五感マイナス1
神隠し、人間が忽然と消える現象を人はそう呼ぶ。が、実際は違う。この世の神隠しという現象は光の道、別世界への不本意な来訪が原因と言える。が、この世界は魔術的な事や呪い、科学で証明されないものをファンタジーという括りを使い、紙の中へと消し去った。神隠し、という言葉さえも、それが作り出した虚像なのだ。
当然、現代でも神隠しは存在する。廃れた科学世界でも、昔あった存在をない歴史として忘れ去られても、その傷痕は残る。
擦り傷程度のそれは、血という情報、技術、人間をほとんど流れ出さない。この世界に道が少ないのは、そういった意味合いを含むからだろう。
別の世界への探究心を持つ事ができない。私はそれを不幸と考える。馬鹿げた事を言う私を、人々はかわいそうと考える。
本当に不幸で、本当にかわいそうなのは、今ここにいる2人。私はそう考えた。
突然現れ、死んだように倒れている少女。綺麗な長髪と異界文化漂う服装、背は高く、歳は私たちよりも上のように見える。
私たち3人は、穴が消えた事よりも目の前で起きた現象に心を奪われていた。倒れている少女を上から見下ろし、頭で整理する。心臓の鼓動が早まるのを感じる。別の世界からの訪問者、この目で確かに目撃した。夢なんかじゃない、現実だ。
見たところ怪我は無さそうだ。しかし、服や肌には所々に土や埃がついている。汗もかいている、まるで何かから命からがら逃げ出してきたような、そんな感じ。
「えっ…と…」
少女が目に入ってから、衝撃で動かなかった口がようやく開く。2人も彼女から目線を変え、私を依然驚いた顔で見る。
「とりあえずさ、楽な姿勢に変えてあげようよ。それと何かまくら代わりになるやつ。首痛めちゃうからさ」
自分でもなぜこんな提案したのかわからない。ただ、彼女は言わば横向きで寝ている状態。肩で指と地に距離があり、辛そうに感じたからだ。
しゃがんで肩を押すが、なかなか動かない。彼女が重いわけではない、私が非力なだけだ。
「みっちゃん、手伝って」
「えっ、……で、でも…」
男子の力で押せば簡単だろう、と思い協力してもらおうとする。が、みっちゃんは協力的ではない。目をそらしてしまう始末だ。
仕方なく、かめちゃんに協力してもらい彼女を仰向けにする。その間、みっちゃんはリュックから取り出したシートを折りたたみ、枕のようにしていた。が、作り終わってもそれを頭の下に入れようとしない。
「どしたの? 早く枕敷いてよ」
焦ったくなり、やや強めに促す。
そうするとみっちゃんは再び困った顔をし、
「頭、持ち上げてくれますか? その…、女の人の体に触れるのって、なんかいけない事のような気がしまして…」
困り顔は苦笑いに変化する。先ほど協力を拒んだのもそれが理由だろうか、どちらにしろこの子は真面目すぎる。おそらく授業中に前の席の女子に何かを渡さなければいけない時、振り向かせるのにペンでつつくタイプだろう。
心中察し、黙って頭を持ち上げる。たたんだシートをサッと入れると、みっちゃんは満足げな顔をする。まったくこの子といると退屈しなくていい。
そう考えると、ある事に気がつく。もう少しの間、3人でいられるのか、と。
「今日もダメだったね」
と笑みを浮かべる。最後だと思っていたから、今みっちゃんがここにいる事がちょっと嬉しかった。恋情とか、そういうのではない。あくまで友情、3人でいる事が当たり前で、当たり前を失いたくなかったのだ。
「そうやな。次はどこ行こうかなぁ」
「遠くは嫌ですよ。電車は酔うので」
私同様に嬉しそうなかめちゃんに続き、みっちゃんも笑って答える。特にみっちゃんの顔は、帰らなきゃいけない、と考えている時に作る笑顔とは違う物だった。
突如として現れた少女の事も忘れ、出会った当初よりも確実に固くなった友情を感じる。はたから見れば、女の子1人を3人で気絶させ、笑っているワル、のように見えるのだろうか。ふと少女を見る。
疲れ切ったような表情で眠る彼女は、悪夢にうなされているようにも見られる。まるで何かを求めるかのように、
「ぅ、ぅぅん…」
と苦しそうな声を小さく出し、ゆっくりと目を開く。が、まだ意識ははっきりしないようで、目と口が半開きのまま数秒過ぎる。私たちはその様子を静かに見ている。
私が顔を覗き込むと、半開きだった目はパッと開き、体を起こして座ったまま後ろに後ずさりする。完全に目覚めたようだが、どうやら驚かせてしまったようで、彼女は今にも泣きそうだ。
「ななななな、なんですかあな、あなたたち…!」
驚きすぎて舌が回っていない。噛み噛みで、足も小刻みに震えている。別の世界の人間と出会ったのだから、まぁ予想の範囲内の反応だ。
「気がついた?」
「だだだ、誰ですかあなたたち…! こ、ここは…、2人をどこに…」
手を銃の形にし、私たちの方へ向ける。向こうの世界で銃を使っていたのだろか、だが今ここに銃はない。その反応は可愛らしくも思える。
「ここはニホン。あなたは別の世界から…」
話している最中、彼女からダンッ、という音が聞こえた所為で、1度話を止め、周りを見渡す。銃声のような音。しかし、特に周りにも変わった様子はなく、話を再開する。
「……………、………………。……、…?」
口を動かし、確かに声を出している。出しているはずだ。しかし、自分の声が耳から聞こえない。自分は今声を出しているのか、心の中で考えているのか、どちらかがわからなくなり、ちょっとしたパニックに陥る。
「………………!!!」
人生で一番不安になり、慌てて叫んでみる。しかし、それでもなお聞こえない。
「…………! ……………!?」
「………、…………」
かめちゃんとみっちゃんが、何か慌てた様子で私の体を揺する。表情には鬼気迫るものがあった。
脳処理が追いつかない、とりあえず1つだけ理解する。どうやら聞こえないのは私の声だけでなく、他人の声、風で葉が揺れる音、その他諸々……、とにかく全てだ。
目の前では、依然恐怖を含んだ表情の別世界少女が、こちらに銃の形をした手を向け、何かを言っている。




