記憶力勝負…はしていない
派手には動けないが派手な格好はするのか、という言葉は吞み込む。明らかにルカの服装は雰囲気に合っていない。月と石ころくらい違う。その点は自覚がないらしい。
だが、本人がいいならそれでいいのだろう。下手に言っても面倒なだけだ。
「それで、何か当てはあるの」
当てのない私はルカに尋ねる。私の持っていない有益な情報を持っているなら、それを共有してほしい。犯人に思しき人物を知っていれば嬉しいのだが、流石にそれはないだろう。
ルカは歩きながらやや大げさに肩をすくめ、
「さっぱり。わたし達の様な能力者であることは確かなのですがね」
「知ってるわよそんなこと。はぁ…探偵も楽じゃないわね」
「おや、霜月氏は探偵だったのですか」
「違うわ。ものの例えよ、例え」
そう言った後に下を向き、モエミの苦労をほんの少し知る。1から調べ物をするとは、広い森の中で1つの決まった木を探す様なものだ。途方もない作業、瞬間移動とはいえ、モエミはどうやってこなしているのか理解しがたい。
そんな事を考えていると、街の中心部まで来てしまったことに気がつく。モエミ曰く聞き込みは無駄とはいえ、何もせずにここまで来たのは今までで初めてだ。
いっそ誰かに訊いてみようかと思うが、無駄なことは嫌いなのでやめておく。だが事件が起こっているのはここ以外のどこでもない。どうするべきか、何をすべきか、私は唸りながら悩む。
「マリの家の方面は昨日行ったし、どうしよ」
独り言を言うと、ルカがそれに反応する。
「町外れはどうです。あそこは能力者と変わり者が多い」
「それ、あんたが言える台詞なの」
「言えませんね。わたしとつづみ様も今は町外れに住んでいるので、変わり者達の一員なのでしょう」
そうだったの、とどうでもいい情報を適当に流す。
だが町外れという選択は非常に良い。どうせこの辺りは何も知らない人達しかいない。だったら多少面倒でもそちらに行く方が確率は高いだろう。いざとなれば真知さんもいる。
私はルカに先行し、町外れの方へと向かおうとする。
「えっと、真知さんの図書館のある方向は、和菓子屋さんの2つ左の道…」
「覚えていないのですか」
私が道を指差し、確認しているとそうルカに言われ、ムッとする。
「あまり来ないから、覚えられないのよ。というか、そんな事どうでもいいでしょう。ほら、早く行くわよ」
やや強めに言い放ち、そのままルカの顔も見ずにその道へと進む。背後から「わたしはもう覚えましたよ」、と聞こえたが、私の虫の居所を少し悪くするだけで済む。相手にするだけ疲れるからだ。
依然、噂話の絶えない中心部を抜け、私たちは町外れに続く道へと入る。
この道になると、噂話をしている人数はガタッと少なくなった。能力者達の耳にもこの事件は届いているだろうが、そんな事日常茶飯事である能力者達、これといって気にする様子もない人が多い。
むしろどうでもいいといった様子で将棋を指す人もいれば、囲碁の道具で五目並べをする子供達も、それを見学する人もいる。変わり者、もしくは能力者と思うと、この人たちの性格が変わっていない事をありがたく感じてしまう。
再び通り過ぎざま、将棋を指している人らの雑談に耳を傾けると、「町の方じゃ大騒ぎだよ」、「性格が変わる、ってあれな。まあすぐに霜月様が何とかしてくれるさ」、と私が聞いているのも気づかず駄弁っていた。
あなた方も能力者なのだから、少しくらい協力してくれてもいいのではないか、と考えるのはおかしいのだろうか。少なくとも私はおかしいと感じない。
しかし皆は私達のように魔力は多くないのだ。だから能力と言っても、手からちょろちょろ水が出たり、他人よりほんの少し力持ちになれたり、とその程度。一般人からすれば恐ろしいものも、私達からすればまるで子供同然。世界守なんて職業を霜月が任されるのも、必ず能力を持って生まれる赤ん坊と、その魔力の多さがあってなのだ。なんとも迷惑な話である。
「……氏…」
この能力や魔力を捨てる事が出来るのなら、私はどれほど自由になれるのだろう。
「し……き氏…」
世界守はマリや三葉ちゃん達に任せて、私も皆のように事件の噂をしたりするのだろうか。
「霜月氏!」
ルカに肩を叩かれ、私は我に返る。さっきから呼ばれていたようだったが、いろいろ考えていて気づかなかった。
「えっ、ああ、何かしら」
「何かしら、じゃないですよ。何か考え事ですか」
「うん、ちょっとね」
内容は誤魔化したものの、笑顔は作らず、あえて素の表情を見せた。特に思う事はなかったが、咄嗟でもあったからまあ良しとする。
とりあえずルカに何の話かを尋ねる。
「ここです。この道に入って一番最初の左側の路地。ここが図書館への近道なんです」
「へぇ、そうなんだ。知らなかったわ」
苦笑いを浮かべて言うと、再びルカは“自分は知っている”という事を鼻に掛け、得意がる。本当に年上なのかと何度感じただろうか、ほんの数回ではない。
私がやれやれと呆れていると、今度はルカが私を先行して路地に入る。
この人と路地の組み合わせにはいい感じがしない。人気のいない、薄暗い場所。ルカが人を蹴ったり、毒を撒いた場所だ。
その所為か、私の足取りも自然と重くなり、挙げ句の果てには町の雰囲気さえ気味悪く感じてしまう。まるで誰か–––強いて言えばお化け–––に見られている様だ。
「ね、ねえ。さっき近道、って言ってたけど、なんで図書館に行こうと思ったのよ」
この空気に耐えられなくなり、私は先を行くルカの背中に尋ねる。それに先ほどからこれは疑問に思っていた。
ルカは私の方を振り返る事なく、
「なんでって、さっき言ってたじゃないですか。えっと…、マッチさん? の図書館はこっちだ、って」
確かに言ったが、マッチさんではなく真知さんだ。ルカは名前を覚えるのが苦手なのか、不本意ながらカナンでは有名な私の名前も忘れていたのも、それなら納得がいく。
とりあえずマッチで覚えられても真知さんがかわいそうなため、それだけ訂正しておく。「そうでしたそうでした」とルカは笑い飛ばし、未だ終わらない路地を進みつづける。




