砕けた感じの口調
自分で勝手に決めた名前を褒める。確かに綺麗ではある。だが明らかにミラ、の後にロ、と言っていた。後で聞くこともできるが、調子を合わせたミラのことを考えると聞かないほうがいいのかもしれない。
みっちゃんを除いた2人を見てみると、なんだかんだで気があうようで話を続けている。とは言っても、かめちゃんが一方的に質問をし、ミラが答える、と言った形。
いくつなん?
どんな世界におったん?
なんでこの世界に来たん?……その他諸々。
しかし、ミラも嫌な表情をしていない。そのあたり聞き上手なのだろう。
私はそれをミラの隣で見ている。ミラの事はかめちゃんの質問攻めで大体理解した。
18歳、ヴァルハラという戦世界出身の元軍人。臆病な性格から戦闘部隊を降ろされ、医療班の雑用として働いていた。
しかし、世界を脱出しようとした恩人を追いかけた後、邪魔が入り離れ離れになってしまった、と簡単にまとめればこう。
私はといえば、みっちゃんと違いリアルな世界の話に興味津々。機械で出来た拠点、魔力による戦闘、心躍る。だが、内容が内容だけに踏み込んで聞く事ができない。冷静を装って聞く事に努める。
時折ミラが返答の中で笑顔を見せる。戦争という辛い状況だが、それでも悪い事だけでない、という事だろう。世界が違えば、思想、文化、技術も違う。食文化は同じらしいが、それらは当然の事だ。
質問を重ねる毎に、ミラの喋りが自然になるのを耳で感じ取る。少しずつ心を開いてくれている、という事だろうか。出会ったときと比べると目が優しくなった。
私は出会ったときの異変を思い出す。相手が年上と考えるとどこか聞きづらいが、良く言うと奇跡体験、悪く言えば被害者の私に聞くなという方が無理な話だ。
私は後ろに手をつき、少し重心を移動させ、未だ質問を続ける親友の話を遮り、
「ところでミラさ、私の耳を聴こえなくさせたの、あれどうやったの?」
「えっ…、耳だった?」
口を手で覆ってから、自身の右手を銃の形にし、
「目のつもりだったんだけど、慌ててたから間違えたのかな…」
頭を掻き、あははと笑う。
怯えて丁寧だった口調が少し砕けている。この短時間で馴染めるのも相当か、それとも元々ミラの性格がこうだったのか。
意外な返答に私は軽く首を傾げ、
「耳だったけど、目もできるの?」
「できるよ。味覚とか触覚とか、五感を奪ったり、強くしたり」
鼻高々というやつだろうか、自慢げに話すミラの鼻が天狗のように伸びて見える。当然それは気のせいだが、やはり最初と比べるとキャラが違う。
するとここまで沈黙を貫いてきたみっちゃんが口を開き、
「そんな自慢できる事じゃないですよ」
それを聞いたミラは頬を膨らませ、
「えー、そんな事ないよー」
「いえ、別にその力がダメ、と言っているわけではないです。ただ、この世界ではあまり使わない方がいいですよ、とそういうわけです」
深刻そうに、ゆっくりと落ち着いた声で諭す。みっちゃんの言う事はごもっともだが、ミラはその言葉の真意が理解できず、
「なんで? みんなこんな能力持ってるでしょ?」
ミラが私たち3人の顔を見る。だが当然私とかめちゃんはそんな物を持っていない。目があったが、申し訳なさから目を逸らしてしまう。
申し訳ない、というのも違う気がするが、かといってどうしようもない。
それを受けて何かを感じ取ったのか、ミラの顔はみっちゃんと同じく深刻なものとなり、
「もしかして…」
「少なくとも、俺たちの知っている中では今のところ俺とあなただけです」
その通りだ。テレビの中の超能力者など、ただのインチキでしかない。
もしもあの時のようにミラが能力の使用、謎の光弾を乱射すれば、ある日みっちゃんが言ったように警察か外国の研究所行き。それは高確率で訪れるだろう。
この科学に侵された世界は別の世界の存在を、その技術を私利私欲のために利用するのではないだろうか。その時、この世界は今の形を残しているのだろうか。
事実を知ったミラだが、この世界の全貌を知らない所為かあっけらかんとし、
「じゃあ隠せばいいだけだね。問題ないじゃん」
「まぁそうなんですけど…」
「それに」
やや困り顔のみっちゃんの言葉を切り、ベッドの宮棚に枕を敷いてもたれかかり、
「私は2人に会いに行くつもりだから、ここにずっといるわけにはいかない」
「さっき言ってた恩人?」
私は尋ねる。
「でもどこに行ったかはわからないんでしょう?」
「うん…。見つけるまで旅するよ…」
途方もない事は理解しているようで、そう言ったミラの言葉は重い。
何百分の一、それもほとんど運次第の世界間移動。
「いいよ。手伝ってあげる」
「えっ…、でも…」
私は手を扇ぐように振り、
「あぁ気にしないで。みっちゃんのついでだから」
「…ありがとう…」
ミラの目が潤む。やはり心細かったのだろう。年上とはいえまだ18、旅は厳しいものとなるだろう。
世界への入り口を見つけるだけ、と付け加えるが、それだけで十分、と言って目をこする。
すると何かに気がついたようにミラがみっちゃんを気にし、
「そういえば君」
「なんですか?」
「俺も、って事は君は持ってるんだよね。どんなの?」
もたれかかるのをやめ、少し体をみっちゃんに寄せる。しかし、ベッドと机は少し距離があるのでさほど変わらない。
みっちゃんは説明するよりも体験させたほうが早い、と言った様子で、ミラに指を差し、上に向けて体を浮かせる。
「うわぁ! 何これ、すごい!」
驚くこともなく、浮いた体にミラははしゃぐ。どこか微笑ましいが、それがまずかった。
「橙華ー、お友達が来てるのー?」
偶々近くを通りかかったお母さんにミラの声が聞こえたようで、そのまま部屋へとやってくる。お母さんの知らない人2人と、その内の1人が浮いているこの状況は極めてまずいものだ。
「………えっと…、橙華…?」
「は、はい…」
予期せぬお母さんの登場に部屋は静寂に包まれる。みっちゃんはゆっくりとミラを降ろし、降ろされたミラはポカンと口を開けていた。
私はなんとか誤魔化そうと言い訳を考える。
「えっとね、その…、これは…」
「わかりました。話は後で聞きますから、言い訳考えときなさい。じゃあみんな、橙華と仲良くしてやってね」
とだけ言ってお母さんは去っていった。




