光の道
階段、といえばカクカクのきちんとした形の物を思い浮かべる。が、山とか神社とか、そういったところの階段は、作った人には申し訳ないけれど、石やら木やらでガタガタですぐ足が痛くなる。
しかし、今日はそんな心配はいらなかった。みっちゃんのおかげで体が軽い軽い。もう元の重さには戻れないほどの楽さだ。
「もうすぐ到着だね」
「そう…ですね…。ぜぇ…ぜぇ…」
ひょいひょいと階段を上る私に対し、「競争しますか」とまで言ったみっちゃんはやや疲れ気味。やはり大きな荷物を持ち、1時間弱歩いた後の階段は堪えるのだろう。かめちゃんも同じく息を切らしている。
階段を上り始めて約5分、何段くらい上ったのだろう。確か200までは数えていたのだけど、そこからは面倒くさくなって数えていない。多分その2倍の400くらいだろう。
「あと…何段くらいですかね…」
息を切らしたみっちゃんが立ち止まり、膝に手をつけ尋ねる。背負った荷物が気になったが、落ちる様子はなさそうで安心した。
「鳥居見えてるし、50くらいじゃないのかな」
ぜぇぜぇと辛そうなみっちゃんとかめちゃんを見て、自分だけ楽をしている事を申し訳なく思う。この旅が終わったらどこぞの洒落た喫茶店でケーキセットでもご馳走してあげよう。
ゆっくりと上ってくる2人を待ちながら、私も少しずつ階段を上る。先に行っても寂しいし、2人との距離を見ながら丁度いい位置にいることに努める。かめちゃんとは5段、みっちゃんとは3段離れて上っていた。
「火芽先輩…」
弱々しい声でみっちゃんが話しかける。
「どないしたん…?」
「今ですね、自分の中で自分を優先するか、橙華先輩を優先するかで葛藤しています…」
2人の会話の中に私の名前が出てきて少し驚く。自分か私か、どういうことなのだろう。依然、2人に合わせて階段を上る。
「それは…、どういうことなん…?」
「それがですね、うまく言えないのですが、自分の中の何かが切れかかっているんです…」
さっきよりも辛そうな声になり、再びみっちゃんが足を止める。体力の限界がきたのだろうか、今度は立ち止まるだけではなく座り込んだ。
心配になり、数段降りてみっちゃんの元へ行く。もしかしたら私の所為かもしれない、意識よりも先に体は動いていた。
「ちょっと…大丈夫?」
明らかに大丈夫ではなさそうな表情をしていたが、それしか言葉が見つからず、そう言うしかなかった。
かめちゃんもゆっくりとみっちゃんの元へ行き、自身のやや小さめのカバンからペットボトルを渡す。中身はお茶だ。
「ほら、これ飲み」
ペットボトルのフタを開けてから渡す。疲れているというのに、細やかな気遣いに感心する。
みっちゃんも「ありがとうございます」、と言って受け取ると普通に飲まず滝飲みをする。迷わず滝飲みをするあたり、みっちゃんの真面目さがうかがえる。
ペットボトルを返し、リュックを肩から降ろす。ため息をついて俯くみっちゃんの息切れは、ほんの少しではあるが回復していた。
改めて問う。
「それで、みっちゃんか私か、ってどういう事なの?」
「それは…」
ややあって、悩んだ末に出した答えのように答える。
「いえ、もう大丈夫です。気のせいでした」
答えるまでに間があったためか、みっちゃんの息切れはもう少し回復していた。かめちゃんも隣に座り、体力を回復させている。
「本当に? 嘘ついてない?」
どう考えても嘘をついているように思え、少し強めに確認する。
「はい、先輩に嘘なんて言いませんよ。本当に大丈夫です。あと少しで神社です、もうひと頑張りですよ」
そう答えるみっちゃんだが、やはり嘘のように思えて仕方がない。が、私自身みっちゃんに助けられている状況で、あれこれ追求できる立場ではない。立ち上がり、またゆっくりと上り始めた。
どうもおかしいと、かめちゃんに助けを求めるように視線を送るが、かめちゃんは後輩ちゃんの意志を尊重したいのだろう、ゆっくりと首を横に振る。
「……わかったよ…」
かめちゃんも立ち上がり、再び上り始める。私は今度は先に行かず、2人を下から見る事にした。弱いわたしがしっかりした2人よりも高い位置にいるなんて、と思ったからだ。
上るのを再開してから到着までは早く、30秒もしないで神社までたどり着いた。春の暖かさは、2人にとって災いし、まるで夏の日のように汗をかいていた。
「ようやくですね…」
最上段に腰掛けているみっちゃんは、やりきった表情でそう言う。やはりリュックは肩から降ろし、今度は空を見上げている。
「そうだね。一旦休憩して、それから調べ始めようか」
そう言って自身のカバンからみっちゃんにもらったクッキーを取り出し、3人で分けて食べる。袋のちょうど半分くらいあったクッキーは、そこで空になってしまった。
「調べる、って、何をどうやってするんですか?」
すっかり体力、気力ともに回復したみっちゃんが、お賽銭を入れ、お祈りを済ませてから尋ねてきた。この神社はもう誰も管理している人がいないのに、みっちゃんらしい。
が、質問は適切だ。それはごもっともな疑問であるし、みっちゃんが元の世界に帰れるかどうかを決めるものでもある。
「待っててね、今説明に必要な物を……、あった!」
みっちゃんのリュックの中から、おばあちゃんがまとめたノートを取り出す。もちろん、リュックは降ろしてもらっている。
色あせた古いノート。タイトルは「光の道」。それを開き、おばあちゃん直筆の文字を読みながら説明する。
「まず、人の手がかかっていない、この条件はクリアしているね。だったら探すものは1つ、『光の道』と言われる空間の弱い場所だよ」




