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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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バタフライナイトメア

「…仕方ないですね…」

 少女の問いにそう答えたルカの顔には、さっきまでの余裕が戻っていた。

 ルカは今もなお向かってくる蝶たちの方を向き、手のひらを向け、そこに元々出していた自身の蝶たちを集めると、隙間なく蝶同士を密着、合成させる。

「いいでしょう。わたしも久々にたのしめた。我が最凶の技をもって、貴女を倒させてもらいます。殺す気でかかるとは言いましたが、…死なない事を祈っていなさい」

 纏められた蝶たちだったものはうねうねと動き、新たな蝶を作り出す。その大きさは、自然界に存在する蝶の比ではなく、軽く1メートルを超えていた。

「な、なんだよその化け物…」

蛾無叉羅モスマン。毒を我がものとする毒蝶。それだけ言っておきましょう」

 蛾無叉羅モスマンと呼ばれた巨大な蝶は、向かってくる何百匹もの蝶に突っ込む。嘘で作られた蝶はぶつかった瞬間に消え、偽物は崩れてしまう事なくその怪蝶に吸収される。

「くそっ! 止まれっ!」

 少女が必死に蝶を送り続けるも、怪蝶は止まる事なく、どんどん大きさを増していく。

「無駄です。蛾無叉羅モスマンは目的を達成するまで止まりません。目的はもちろん…」

「そ、そんな…、やだよ…やだよこんなの! 止まれ! 止まってよ!」

「止まらないと言ったでしょう」

 ルカの目は少女だけを見る。その目に残酷さなどない、むしろ決闘としてふさわしい顔つきだ。自分の全てを発揮させた全力の技は、もう少女の目の前に居る。

「いやだ…わた、わたし、は…」

 抵抗も虚しく、ルカの言うように怪蝶は止まることはなかった。

 計算違いだったのだろう。あの時に見たルカの力はほんの一部で、少女はそれを全力と思い、自身が超えたと感じた。だから勝負を挑んだ。決着はもうついている。

 怪蝶は少女の蝶を全て喰らい、既に人の大きさを超えたそれは少女をも喰らう。そしてその場で蝶が蝶になる前の姿、繭のように戻り、ややあってそこからルカの蝶が合成したより数匹多くの新たな蝶が生まれた。

 その中には少女もいたが、もう普通の状態ではなかった。

「…ぅ、ぁ…ぁぁ…」

 シューと煙を上げ、皮膚は変色し、息をするのも苦しそうに呻く少女。浮かんでいるのも限界となり、寿命の終わった蝶のようにゆっくりと落ちてゆく。

「感染終了。お疲れ様でした」

 手を合わせ、お辞儀をするルカに私はゆっくり近づく。そして、そのままの正直な感想を言ってみた。

「あんた、エグいことするのね。傷薬いらなくなっちゃった」

「そうでしょうか。わたしの能力はこれが当たり前なので、もう慣れてしまいました」

 先程までとは打って変わり、ルカの顔には笑顔が見られる。人を死なせたというのに、信じられない。

 かくいう私もそれほど衝撃を受けているわけではない。慣れていないのは自分の手で死なせることで、人が死ぬのは慣れているからだ。そう考えると、私は人として残酷なのだろう。

 そんな自分が馬鹿らしくなり、ひとつ溜息を吐く。

「神経が図太いというか、なんというか。羨ましいわよ。お気楽で」

 私が言うと「それほどでも」、と頭を掻き、先ほど新しく生まれた蝶たちを私を避けながら自身の周りに集め始める。

 ルカは腕時計を見るような仕草をし、その中の1匹を自分の手の甲に留める。

「ご苦労様。わたしの分身たち」

 自身の能力で生まれた蝶に対し、まるで友達の様に話しかけると、その蝶たちはパッと消えてしまった。ただ崩れたわけでもなく、本当に消えたのだ。

––––––手の甲に乗った1匹を除いて。

「ねぇルカ…それ…」

 私はその蝶を不思議に思いながら見つめる。なぜこの子も消さないのか、という質問は呑む。それは、ルカ自身が不可解な顔をしていたからだ。

 ルカは手を自身の目の位置に合わせるように動かし、パタパタとゆっくり羽を動かす蝶に尋ねる。

「あなたはどうして消えないのですか?」

 当然、答えは返ってこない。

 私の中でひとつの結末を想像する。もし、私の想像が正しいのなら。もし、この蝶が消えないのではなく、“消せない”のだとしたら。

 もし、この蝶がルカの物でないとしたら。

「まさか…」

 最悪の結末を確信し、私は一目散にこの場から離れる。事の重大さを理解していないルカは、なぜ私が必死になって逃げているのかも分かっていない。ポカンとしてこちらを見る始末だ。

「ルカ! そいつから離れ––––」

偽物遊びイミテーションマジック

 私が叫んだ時にはもう時すでに遅く、ルカの手の甲に乗った蝶は自身と同じ姿をした蝶を出現させ、全てルカに撃ち込む。

 それを終えてルカの手から離れた蝶は、光を放ち、うねうねと動きながら人の形を取り戻していく。光りが消えた時、それは紛れもなくルカに殺されたはずの少女の姿がそこにあった。

 なにが起こったか未だに理解できない状態のルカ。だが考えろという方が酷だ。今のルカは毒に侵され、命の危機に陥っている。喋るのも辛いはずだが、ルカはその少女に問う。

「なっ、何が…、…確か、に、感染し、たはず…なのに、なのに…なぜ…」

 苦しみの表情で尋ねるルカを、少女はゴミを見るような目をし、答える。

「感染した? ククッ、あんたが感染させたのは、わたしの髪の毛でしょうに」

「ま、まさ、か…」

「そう。あんたがわたしと思っていたのは能力で作った偽物。わたしが蝶の姿で操っていた偽物なのさ。そしてわたしはわざと負け、油断したあんたに噛み付く作戦だった。色と大きさを完全に同じにしなかったのも、自分とわたしの蝶は違う、と認識させるため。あの蛾無叉羅モスマンの時はヒヤッとしたけど、毒そのものに変身して同化したのは、我ながらいい判断だったよ。毒を自身のものにするんだから、多分助かるだろう、って。賭けだったけどね。そしてあとは生まれる時にあんたの蝶と同じ色、大きさに変身して、紛れ込む。ホント、我ながら素晴らしいね」

 少女は長々とした説明を終え、クスクスと笑いだす。勝利の笑い。私は秀でた力がないと思っていた変身能力の可能性を知らされた。

 立場逆転。この状況を表すのにうってつけの言葉。ルカは毒に苦しみ、浮かぶで精一杯のようだ。先ほどまでの少女と同じ姿。違うのは血を吐いていることだろう。毒自身は強力なものではないらしい。

「ッ…、ゲホッゴホッ…」

 それでも毒は毒。どんどんルカの身体を侵し、墜落しそうになるところを、少女はルカの服を掴み、阻止する。

 だがそれは助けるためではなく、少女がルカの苦しむ顔を見て楽しむためだ。

「無様だね…、ほんとうに。ほんとうに無様…っふふ…」

「あの馬鹿…っ!」

 少し離れて言う私の声は2人のどちらにも届かない。届いたとしても何の意味もない。あの時、蝶を紙で切ってから離れればよかったと後悔する。

 私がそんな事を考えていると、何やら少女の方に変化が起こる。目に見えるわけではないが、ドス黒い何かが少女から溢れる。私はその現象につづみさんを重ねる。あの時と似ているのだ。

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