コーヒーブレイク
昔は砂糖が高価だったと、歴史の授業で習った。いつから安価になったのか、それは覚えていない。このテーブルに置いてある砂糖も、昔なら一杯いくらでお金を取ったことだろう。
私はコーヒーにいつもより少なめの量を入れた。今日は苦いのがちょうど気分、大人の階段を上ってみる。
熱いコーヒーをふーふーして冷まし、砂糖の加減を確かめてみる。やはりいつもと比べると苦い。思わず砂糖に手が伸びそうになるが、今日だけは、と代わりにケーキを一口食べる。
向かい合って座っているかめちゃんが、苦味と格闘する私を見てクスリと笑い、
「やっぱりさ」
と言いコーヒーを一口啜り、カチャンとわずかに音をさせ、受け皿に置く。私より大人な彼女は苦味をもろともせず、一つため息をつき、
「違う世界で生きるんって辛いんかな」
「環境によるんじゃない」
と私は言った。まさか外の世界に行きたくなったのでは、と思ったから。
「そうやんなぁ。毎日カンカン照りとか嫌やんな」
「洗濯物は乾きそうだけどね」
「結局、ここに慣れとるから、ここ以外の生活て考えられへん」
と言い、かめちゃんはケーキに手をつける。
店内では落ち着いたBGMがながれ、午後のブレイクタイムをワンランク上の物にする。クラシックか何かを聴き、苦いコーヒーを飲む、これが大人だろうか。
ふと店内を見回すと、私はあることに気づく。
私たち以外のお客さん、それを見るだけでこの世界の背景がよくわかる。例えば私の2つ後ろのテーブル席、女子高生4人のグループは、誰1人口を開かず、ただ黙々と携帯電話をいじっている。
カウンター席では、両端に1人ずつ座っているのが目につく。1つ2つ空けるのではなく、わざわざ一番遠くに座っているのだ。理由はおそらく、関わりたくないから。
自分中心の世界、それがぴったり合う。他の世界は、科学に侵された世界とどちらで呼ぶだろう、この世界在住の身としては、どちらも嬉しくない。強いて言うなら科学、そっちの方がかっこいい。
「どしたん、1人でクスクス笑うて」
机に左肘をつき、手にあごを乗せたまま尋ねられる。訊かれるまで気がつかなかったが、言葉通り笑っていたらしい。私はハッとし、
「いや、なんでもないよ」
「えー、絶対なんかあったやろー」
「何もないって。気にしないで」
私はまたコーヒーを一口啜る。やはり苦い。私は椅子の背もたれに体を預け、
「さっき話したように、他人を見てた」
「なるほどなぁ。納得納得」
とかめちゃんは腕を組み、やや大げさにうんうんと頷く。
それを受け、私はまたクスリと笑う。昔ならこんな話をすることもなかったと、自分の変わりようが可笑しかった。
話しながらケーキは食べていた為、もうあと一口でなくなるまでになっていた。私たちは話を切り上げ、そろそろ帰ろうか、という事でまとまる。
ややぬるくなってしまったコーヒーを飲み干す。最後まで苦かったが、これで少し大人になれただろうか、と誰かに話してみたくなる。
私はケーキセット分のお金を財布から出し、かめちゃんの分も預かって一緒に会計を済ます。レジ打ちの人も特に私たちを気にしていなかった。なんだか自意識過剰になったのでは、と勘違いしてしまいそう。
店を出る為にドアをあける。カランカランという鈴の音が聞こえた。これも今まで意識したことがなかったように思える。案外いい音だ。
住宅街の近くの店だから外に出て太陽の光を感じられる。まだ春半ば、ぽかぽかと暖かい。
私とかめちゃんはそのまま店で別れ、それぞれ自宅へと帰る。帰る途中自販機を見つけ、何かジュースでも買おうかと思ったが、今日は大人だからと財布は出さなかった。
私たちはあの日、3人でいつも通り部室で駄弁っていた。
私の湯呑みに入ったお茶も、かめちゃんの湯呑みに入ったお茶も、全部みっちゃんが淹れてくれたもの。いつものように手作りのお菓子をお茶受けに、人との別れを深く語っていた。
私がしたのはあの状況を後輩に伝えるだけだ。
「そうですか、行っちゃいましたか」
最後に自分の湯呑みにお茶を淹れながら、みっちゃんは少し寂しそうな顔をする。
2人の仲を私はそれほど知らないが、水曜日に色々あったらしい。聞いた話では意気投合し、一緒にいろんな場所を見て回ったとか。この世界の先輩だと、すいちゃんに言ったのかと想像するとどこか笑える。
その仲間が去ったことを、みっちゃんはどう考えているのだろう。私は寂しいが、別の世界出身だとやはり見方が違うのだろうか。
寂しいの、と私は尋ねる。
「いえ、美良さんの事を考えたらそれが一番良いことですから」
自身のお茶を淹れ終わり、急須の片付けをするみっちゃんに、かめちゃんがいつも通り微笑み、
「心音には菫ちゃんがおるしなぁ〜」
「菫さんは関係ないです。まぁでも、いい人ではありましたよ」
「水曜日一緒に色々回ったんでしょ。どこ行ったの?」
ソファにもたれかからず、前に乗り出して尋ねる。
「いえ、特に変わったところには。あ、途中でカフェ行きましたよ。おととい先輩方が行ったところと同じ店です」
「そうなんだ。てっきりひたすら入り口探しだと」
「さすがにそれは…、歩きっぱなしは疲れますからね」
急須の片付けを終え、みっちゃんもソファに座る。私とかめちゃんが隣で座っているから、みっちゃんは机越しのソファに1人だ。




