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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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この世界はトリカゴ

 気持ち良い風が吹く。青色の香りを運び、私たちをすり抜けていく。人間は風に嫌われているのか、そこに止まってくれない。感じ方にもよるが、一度きりの出会いを大切にしろ、とでも言いたいかのようだ。

 私もふと、私たちの住んでいる街の方を見る。

 灰色の街は今日もパッとしない。そう感じるのも、緑色に包まれたこの場所の所為だろう。一度自然を美しいと感じてしまえば、何億ドルの夜景でも心ときめかない。自然破壊の敵とさえ感じる。

 2人で見るこの景色は、特に寂しさを増し、愚かさを知らされる。みっちゃんが来てないから、すいちゃんが旅立ったから、別の見方を教えてくれた友達が、いなくなってしまうと、いなくなってしまったと感じるから。


 木々に囲まれた草原、1人立つすいちゃんは微笑んでいた。その少女を、私たちは見つめていた。不思議な穴を隣に、すいちゃんは別れを告げる。

 ありがとう

 さようなら

 げんきでね

 そう言って穴に吸い込まれる少女を、私たちは列車に乗って遠くの町へ行く友達との別れ、のようには送らなかった。永遠の別れじゃない。ただちょっと、遠くに行くだけと、すいちゃんは直前にそう言った。

 星空を丸くして落としたようなその穴は、キラキラと神秘的な雰囲気を思わせ、緑の平原にある姿は不気味さを強調させる。

 その中に、少女は吸い込まれていく。

 手を振る間もなく、すいちゃんの姿は消えてなくなった。穴の向こう、外の世界へ消え去っていったのだ。一般人の感覚で言えば、外国に友達が引っ越しした、が正しいのだろうか。

 出会いに比べて、別れは呆気ない。ほんの十数秒の事だ。

 私たちは感じる。もう、二度と会う事はないのだと、二度と会えないのだろうと。

 会えたとしたら、そこは天国でしょうか。死んで転生を待つ、霊の姿でしょうか。あなたは私を、私はあなたを覚えているでしょうか。

 静かな空間、風に揺れる木の葉が擦れ合う音しか聞こえない。少女は旅立った。どこか遠くへ、キュウリからメロンへ旅立ったのだ。

「1週間ってあっという間だね」

 すいちゃんが去って、もう聞こえないとわかっているが、それでも口が動いた。かめちゃんは振り返り、私たちの街を見つめていた。


 私はこの世界の全体像を思い浮かべる。

 この世界は灰色の監獄。全世界から隔離された悲しいトリカゴ。ピーチクパーチク言ってもここから出してくれない。誰も聞いてくれないし、誰も気にしないし、そもそも存在さえ知られていないのかも。

 けれども、トリカゴの中の人間たちは、ここから出たいと思わない。それは、他の世界の存在を知る私とて同じこと。

 この世界は危険でなければ、便利という名の甘い蜜も貰える。無理して外の世界へ行きたいとは思わない。ノンフィクション作家になりたいなんて、一度たりとも思ったことはない。ただ研究して、発表して、おばあちゃんの無念を晴らせれば良いのだ。

 そう思っていた。本当に発表して良いのだろうか、私は自問自答を繰り返す。

 昨日、私はこの世界の人間が、他の世界の技術を利用するとしか考えていなかった。冷静に考えれば、それだけでないと気づけるはずなのに。

 環境のいい世界、例えば自然豊かな世界はどうだろう。この世界とて、永遠ではない。なくなってしまうとわかれば、そこを侵略し、移住計画でも立てられるのではないか。

 私には、いや、誰にだってそんなことをしていい権利などない。他人の幸せを摘み取る権利など、この世にあってはいけない。

 そう考えると、この悲しいトリカゴは、完成されているのではないだろうか。

 やや強さを増した風を感じ、太陽の光を手で遮るようにする。

「ねえ、かめちゃん」

 かめちゃんは顔だけをこちらに向け、

「ん? どしたん?」

「幸せってなんだろ」

 親友は顔の向きを変え、吹き出す。こらえるように笑ってから、笑い出た涙を指で拭い、

「いきなり何言い出すかと思ったら、哲学なん?」

「違うよ。そんなに可笑しかった?」

「相当、似合わへんもん」

「そう? まあそれはいいんだ。で、なんだと思う」

 あごに手を当て、うーん、と言って考える。やや間があり、そのポーズのまま、

「さっぱり」

 そうだろうね、と笑う。実際そんなものだ。

 私たちは、あの2人に出会って少し変わったのか、大人になれたのか尋ねる。

「変わったと思うよ。橙華ちゃんも、うちも」

「どんなところが?」

「うちは他人の事を考えるようになった。橙華ちゃんも同じ違う?」

 ご名答。ポケットに飴が入っていればプレゼントするところだが、残念ながら何も入っていない。

 葉が擦れ合う音が強くなる。また風が強くなってきた。

 青色の香りと肌寒さを感じ、私は来た道へと振り返る。

「帰ろっか」

「そやな」

 再び森へと足を運ぶ。二度目ともあり、もともと険しい道でもないため、スルスルと進んでいく。交わした会話といえば、晩ご飯何かな、くらい。森を出るまでは、それしか口にださなかった。


 舗装された道、太陽の光を遮る建物、車の流れ、飛行機雲、人間はこの世界を変えてきた。良い方向でもあれば、悪い方向でもある。その辺り、昔の人はどう考えるのだろう。

 自然は変わっていく、それは当然のこと。ただ森がビル群に変わり、川の流れが車の流れに変わるだけだと、それで納得したのか、私にはわからない。

 けれども私は、この世界を受け入れている。

 帰り道、カフェに寄り道をした。ケーキセット、これも昔はなかった、今はいい時代だと思う。

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