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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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コーヒーブレイク

 昔は砂糖が高価だったと、歴史の授業で習った。いつから安価になったのか、それは覚えていない。このテーブルに置いてある砂糖も、昔なら一杯いくらでお金を取ったことだろう。

 私はコーヒーにいつもより少なめの量を入れた。今日は苦いのがちょうど気分、大人の階段を上ってみる。

 熱いコーヒーをふーふーして冷まし、砂糖の加減を確かめてみる。やはりいつもと比べると苦い。思わず砂糖に手が伸びそうになるが、今日だけは、と代わりにケーキを一口食べる。

 向かい合って座っているかめちゃんが、苦味と格闘する私を見てクスリと笑い、

「やっぱりさ」

 と言いコーヒーを一口啜り、カチャンとわずかに音をさせ、受け皿に置く。私より大人な彼女は苦味をもろともせず、一つため息をつき、

「違う世界で生きるんって辛いんかな」

「環境によるんじゃない」

 と私は言った。まさか外の世界に行きたくなったのでは、と思ったから。

「そうやんなぁ。毎日カンカン照りとか嫌やんな」

「洗濯物は乾きそうだけどね」

「結局、ここに慣れとるから、ここ以外の生活て考えられへん」

 と言い、かめちゃんはケーキに手をつける。

 店内では落ち着いたBGMがながれ、午後のブレイクタイムをワンランク上の物にする。クラシックか何かを聴き、苦いコーヒーを飲む、これが大人だろうか。

 ふと店内を見回すと、私はあることに気づく。

 私たち以外のお客さん、それを見るだけでこの世界の背景がよくわかる。例えば私の2つ後ろのテーブル席、女子高生4人のグループは、誰1人口を開かず、ただ黙々と携帯電話をいじっている。

 カウンター席では、両端に1人ずつ座っているのが目につく。1つ2つ空けるのではなく、わざわざ一番遠くに座っているのだ。理由はおそらく、関わりたくないから。

 自分中心の世界、それがぴったり合う。他の世界は、科学に侵された世界とどちらで呼ぶだろう、この世界在住の身としては、どちらも嬉しくない。強いて言うなら科学、そっちの方がかっこいい。

「どしたん、1人でクスクス笑うて」

 机に左肘をつき、手にあごを乗せたまま尋ねられる。訊かれるまで気がつかなかったが、言葉通り笑っていたらしい。私はハッとし、

「いや、なんでもないよ」

「えー、絶対なんかあったやろー」

「何もないって。気にしないで」

 私はまたコーヒーを一口啜る。やはり苦い。私は椅子の背もたれに体を預け、

「さっき話したように、他人を見てた」

「なるほどなぁ。納得納得」

 とかめちゃんは腕を組み、やや大げさにうんうんと頷く。

 それを受け、私はまたクスリと笑う。昔ならこんな話をすることもなかったと、自分の変わりようが可笑しかった。

 話しながらケーキは食べていた為、もうあと一口でなくなるまでになっていた。私たちは話を切り上げ、そろそろ帰ろうか、という事でまとまる。

 ややぬるくなってしまったコーヒーを飲み干す。最後まで苦かったが、これで少し大人になれただろうか、と誰かに話してみたくなる。

 私はケーキセット分のお金を財布から出し、かめちゃんの分も預かって一緒に会計を済ます。レジ打ちの人も特に私たちを気にしていなかった。なんだか自意識過剰になったのでは、と勘違いしてしまいそう。

 店を出る為にドアをあける。カランカランという鈴の音が聞こえた。これも今まで意識したことがなかったように思える。案外いい音だ。

 住宅街の近くの店だから外に出て太陽の光を感じられる。まだ春半ば、ぽかぽかと暖かい。

 私とかめちゃんはそのまま店で別れ、それぞれ自宅へと帰る。帰る途中自販機を見つけ、何かジュースでも買おうかと思ったが、今日は大人だからと財布は出さなかった。


 私たちはあの日、3人でいつも通り部室で駄弁っていた。

 私の湯呑みに入ったお茶も、かめちゃんの湯呑みに入ったお茶も、全部みっちゃんが淹れてくれたもの。いつものように手作りのお菓子をお茶受けに、人との別れを深く語っていた。

 私がしたのはあの状況を後輩に伝えるだけだ。

「そうですか、行っちゃいましたか」

 最後に自分の湯呑みにお茶を淹れながら、みっちゃんは少し寂しそうな顔をする。

 2人の仲を私はそれほど知らないが、水曜日に色々あったらしい。聞いた話では意気投合し、一緒にいろんな場所を見て回ったとか。この世界の先輩だと、すいちゃんに言ったのかと想像するとどこか笑える。

 その仲間が去ったことを、みっちゃんはどう考えているのだろう。私は寂しいが、別の世界出身だとやはり見方が違うのだろうか。

 寂しいの、と私は尋ねる。

「いえ、美良さんの事を考えたらそれが一番良いことですから」

 自身のお茶を淹れ終わり、急須の片付けをするみっちゃんに、かめちゃんがいつも通り微笑み、

「心音には菫ちゃんがおるしなぁ〜」

「菫さんは関係ないです。まぁでも、いい人ではありましたよ」

「水曜日一緒に色々回ったんでしょ。どこ行ったの?」

 ソファにもたれかからず、前に乗り出して尋ねる。

「いえ、特に変わったところには。あ、途中でカフェ行きましたよ。おととい先輩方が行ったところと同じ店です」

「そうなんだ。てっきりひたすら入り口探しだと」

「さすがにそれは…、歩きっぱなしは疲れますからね」

 急須の片付けを終え、みっちゃんもソファに座る。私とかめちゃんが隣で座っているから、みっちゃんは机越しのソファに1人だ。

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