、鼓膜を破られそうな現実味リアリティが音に現れる。

(ガルルルルッ!!)

 正体不明の咆哮に私と少女は無駄と知りながら耳をふさぐ。その所為で両者ともに動きが止まり、好機か危険か、どちらか分からない状況となる。

 つかの間の静寂。それを破るように木の陰から空に何かが跳び上がる。それは先ほど見えた幻影の獣。だが大きさが普通ではなく、ルカの蛾無叉羅モスマンのように全長3メートルは軽く超えていた。体重も100キロはくだらないだろう。

 跳び上がった獣の速度は体に見合わず俊敏で、まるで瞬間移動したかのように少女の頭上へと現れる。獣は右前足を振り上げたので、私は怯えて目を閉じ、腕を交差させて身を守る体勢をとる。

「ガルッ!」

「ふぎゃっ!?」

 少女のやられる声。獣の狙いは私ではなかった。

 右前足は獣の落下と同時に少女の胴へと振り下ろされ、すごい速度で地面へと叩きつけられる。だがその割に叩きつけられた時の衝撃は小さく、さらに爪で切り裂いたのではなく、犬でいう“肉球”の部分ではたくようにしたのか、血は流れていなかった。

 敵か味方か、未だ分からない獣は着地し、私はようやくその姿をじっくり見る。

「グルルルル…」

「お、オオカミ…?」

 唸り声をあげる獣を、私はそう呼ぶ。大きすぎる所為で確信は持てないが、姿形はオオカミに近い。耳と尻尾、ふさふさの毛を纏い、オオカミは地面に打ち付けられ、気絶した少女を見つめる。

 私は地上に降り、何が起こったのかを見に行くと、獣は少女の服を咥え、器用に真上へ投げて自身の背中に乗せていた。落ちないことを確認すると、オオカミはそのまま走り去ろうとする。

 逃げられる。特に問題はないがそう思い、言葉は通じないがとりあえず叫ぶ。

「ちょっ、待ちなさ––––」

「ガウッ!! フゥー…」

「ひぃっごめんなさい!」

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