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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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演技、嘘、素直

「そうは思えないわ。わたしには分かる、白花ちゃん苦しそう」

 その通り。苦しい、辛い、頭が痛いの三拍子、もう帰りたかった。嘘をついても問題はないはずだ。

「うん…、そうかもしれない。今日は帰って寝る」

 頭を押さえ、マリと同じく演技する。だがそれが逆効果になり、私はマリに腕をがっしり掴まれた。その人は潤んだ目でゆっくりと語りかける。

「ダメ。家遠いんだし、帰る途中にもしもの事があったら…、うちに泊まっていってもいいのよ。そうですよね、お母さま」

 そのままマリ母の方を見る。親指を立て、なんなら三葉ちゃんも、とそちらにも同じくしていた。

 一瞬の沈黙の後、目を丸くさせ、目線をマリに戻した。その状況はどこか滑稽であり、うんざりする。無意識のうちに溜息をひとつ漏らし、やんわりと腕を離させて言う。

「馬鹿言わないで。私はそんな事で倒れるほどヤワじゃないわ。それにあんたのお父さん、私よりそっちの心配しなさいよ」

 さすがに「おかしい」までは言えないが、全力で泊まりを拒否する。演技とは思えぬほど、今日のマリはお淑やかすぎた。前はピクピク身体が震え、早く帰れと急かされたはずなのに、今回は真逆だ。

 お父さんを引き合いに出したのは卑怯だったが、間違ってはいない。不治の病を抱えているマリ父、2人とも明るい性格のが信じられないが、明るくなければやっていけないのだろう。

 とにかく、私はもう限界で、この空気に耐えられない。それに、これ以上いると頭痛と同時に次会った時の拷問が長引きそうだ。いつもと違うマリを無視する。

「じゃあもう用事も済んだから、帰るわね」

 そう三葉ちゃんに言った私からは、もう演技が抜けていた。マリの過剰な演技っぷりに呆れていたのかもしれないし、そもそもどうでもよかったのかもしれない。私自身、分かっていないのだ。この場から消えたい、それだけのこと。今、自分の表情かおはひどく老けている気がする。

 すると私の表情から何かを察したのか、三葉ちゃんは一瞬躊躇い、「あ…」と声を漏らす。申し訳なさそうにしながら、新聞紙に包み終わった水晶玉を持ち、私に近寄ってくる。

「ならあたしが『草花』でお薬もらってきてあげる。途中まで一緒に行こ。ね」

 三葉ちゃんが言う途中、目で合図を送られた気がする。何のかは分からないが、間違いはない。左目をやけにぱちくりさせている。ゴミが入ったとかではないだろう。

 とりあえず頷き、マリとマリ母に手を振って別れを告げる。「また来るから」、いつかは分からないけど。

 両手が塞がっている三葉ちゃんに代わり、店の扉を開け、閉める。拷問は明日か、それとも明後日か、などと考えながら少し2人で歩いた。


 店から数分歩いた。私たちは1つも会話をしていない。だが、歩いている方向に「草花」はない、やはりあれは合図だった。

「ねえ、白花ちゃん」

 この沈黙に耐えられなくなったのだろう、先に口を開いたのは三葉ちゃんだ。私の後ろでやや大きめの水晶玉を抱え、僅かに苦しそうにしている。

「なに?」

 やや強めに言ってしまう。理由は簡単、この人の所為で拷問にあうから。すぐに怒らなかったのは僅かに感謝しているからで、その真相を確かめたくもあったから。

 苦しそうな三葉ちゃんを見かねて、少し休憩をと2人で道端に寄る。その時少し水晶玉を持たせてもらったが、さほど重くない。

 私がどうしてこの程度で、と首を傾げていると、三葉ちゃんは何の前触れもなく頭を下げた。

「ごめん。あたしの所為で色々と」

「え、ちょっとどうしたのよ」

「だって、あたしが占ったから、あの人が来て…。親友って言ってたけど、白花ちゃん本当はあの人苦手なの?」

 前者はその通りではあるが、後者は違う。だが、この人がそれを気にしていたのが意外だった。一時は戸惑った私だが、とりあえず顔を上げさせる。道端で年下の女の子が頭を下げている、この状況を他人はどう見るのか知らないが、気持ちのいいものではない。

 それなら私も悪いことをした。実際にはしていないが、心の中で酷いことを考えていた。これは立派な悪事。上から目線になるが、罪はお互い様だ。

 私自身それを反省し、即席の笑顔を作り、

「マリのことは好きよ。ただちょっと時期が悪かっただけ。それに、あれが私の運命だったんでしょう。なら三葉ちゃんは悪くないわよ。だって未来に起こることを、あなたが先に教えてくれただけなんだから」

「それは…」

「いいのいいの。久しぶりに面白いものが見られてよかった。ありがとう」

 顔は笑っていたが、心の中では泣いていた。嘘を嘘で塗り固め、自分を守ろうとする。そうしていないと溜息しか出なかっただろう。

 ついでにあの時の三葉ちゃんの姿を思い出し、さらに付け加える。

「それに三葉ちゃんだって、本当は嘘なんてつきたくないのに、私を庇って薬をもらってくる、って嘘をついたんでしょう。本当に助かったんだから」

 頭は下げなかったが、微笑んでそう言う。最低限の正直な感謝の気持ち、嘘をつかない素直な娘が躊躇って、そして嘘をついた。私を店から出やすくするためにだ。

 そんな私の気持ちとはいえ裏腹に、三葉ちゃんは吹き出す。声を出して笑い、やや落ち着くと手を横に振ってそれを否定した。

「違う違う。あの時はただ『草花』って仕事場と道反対だなぁ、って考えてただけだよ。新しい水晶玉使いやすいし、早く仕事したかったから。でもあれ嘘だったんだね。心配して損しちゃった」

 そう言いながら今は私が持っている水晶玉に顔をすりすりする。既に愛着がわいたのか、まるで親のようだ。水晶玉の母、そう言うとなんだか詐欺師っぽく感じてしまう。

 私としては、複雑な心境だ。

「あ…、そうだったの。うん…、でもありがとう」

 相変わらずというか、軽く呆れてしまう。だが助かったのは事実なのだから、苦笑いをしながらそう言った。

 私が溜息をつき、同時に肩を落とすと、三葉ちゃんは私が持った水晶玉を奪うように取る。もともと三葉ちゃんの物だから何とも思わなかったが、油断していた私は少し驚いてしまった。

 三葉ちゃんは笑顔を見せ、再び頭をさげる。今度は反省ではなかった。

「私こそありがとう。もう仕事に行くけど、また今度一緒に買い物しようね」

「いや、あの…」

「じゃあ、またね」

 私の答えを待たず、三葉ちゃんは振り返って行ってしまう。やや強引ではあったが、次の約束のようなものをして走り去る背中を私はその場で見ていた。

 私は小さく手を振る。あの娘には見えていないと思っていたが、急に立ち止まり、私の方を向くと大きく手を振る。勢い余って水晶玉を落としそうになったが、何とか持ち直すのを見て笑ってしまった。

「…帰ろ」

 1人そう言い、私も歩き始める。帰ったら夜まで寝ようかと思っていたがやめておく。

 マリにも悪いことをした。事故とはいえ行くことを伝えず、冷たく当たってしまった。

 次に私の家に来たらすぐに謝ろう時は思う。謝ったら、拷問がなくなるかも、という希望的観測を交えてみるが、おそらくそれはないだろう。

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