不思議な2人
思えば去年の春頃から、私の周りでは面倒な事件が増えたように感じる。それまでは大きな事件なんて半年に1、2回で、それ以外は小さいものばかり。カナン全体を脅かす事件はなく、迷惑な余所者を排除するくらいだった。それも面倒だし、時には命を奪うことになるから嫌だったが、今に比べればマシだ。
シオン。あいつが来てからだ。
しかし、そんなものは偶然に過ぎない。その人を憎むのはお門違いだ。
事件の頻発に伴い、私の性格も悪くなったように思える。口に出しては言えないが、カナンの事も少しずつ好きになっているのに、なぜなのだろう。
昼からずっとそんなことを考えていた。それ以外何もせず、閉め切った部屋でただぼーっと寝転がって天井の木目を数えている。
一体何時間くらいそうしていたのか、私が時計を見ると、短針は3を指している。大体2時間、私はそんな事をしていたのだ。時間を無駄にできる事を幸福に感じる。
もういっそこのまま寝てしまおうか、今日はもう事件が起こらないような気がしていた。右半身を下にし、腕を枕代わりにして目を閉じる。
背後からしたギィと床のしなる音、それがなければ私は眠っていた。
音が気になり、寝返りをうって目を開く。そこには足があり、それをたどって上を見ると当然ながら人の顔が見えた。一梨 三葉。私が顔を見るなりニコニコしてその場にしゃがむ。
「久しぶり。若いのにお昼寝?」
「何しに来たの」
三葉ちゃんが悪びれる様子もなく言ったので、私は質問に答えず、それしか言わなかった。ムッときて、私は正座する。寝てていいんですよ、と言われるが無視し、もう一度同じ事を問う。
「ちょっとお買い物がしたくて」
「うちは何も売ってないわよ」
「違うよ。町に、水晶玉をね」
「水晶玉? ああ…占いの、壊れたの?」
そう言うと三葉ちゃんはあははと笑い、
「あたしじゃないよ。この子が壊したの」
と言って、自身の衣嚢から小さい緑色の模様が入ったビー玉を取り出し、それを私に見せる。なんの変哲もないビー玉、じっくり見ると模様が変化し、何かが飛び出した。
それは人間のような形をしているが、羽根が生えていたり、拳2つ分くらいの大きさだったりと、精巧に作られた人形のようだ。動く、喋るという点を除いて。
「ぷはー…、やっと出られた。おい三葉、壊したのはわたしの所為じゃないぞ。お前が私に持たせたからいけないんだ、お前の責任だ」
小さなそいつは三葉ちゃんの頭に乗り、高い声で文句を言う。私は蚊帳の外だ。三葉ちゃんは頭の上からそいつを摘んで降ろし、
「屁理屈言わないの。任せろ、って言ったのは誰だったっけ」
「予想以上に重かったんだ。わたしの所為じゃない、悪いのは三葉と水晶玉だ」
だから、いや違う、と2人の口喧嘩はどんどん激しくなる。喧嘩なら他所でやってくれと思ったが、まずは黙らせるのが一番だろう。
普段持ち歩いている紙の片方の面を能力で粘着質に変え、それを三葉ちゃんの口に貼り付ける。もちろん鼻は塞がない程度に配慮してだ。
「んん、んー!」
三葉ちゃんは叫ぶが言葉になっていない。必死に剥がそうとするが、しっかり貼り付いて取れない。私は手加減などしないのだ。小さい人形もどきはそれを見てケラケラ笑っている。
「喧嘩しないなら剥がしてあげるけど、どう?」
「んー、んー」
首を縦に振り、手を合わせる。手加減はしないが私も鬼ではない。そっと紙に触れ、能力を解除すると、ひらひらと紙は床に落ちる。
「ぷはー…、助かった」
三葉ちゃんの反応がさっきの人形もどきと同じで吹き出しそうになるが、それを表に出さずなんとか抑える。心の中では大笑いだ。
気を取り直し、私は人形もどきについて尋ねる。知らないの、と聞き返されたから素直に知らないと言う。
「この子は妖精、シルフさんだよ。私が召喚した」
三葉ちゃんが言い終わると人形もどきがよろしく、と付け加える。
「ふーん、要するに使い魔ね」
落ちた紙を回収しながら言うと、手を横に振って否定される。
「違う違う。そんな絶対的主従関係じゃなくて、友達なの。ねー」
「ねー」
さっきまで喧嘩していたと思ったらもう仲直り。喧嘩しないと誓わせたが、さすがについていけない。私は呆れて溜息をひとつ吐き、
「ああそうなの、じゃあ2人で買い物でも何でも行ってらっしゃいよ」
「場所が分からないから白花ちゃんについて来てほしいんだよ。それにシルフさんは町じゃビー玉の中、話はできるけど外には出せないの」
モテるって辛いねぇ、と人形もどき。どうせ小さな子供にだろう。その場面を勝手に想像し、子供にシルフを引っ張らせると笑いが漏れた。
三葉ちゃんはそれを不思議そうにするがそれを気にせず、私の手首を掴み、私は強引に立てらされた。
「まあまあいいから、早く行こうよ」
私の都合も聞かないまま、三葉ちゃんは私を引っ張り町に繰り出そうとする。予定はないが、ついて行く気もない。正直に嫌と言ってもいいが、嘘をついてもバチは当たらないはずだ。
「ちょっと、私だって忙しい––––」
「忙しくないから寝てたんでしょう。少しくらいあたしに付き合ってよ」
痛いところを突かれた。それに対する言い訳はないため、私は空へと引っ張り上げられ、町へと向かって飛んでいくしかない。飛んだ時にはもう人形もどきは居らず、ビー玉の中へと帰ったのだと勝手に取る。




