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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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道を間違えた

 私は路地といえば通気口が思い浮かぶ。そのため、空気が悪かったり、関係はないが猫がいたり、ゴミが多く落ちていたりと、ろくなものが路地にはない。

 そんな道を近道と言って使うとは、ルカの神経を疑ってしまう。実際、近道として使う人は少なくないらしいが、私は使わないし、そもそも使う機会もない。それは多分喜んでいいことなのだろう。

 そんな私の中で酷い印象しかない道を進んでいくと、それは間違いだったことに気づく。通気口はあるが嫌な臭いもせず、猫もおらず、ゴミというよりはただ一時的に置いてあるだけの多くの木箱、空の緑色や茶色をした酒瓶を見かけた。私の中で、路地の悪い印象が消える。

 だが、この道を進むにつれ感じる嫌な気配は消えない。どんどん重苦しくなる気持ちは、私がここを抜ければ仕事、と考えているからなのだろうか。真知さんと会うのだから、心を読まれても大丈夫な様にしておかないといけないが、どうも重苦しい。

「ねえ、ここの路地随分と長いけど、まだなの」

 いい加減進んできた道、イライラしてきた私は木箱の1つを軽く踏み、そろそろ出てもいい頃だと思いルカに尋ねる。

「えっと、そうなんですが…」

 一旦立ち止まって振り返り、ルカは思い表情を浮かべる。

 私はもうその時何かを察していたが、ルカの次の台詞でそれは確信に変わった。

「ごめんなさい、ここ知らないです」

「はぁ? あんたがここだ、って言ったんじゃないのよ。道間違えた、冗談じゃない」

 私は呆れてその場にしゃがみ込む。また同じ道を戻らなければいけないのは、微妙ではあるが面倒くさい。

 だが面倒である以前にまたこの不気味に続く道を歩かなければならない、というのが嫌なのだ。もうこのまま座っていたいと思えない。

 それに先ほどから感じていた違和感、私はその正体を未だに掴めていない。

「とにかく、一旦戻りましょう」

「ええ。申し訳ない」

「…うん」

 いつもはマリと一緒だからか、笑い飛ばされると思ったが謝られたので少し気が抜ける。そこはまあ仕方がないと割り切り、なんとかルカのノリに合わせることを決めた。

 しかし、この辺りの雰囲気には合わせることができない。

 路地というか、町の雰囲気が微妙に違く感じてしまう。だがそれは気のせいではない。今、ここら一帯から謎の殺気を感じる。

 どこかに殺気を放つ人がいるわけでもなく、町そのものがこの空間を作っている。こんなのは初めてだ。

 いくら町外れの能力者が多い場所の路地とはいえ、好戦的な人も滅多にいない。私に喧嘩を売ろうなんて輩はもってのほかだ。

「怖いわねぇ」

 ルカの「何が」という質問は無視する。早く出てしまいたい、私の頭にはそれしかなかった。

 細い道で無造作に置いてある木箱を避けつつ、私たちはどんどん進んでいく。進んでいるつもりだった。

 少し戻った私は気づく。

「こんな場所あったかしら」

 ある程度歩いたのに、未だに私たちが入った大通りが見えてこない。それ以前に私は今まで歩いてきたはずのこの道に見覚えがないのだ。

「行きと帰りで道の雰囲気がガラッと変わることってあるけど、さすがにこれは…」

 私はもうすでに2、3度避けたはずの同じ木箱を見つめて言う。よく見ると私のつけた足跡があった。

「ええ、おかしいですね。これは道を間違えたでは済まなそうです」

「この辺りの不思議な名所…なわけないわよね。無限路地? ダサいわ。ルカ知らないの、そんな噂。この辺りに住んでるんでしょう」

 自分を棚に上げ、ルカを馬鹿にする視線を向ける。

「いえ、住んではいますがカナン歴は長くないので、聞いたことは。それに、わたしは1番目の路地にちゃんと入りました。そこはわたしがいつも通る道です。ですが霜月氏が知らないとなるとおかしいですね」

 ルカに私を蔑むつもりはない様だが、その台詞にイラっとする。行ったはずだ、私は普段町には来ないと。

 いよいよ自分の沸点の低さに呆れてくる。もう少し穏やかにならねば、と思えば思うほどそれに抵抗したくなるのだ。

 私は再びルカの台詞を無視する。

「ともかく、ここから抜け出さないと」

『抜け出せるかな…』

「ん、ルカ何か言った?」

「…、いえ何も」

 不思議そうな顔をルカはするが、私の方が不思議に思う。確かに少し高めの少年のような声が聞こえてきた。もしかして幽霊、という考えはとりあえず捨てる。

「あれ、霜月氏、どうして震えているのですか」

「え、ふ、震えてなんかないわよ」

 そうは言うが、体が小刻みに震えているのを感じていた。幽霊と一度想像してしまったのが理由だろう。

「い、いいから! 早く行くわよ。…あっ…」

 震えからか、足が絡んでよろついてしまう。転ぶのを阻止するため、私は壁に手をつく。

 すると私の手がついた壁は水面に石を落とした様に波打ち、まるで霧が晴れる様に壁だったものが消えてしまった。

 その光景に、私は口を開けて驚くばかりだ。

「何これ…、ここ、路地でもなければ町でもない…」

 細かった路地は既にもうここにはない。正確には町だと思っていた場所も遠くにあり、私たちは町から離れた森の中へといつの間にか迷い込んでいた。

「何が起こったのでしょう。一瞬にして景色が変わった。にわかには信じがたい現象です。蜃気楼の類でもないでしょう」

「なに落ち着いてるのよ。あんた馬鹿よ馬鹿。ずっとしてた殺気、今まで以上に感じる…」

「殺気とか感じるんですか。それカッコいいですね。さすが霜月氏」

 殺気と同じく、これまで以上に間抜けさを前面に押し出すルカに私は呆れてしまう。

「うっさい馬鹿、そんな場合じゃない」

「分かってます。わたしだって驚いているのです」

 だったらもっと真面目にしてほしい。私は1枚の紙を取り出し、鉄に変え、その怒りと共に殺気を放つ1本の木に投げつける。

「出てきなさいよ。そこにいるんでしょう」

 やや間が空き、その木の裏からさっきの少年のような声が聞こえた。

「いやあいいね。目に見えてではないけどあの変人が驚いてる」

 そこから出てきたのは少年ではなく少女。ちょっと声が男に近いのか、勘違いしていた。

「誰です。わたしの事を知っている様ですが」

「もちろん知ってるよ。悔しくて悔しくて、仕方がないもの」

 そう言いながらその少女は指を鳴らし、自身の体から光を放つ。その光がおさまる頃、その少女の姿、服装は見事に別人のものへと変わっていた。

 その姿を見てもなお、ルカはポカンとしている。

「えーっと、誰です?」

 とぼけているのか、本当に忘れているのか私には分からない。だが私はその少女に見覚えがあった。それも当然と言えば当然で、私はその娘の手当てに携わったからだ。

「あんた本当に人を覚えないわね。あんたが踏みつけた女の子でしょう」

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