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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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子供に気を使う

 ルカのその発言で私の計画は音を立てて崩れた。どうしていつもこうなるのか。お手並みを見せるくらいなら、私の寂しい貯蓄を見せる方がまだマシである。

 私よりも年上のはずなのに、ルカが私に向ける視線はまるで子供の様で、よく見ると目の中に「期待」という文字が見える様な気がした。目で訴える、とはこういう事だと私は勝手に納得する。

 しかし、納得はしたが、了承はしていない。迷惑極まりない頼みだ。当然断るつもりでいる。

「あのね、悪いんだけど––––」

「あー、白花お姉ちゃんだー!」

 突然聞こえてきた子供の声に、私は口を動かすのをやめ、そちらの方に顔を向ける。

 私を指差し、お姉ちゃんと呼んだのは、何の関係も、見た事もない子供。母親と買い物でもしていたのか、今日の夕食になるであろう食材の入ったカバンを持っている。

 なぜ知らない子供が私の名前を、と一瞬戸惑ったが、外界から来た人以外で霜月を知らない者はカナンに居ないため、別に名前を呼ばれてもおかしくない。付属品のお姉ちゃんは知らないが。

 その子供は近寄ってくるわけでもなく、ルカと同じ様な視線を私に向け続ける。おそらく違うのは10割が憧れの眼差しである事。自分で言うのも何だが、憧れられても困る。町の住民は虚像の私しか知らないのだから。

 私の心の中での愚痴も知らず、子供は純真無垢な視線を止めようとしない。

「すごいなー。かわいいなー、かっこいいなー」

 名も知らない子供さん、私はすごくも、かわいくも、かっこよくもない。

 だが、そんな純真な子供を裏切るような事、私にはできない。戦いも嫌いだが、他人に裏切られるのは人として嫌いだ。笑顔で子供に手を振った後、ルカの方に向き直し、

「任せなさいよ。みんなを困らせる悪いやつは、私が懲らしめてあげるんだから」

 胸を叩き、心にもない台詞を言い放つ。

 するとどうだろう、先ほどの子供は黄色い声を上げ、

「きゃー! かっこいいー! お母さん、私も大きくなったら白花お姉ちゃんみたいになりたい!」

「そうねぇ、じゃあ好き嫌いしないで、なんでも食べなきゃダメよ」

「わかった。わたしニンジン食べるよ!」

 と、やりとりを残して親子は笑顔で去っていった。なんとか子供の夢を壊さずに済んだ、と安堵の溜息を漏らす。

 だが、それは問題を右から左に移動させただけに過ぎない。どちらかと言えば、より面倒になってわたしの手のひらの上にそんざいする。

「霜月氏はやはり人気者ですね。ではわたしも勉強させていただきます」

 ご機嫌そうなルカを横目に、私はさっき作った笑顔を殺す。なんでこんな事に、といつものように自業自得な問いを自分に投げかけ、返らぬ答えを数秒待って諦めた。

「ところで、つづみさんは何をしてるのよ。あんただけで事件を調べてるわけ?」

 代わりに私は違う問いをルカにしてみた。先ほどまで使っていた丁寧語混じりの口調は止め、マリやモエミに使う様な若干粗めの話し方をする。

「ええ、わたし1人です。つづみ様は忙しいですから。今は数ヶ月前から行方不明になっているお子様を捜していますよ」

「数ヶ月前って、死んでるんじゃないの」

 言った後で気付いたが、随分と酷い。だがルカはそんな私の言葉など気にする様子もなく、

「いえ、依頼人様のお話によれば、1年帰らない時もあったらしいです」

 と当たり前のように返された。ルカも大概おかしいが、1年行方不明で無事というのもどうかしている。しかもまた行方不明とは、そのお子様は学習しないのだろう。

 まあ、ルカも95歳でこの見た目なのだから、何があってもおかしくはないのだろうと割り切る。

 理解を超える事態に、吐いてはいけないと自覚しているが、面白いように出てくる溜息を私は再び吐き、

「まあいいわ。あんた1人に任せるくらいなんだから、それほど難しい事件じゃないはず。今日中に終わらせるつもりでかかるわよ」

「あはは、霜月氏は先ほどから毒がありますね。毒使いのわたしですから、何か近しいものを感じます」

「私は感じない。無駄口叩く前に足を動かしなさい、足を」

 そう言って私はルカの足を数回、軽く蹴る。この人はどうも年上とは思えず、この様な失礼な態度を取ってもいい気がした。事件により性格が変わっているのも手助けしており、何をしても怒られないのでは、と疑問を持つくらいだ。

 だがそれでも一応、これ以上の失礼な態度は慎み、私とルカは当てもなく歩き始めた。


 私がルカに出会った時に感じた嫌な予感が的中するのは、それから十数分後のことだった。



 昨日来たばかりの町。だがそれは昨日の雰囲気と打って変わり、静けさは姿を消していた。

 代わりにそこにあったのは、ヒソヒソと話す小さな声たち。町の住民は、モエミの話した一家心中の噂話をしている様で、それぞれ少しずつ内容が違っていた。

 すれ違いざまに耳に入っただけだから断片的ではあるが、「やっぱり奥さんが殺したんだよ」や、「金目当ての強盗がやったらしいぞ」とか、私の聞いていない情報も流れている。

 もちろんそれらは全てデマだ。1つの小さな事件として見るのなら、その考察もなかなか面白いが、真実はモエミの言った通り、町全体で起こりつつある大規模な事件だ。早く解決しなければ、乱心した者たちが何をしでかすか分かったものではない。

 カナンを守る者としての使命、私はその使命を果たすために今働いている。

「––––とかなら、みんな納得するのよね」

 嫌でも耳に入ってくる噂話と、「どうしたのです」というルカの問いを適当に流しつつ、私はそんな事を考え続ける。むしろ私の性格を変えてもらえば、みんな幸せになるのではないのだろうか。

 何にも怯えることなく立ち向かう、強くて頼れる世界守。カナンの皆はその様な理想を抱いているはずだ。

「本当に。本当に迷惑な話よ」

「ああ、犯人のことですね。みなさん噂していますが、真実を知っているわたし達からすれば、全て的外れですね」

「かといって真実を教えるわけにもいかないでしょう。無駄に怯えさせたらいけないじゃない」

「犯人を刺激する事にも繋がりますからね。あまり派手には動けません」

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