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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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不完全をなくす

 何が何だか分からない。でも1つだけ予想できるのは、球体から電気が漏れ出したことで街の機能が停止したのではないか、ということ。源である球体は真っ黒になって天井にぶら下がっている。

 おそらく街の住民はパニック状態だろう。今のぼくと同じ、力が入らず、ぼくはただただその場にへたり込む。腰を抜かしたようで、立とうにも立てれない。

 男が女に刺した右手を抜き取り、外界の侍がやる血振りをする。その後中心部に女を放り投げると、辺りを見渡し、ぼくを見つけるとにこやかに歩み寄ってくる。不思議もぼくはそれに恐怖していない。

 ぼくの近くまで来ると、男はサッと手を伸ばし、

「いやぁよかったよかった。立てる? 手貸す?」

 とりあえず断り、1人で立ち上がろうとする。やはり腰が抜けた所為でどうにもできず、結局手を貸してもらった。ゆっくり立ち上がったところでわずかに蹌踉めく。

「ホントに大丈夫?」

 他人でありこの世界の家畜であるぼくを心配しているようなので、ぼくは首を縦に振る。すると男は「そうか」、と言って微笑む。まるで自分のことのように笑顔だ。

 それで落ち着いて、ぼくは暗い中ではあるが男の姿をよく見てみる。

 ぼくと同じくローブで身を包み、顔を隠しているため年齢などは分からないが、身長は高く、そこらの大人より少し上くらいだろう。女を貫いた右手に武器は持たれておらず、彼自身の力を見せつけられた気がした。

 自身の手のひらを見て、己の無力さを嘆く。大きなため息をひとつ吐くと、やや間を置き、

「君、なんでこんな所にいたの」

 男は不思議そうに尋ねる。こんな時に言葉を使えないハンデは大きく、身振り手振りだけでなんとか伝えようと必死になる。

 だが当然それで伝わるわけもなく、尋ねた男も困り顔だ。言葉が使えれば、と生まれて初めて考える。

 すると男は事情を察したのか、自身の服のポケットに手を突っ込み、おもむろに何かを取り出す。キラキラと白っぽく輝くそれは、そこらに落ちていそうな石の形をし、真っ暗な辺りを照らしてくれる。

「あげる」

 男はぼくに手を出すよう促し、手のひらにポンとそれを置いた。不思議な美しさのあるこの石、こんな物を貰ってしまっていいのか、ぼくは不安になり、

「いいの…」

 と確認を取る。男はもちろん、と言って再び微笑んだ。それを受けてぼくはこの石を少しの間見つめる。ややあって、ぼくは自身の変化にようやく気がつく。

「あれ…、言葉が…」

 生まれて初めて言葉を発した。だが特に感激したとか、感動したとかはなく、なるほどと納得をする感じに近い。この不思議な光る石の力か、きょとんとした顔で男の方を見やると静かに首を縦に振る。そして改めてといった感じで、再び尋ねられる。

 ぼくは一呼吸置き、目をまっすぐ見て言う。

「この世界に嫌気が差した。強者は優遇され、ぼくみたいな弱者は虐げられる。ここで力を手に入れて、下剋上を起こすんだ––––と思ったんだけど、見当違いだったし、暗い現実を知った」

 最後の方は目を見ていられなかった。自分が情けなく思えたからだ。この人は力を持っていて、現状を作り出した張本人だ。身の程を知れと馬鹿にされるに決まっている。

「ふーむ」

 男は顎に手をやり、顔をまじまじと見られる。一時の沈黙があり、男はニヤリと笑う。両肩をバシバシと叩かれ、

「君、凄く良い、最高だ。最高に、最高にクールだ」

 腰に手を当て、今度は大きく声を出して笑い、

「この世に必要なのはクールな人間だ。クールじゃなければ生きる意味なし」

 と男は言う。意外な言葉だ。クールとは何かイマイチ分からなかったが、その単語にぼくは惚れた。男曰く、自分はクールで、生きる意味があると言ってくれたのだ。そう思うとクールという言葉の意味は知らなくても、それがいい意味だと受け取れる。

「クール、クール…。うん、いいかも」

「ああいいだろう、僕の好きな言葉だ」

「ぼくも、クール?」

「もちろん。強きを挫き、弱きを助ける。最っ高にクールだ」

 その言葉の響きにどんどん魅せられる。だが男の言うものとぼくは少し違っていた。

 自分はただ単に、自分自身の為に行動していたに過ぎない。強者に目に物見せるつもりではあったが、自分以外の弱者はどうでもよかった。自ら行動を起こしていないのだから、当然だと思う。

 だったら今のぼくはクールじゃない。男の言うそれに当てはまっていない、ただの偽物だ。

 本物になるにはどうするか、答えは単純。ぼくは俯き、弱者の味方になることを決心する。

「ありがと、嬉しい」

 男はそれを受け、再びぼくの肩を笑顔でバシバシ叩き始めた。本当は少し痛かったが、気になるレベルではないため受け入れる。されるがままにしていると、男が口を開く。

「よし、君は今日から僕らの仲間だ。一緒に世界中をクールにしていこう」

 僕の心は言葉に酔いしれる。仲間、なんて素敵な響きなのだろう。この世界でこんな言葉を聞けるなんて思ってもみなかった。

 首を縦に大きく2回振り、それに同意する。断る理由もないし、この人を人間として好きになっていた。世界中をクールに、弱い立場の人たちを助けるために、ぼくは成長したい。

 男は手を出し、握手を要求した。ぼくはそれを快く受け入れる。手を固く握ったまま、男は次の質問をする。

「名前を聞いておこうか」

「名前……」

 ぼくは答えられない。そもそも言葉を知らぬ弱者ぼくたち、名前なんてものはなく、父や娘といった性質を心の中で読んでいた。なら当然、ぼくは名無しだ。

 だからぼくは沈黙を貫く。名前なんて無い、と言ったら彼に申し訳ないと考えたからだ。だが、それを察せというのも失礼な話、自分が子供だと思い知らされる。

 だが、ずっと黙っていると本当に察してくれたようで、悪い事を思い出したような顔をする。

 そして彼は何かを考え、軽く頷くと優しく微笑んで言う。

「じゃあ加蜜列カミツレなんてどうかな。うんうん、いいんじゃない?」

「加蜜列…、素敵」

 正直な感想だ。ぼくには勿体無い、それくらいだと思う。

 とてもいい気持ちだ。周りの惨劇を見ても、清々しいいい気持ちになれるのは、様々なものをもらったから。ぼくは本題を切り出す。

「それで、仲間に入るけど具体的に何するの」

 彼はニヤリと笑い、落ち着いた声で話し始める。

「何百とある世界、その中でも完成されたものはごく少数、あとの住民は不平等や理不尽をこうむっている。僕らの目的はそんな世界を無くすことだ」

 そこまで言って彼は右腕を伸ばし、「掴まって」と私に促す。それに従い、腕を抱くようにすると彼は続ける。

「この世界も、他から見れば後者だ。だからそんな世界は“こう”する」

 そう言って彼が足音を鳴らした次の瞬間、ぼくたちの目の前は真っしろになり、さっきまであったコンベアやぶら下がった球体も無くなる。見渡す限りの白、平面なまさに無世界。いや、ここはもう一世界ですらない。

 この現象を起こした彼は、先程までとなんら変わりなくつぶやく。

浄化デリート完了、クールだ」




 爽やかな風がほのかに花の香りを乗せ、春の訪れを告げる。確かにまだまだ肌寒いのだが、暦の上では春なのだ。だったら私は春の服を着るし、春に旬のものを食べる。だがそれも無理のない程度にとどめる。

 春は平和で私は好きだ。夏は暑さの所為で事件の件数が増える季節、秋は気だるくなるし、冬はただ寒い。春が一番、そろそろ筍も顔を出すことだろう。

 不幸に縁のある私にとって、楽しみは友人との会話や旬の味覚を満喫するくらい。若くして楽しみが2つというのもどうかしているが、まず私の仕事がどうかしている時点で結論は出ている。

 天地がひっくり返っても、その運命は変わらない。

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