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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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人間養殖場

 無知なぼくではあるが、多少の学はある方だと思う。スラム暮らしの中ではあるが、人間は微量ながら発電しているということを知っていた。

 ストレスをかけることにより脳は多く発電するが、それは本当に微量で、貯めるにしても気が遠くなる話だ。

 けれども実際、この施設は人間で発電している。あの大人の脳にどれだけのストレスをかけたのか、全く想像がつかない。自分の身を焦がすほどの電力量、考えるだけで恐ろしい。

 さらに恐ろしいのは人間を資源としているこの世界と強者。さっき扉の奥に入ったあの大男、あいつの顔は何も映していない、無表情以外の何物でもなかった。あれが当たり前、そう考えていないとできない。

 働いていたロボットが停止し、焦げた炭の入った穴の蓋がスライドして閉まると、空気が入れ替わり死臭が鼻につく。あの中には何人の死体が、と考える余裕はない。

 ぼくはここから逃げ出すことしか考えていなかった。ここにいてはあの大人の二の舞、電気になってお終い。逃げるためのあらゆる手段を考えるが、結局一番シンプルなところに落ち着いた。

 入り口は出口である。我ながら単純な策だと、ぼくはひとつため息を吐く。おそらくこの策には無理があると気づいていたのだ。

 入ってきた扉を遠目ではあるが確認する。案の定、そこには入って来た時と同じくパスワードを入力するためのボタンと、掌をつけるパネルが設置されていた。あそこからの逃亡は不可能、と別の道を探す。

 しかし他に出入り口のようなものはなく、それどころか大男が入っていった扉以外1つもないのだ。

 とすると方法は1つ、またあの大男に着いて出るしかない。ぼくは身を潜め、扉からやつが出るのを待つ。ロボットは停止中で、侵入者撃退装置などついていないのが幸いだ。

 大男が出てくるまでの時間は永遠に近く感じられ、既にギリギリである精神を削られ続ける。自然と息も荒くなり、冷や汗は止まらなかった。

 待ち時間は死臭との戦いでもあり、できるだけ口呼吸をする。それでもほんの少しの匂いはするため、途中何度も吐き気に襲われた。

 しばらくして、ようやく扉が開く。だがそれはぼくの予想の斜め上を行っていた。

「あらあんた、そこで何してるの」

 突然背後から話しかけられ、言葉は出ないがぼくは心臓が止まりそうになるほど驚く。開いた扉は僕らが入った方だ。大男は未だに扉の奥から出てこない。

 振り向いて見ると、今度はさっきのやつとは違い、痩せ型の女だった。手に袋は持っていないが、その隣に攫われたであろう大人の入った袋が浮いている。これがこの人の不思議な力だろうか、弱いぼくは恐ろしくて立ちすくむ。

 そんなぼくを見て、女は不思議そうにもう一度同じ質問をする。当然、言葉を知らぬ訳だから答えられない。ただただ首を横に振る。

「怪しい…、何か言ってみなさいよ」

 女はぼくを疑い、ぼくの顔を隠しているローブをめくりながらそう言う。顔を見られても問題はないが、何かがバレそうで内心穏やかでない。

 ふと女の顔を見ると、昔どこかで見たような顔をしていた。ぼくは記憶を呼び起こし、その顔を必死に思い出そうとする。

 僅かな沈黙があり、ぼくはその顔を思い出す。その後は、なぜすぐに思い出せなかったのかが不思議で仕方ない。幼い時ではあるがベッタリと焼きついた記憶、父を攫ったあいつだ。

「あ、あの時の子供」

 冷たい声で女が言う。彼女も思い出したようだ。

 それを受け、ぼくはこの場から離れるために振り返り、走り出そうとすると突然右脇腹に衝撃をくらい、そのまま吹っ飛ぶ。衝撃の正体は浮いた人間入りの袋で、薙ぎ払うように当てられた。ぼくの体はコンベアにぶつかる。

 死臭の影響と腹部への攻撃で、吐き気はピークに達す。だが吐き出す物は胃の中になく、胃液が少し上がるだけに終わった。

 咳き込み苦しむぼくを死にかけの虫を見るような目で、女はゆっくりと近づいてくる。その場から動けないぼくはどうすることもできず、ただ歩く姿を憎しみを含んだ目で見るしかできない。その姿は女からするとどれほど滑稽だろうか、考えるだけ自分が情けなくなるからやめておく。

 女はぼくのすぐ近くまで来ると、右足でぼくのお腹を踏むように押さえる。依然、女は袋と一緒に笑みを浮かべ、

「スラム…、いいえ、養殖場のゴミが何しに来たんだか」

 と色を持たぬ声で言い放つ。

 その言葉に、ぼくの思考は一瞬だけ停止した。養殖場、ぼくが住んでいたスラムをこの強者たちはそう呼んだ。脳内には絶望の2文字しか浮かばない、それほどの衝撃だ。

 つまり強者たちは、ぼくたちを資源として増やし、育て、使い捨てにしていたのだと、ぼくはここで初めて理解した。それなら10日に一度の食糧配給も頷ける。

 女はため息を吐き、ぼくの腹から足を上げ、

「子供は発電量が少ないのよね」

 とぼやき、ぼくの体も浮かばせる。大人ばかりを連れ去っていたのも納得がいったが、自分がもうすぐ電気になることは納得がいかない。

 金型の所まで連れて行かれ、ぼくにあったものを選ばれる。それも浮かされ、コンベアまでプカプカと最悪の空の散歩をした。手足をバタバタさせても空を切るだけで、何の抵抗にもならない。

 ぼくのジタバタが鬱陶しくなったのか、女はぼくを手元に寄せ、

「大人しくなさい」

 と言って今度は壁に飛ばされた。背中を強く打ち、そのままずり落ちる事なく、再びぼくは引き寄せられる。自然とまぶたが重くなり、目を瞑ってしまう。もう抵抗する力は残っていない。

 ぼくはその中で走馬灯というものを見た。ろくなシーンがない、弱者の手本のような生活をしていたのだと実感する。自身を馬鹿にする笑いが漏れた。

 刹那、耳を劈くような轟音が鳴り響き、辺りは一瞬で真っ暗となる。カプセルと浮かぶ球体を繋ぐ線は断たれ、バチバチと漏れ出した電流が僅かな光を作り出す。

 その出来事に圧倒され、気がつくとぼくは床に座り込んでいた。代わりに女が地から足を離し、浮いているのかと思うとそうではなかった。

「小さな女の子をいたぶるとは、クールじゃあないね〜」

 突如として現れた謎の男、女はその人に首を絞めるように左手で持ち上げられ、窒息死する前に男の右手が女の胸を貫いた。

という訳で(どういう訳だ)、ぼくは女の子でボクっ娘でした。

次回、後半はカナン行くと思います。

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