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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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残されたもの

 2人用のソファに1人で座るものだから、みっちゃんが座ったのは真ん中。けれども背もたれを使わず、ピシッとした姿勢を保つ。

 私はお茶請けを手に取る。今日はどうしてか、いつもの焼き菓子でなくおせんべい、海苔までつけて、これを作ったというから驚きだった。趣向を変えてみた、と本人は言ったが、真反対はやりすぎだ。

 しかしこれが美味しいから困る。お茶と合うのだ。

 窓から射し込む太陽の光がこのソファを縁側に変身させ、私はお茶を飲み、ホッとため息を漏らす。

 そんな私を横目に、かめちゃんは穏やかな表情かおになり、

「心音はこれからどうすん? やっぱり帰りたいんやろ?」

 と言ってお手製のおせんべいを1つ手に取る。もう片方の手は自身のポケットに入れ、ハンカチを取り出して膝に敷いてから食べていた。

 私は膝の上を見る。案の定だ。

「そうですね。外へ行けるという事実ができましたから、なおさらです。……食べ辛いですか?」

 私はみっちゃんの言葉を受け、顔を上げる。私はなんだか申し訳ない気持ちになり、

「いや、そんな事ないよ。美味しいから、夢中になってたんだよ」

 とフォローする。実際そうであったし、それに何よりみっちゃんの表情が気になった。

 寂しそうな表情。大雑把に言えばそうなのだけれど、砂嵐状態のテレビがプツリと消えるような、そんな風景が頭の中に浮かんだ。何を意味するのか、一切わからない。

 膝の上のかけらを、ゴミ箱を近くに寄せ、払い捨てる。さすがに床に捨てるほど雑な性格ではない。綺麗にしてから大丈夫だよ、という念を込め微笑む。

「そうですか…、それならいいのですが、今度は食べやすいものを作りますよ」

「う、うん…、ありがとう…」

 と言って、私は湯呑みを両手で取る。包むように持つと、お茶のぬくもりが手から感じられ、なんだかホッとする。一口飲むが、それを机には置かず、ずっと持っていた。

 それからずっと、湯呑みの中が空になっても、その日の話が終わるまで私はそれを離さなかった。

 その時私は、それから起こる事を察していたのか、何かを持っていないと安心できなかった。おせんべいのかけらも、ハンカチを敷かずに満足してから捨てた。

 特にこれといって意味のない雑談を繰り返し、その日は解散になる。私は1日、その時のみっちゃんの寂しそうな表情かおが頭から離れなかった。

 食べやすいものを、今度は。

 その今度は、永遠に来る事はない。


 あの日、私とかめちゃん、みっちゃんに挟まれたこのローテーブルが、果てしなく遠い、まるで境界線のように感じたのは気のせいではなかったのだと、あの日から5日後、今日の私は知っていた。

 珍しくした部室の掃除、こんな事になるならするんじゃなかった、と私とかめちゃんは互いに向かい合ってソファに座り、それに挟まれたローテーブルの上に置いた手紙をジッと見ていた。

 そもそも部室の掃除をしたのも、昨日みっちゃんが約束を破ったからだ。気分転換に、と滅多にしないことをした結果だ。

 今週の土曜日は学校の武道場で部活やってるので、終わったら顔出しますよ。

 そう言ったみっちゃんはもういない。

 私たちがそれを知ったのは、つい昨日のこと。

 一昨日の金曜日、居候中の瑞樹家に帰ってこなかったらしい。菫ちゃんから聞いた時はまさかと思ったが、そのまさかだ。

 おそらく外の世界へ行ったのだろう。そうでなければ帰らない理由がないし、連絡してこないことも説明がつく。それに菫ちゃんから聞いたみっちゃんの最後の言葉、

 今日は1人で帰っててください、見たいところがあるので。

 いいですよ。遅くなるので、晩御飯はいらないと伝えてください。

 別れの言葉にしては淡白過ぎる。好意を寄せた女の子にくらい、ちゃんとさよならを言ってあげればいいのに。

 けれども、私たちに黙って別れるのは反則だ。二ヶ月弱とはいえ、行動を共にした友人、先輩と後輩の仲、何か一言残してほしい。そう考えるのは間違いではないはず。

 そう思っていたら出てきたのがこの手紙、本棚に挟まっていたのを私が見つけた。旅立つ前に書いていたのだろう、それを思わせる日付が書いてあった。

 月曜日、今度は、と言ったあの日だ。

「読む…?」

 どれくらい手紙を見つめてからだろう、気がつくと私はそう尋ねていた。かめちゃんはやや間を置いてからではあるがやはりうなずいた。

 私は手紙を取る。今時珍しい鉛筆で書かれたそれには、達筆な字がびっしりと詰められている。


『掃除する時は俺が本棚を担当するつもりですから、これが見つけられるのは俺がいなくなってからのはずです』


 出だしにはこう書いてあった。

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