いたずらごころ
「はぁぁ…、美味しいんだなぁこれが」
最後までとっておいた少し甘めの卵焼きを口に入れ、幸せを噛み締める。その隣では、みっちゃんが「疲れた時は甘い卵焼きがいいんです」、と誰もが知っているようなウンチクを披露している。
舗装されていない道の隣は芝で広がっている。そこにシートを敷き、3人で座ってみっちゃんお手製のお弁当をいただいていた。車は通らないので、砂埃に困る事はない。
「しかしまぁ、みっちゃん料理上手だねぇ」
親戚のおじさんのような口調で、みっちゃんを褒める。が、当の本人は照れることなく、極めて冷静に、
「ええ。好きですから」
と答える。料理なんてほとんどしない私にとって、その言葉は輝いて聞こえた。趣味はお料理、なんて、人生で一度は言ってみたいものだ。
そう思うとだんだん悔しくなってくる。怒りとはまた違った感情、少しからかってやりたい、と思えてきた。
性格が悪いのは重々承知している。言い訳をすると、さっきの卵焼きでお弁当を食べ終わったから、暇なのだ。
「そう言えば、好き、で思い出したんだけど、みっちゃんあの娘とは最近どうなの?」
「なっ…⁉︎」
いきなりだった所為か、みっちゃんは慌てた表情をする。ちょっとスカッとしたけど、聞いちゃったものは最後まで聞きたい。
「いいじゃないのさ、教えなさいよ〜」
「面白そうやなぁ。それ、うちにも教えてくれへん?」
私が押すと、かめちゃんも会話に参加して手伝ってくれる。
「火芽先輩まで…」
そう言うと、みっちゃんの顔がだんだん赤くなっていく。このような初々しい反応は、悪戯心をくすぐってくれる。是非とも知りたい。
やや躊躇い、半分ほど食べ終わったお弁当箱を置くと、ゆっくりとした口調で話し始める。
「特にこれといったイベントはありません。菫さんに剣道を疎かにするな、とはよく言われるようになりました」
言い始めは恥ずかしそうにしていたが、後半はすっかり笑顔になっていた。
しかし、この話を聞いた私たちは反応に困る。「剣道を疎かにするな」、とは、言うなれば私たちの所為ではないのだろう。
ただの惚気話か、はたまた遠回しに剣道をさせろ、という事なのか、前者であってほしい。
「それだけです。ご満足いただけましたか?」
「そうやなぁ、もうちょっとアタックしてもええんとちゃう?」
かめちゃんの言葉を受け、みっちゃんは何やら想像しているようだ。やや上を向いて、何かを考えている。
「……、いやいやいやいや、ダメですダメです」
一頻り妄想し終わった後は、半分ほど残っているお弁当をパクパクと食べ、1分もかからずにお弁当箱は空になった。
あまり詳しい事はしれなかったけれど、最初の目的はからかう事だったから、目的は達成している。結果オーライだ。
「じゃあ、歩きますか」
みっちゃんが全員分のお弁当箱を自身のリュックにしまうのを確認し、手でクッキーを催促しながら言う。クッキーは、渋々渡してくれた。それを自分の荷物入れの中に入れる。
「心音が軽くしてくれたからって、余裕になってたらあかんよ」
「平気、余裕!」
だから、と言いたそうな顔で、かめちゃんが私を見る。そんな目線は気にせず、私は敷かれていたシートを折りたたみ、これまたみっちゃんのリュックに入れる。
ふと、そこで気がついた。
「ねぇみっちゃん。もしかして自分のリュック軽くしてた?」
「いえ。そんな事したら卑怯だと思いましたので」
お弁当箱とシート、その他諸々の本が入った重そうなリュックを背負いながら、みっちゃんらしい答えを返される。疑ってしまった自分が恥ずかしい。
「卑怯」
「うるさい」
かめちゃんにツッコまれるが、自分の足の痛みには変えられない。恥じる事もなく、私たちは目的地の神社への歩みを再開した。
川を越え、森を越え、なんて事はなく、ただひたすら舗装されていない土の道を歩いている。が、足は全然痛くない。
しかし、これだけ歩いているにも関わらず、歩くスピードの衰えない2人を見ると、私はどれだけ体力なさがないのだろうと考えてしまう。片道は自力で歩けると思っていた。が、このザマだ。
「橙華ちゃん、この先はどっちなん?」
道が二手に分かれているところで、かめちゃんが尋ねる。あたりに看板はなく、地図に頼るしかない。
「左だね。この先行ったらもうすぐだよ」
「もうすぐ、とは言いますが、なかなか鬱陶しい道のりになりそうですね」
と言うみっちゃんであるが、いつもと表情は変わらない。むしろ楽しそうだ。が、鬱陶しいと言うのもわかる。
今まではただの平坦な土の道だったが、今度は上り、ひたすらに階段があるのだ。この神社を建てた人は参拝者を殺しにかかっているのか、と思ってもおかしくはない。
「エスカレーター無し、現代とは思えないね」
「昔はそれが当たり前やで。それに、別の世界はエスカレーターなんて便利なもん、あるかすらわからんよ」
かめちゃんにもっともな事を返される。が、別に私は嘆いているわけではなく、これくらい人の手がかかっていないところではないと、別の世界とのコンタクトはとれない、という事を考えていた。
それにいつもなら面倒くさいだけの階段も、みっちゃんが軽くしてくれているから今はどうでもない。体力がついた、と錯覚してしまうほど楽に上れるのではないか。そんな期待をしてみる。
「競争でもしますか?」
余裕の笑みを浮かべていた私を見て、みっちゃんが提案する。
「いや、やめとこう。友達なんだから、競争よりも助け合おうよ」
「ええ事言うて、荷物持ってもらおう、って考えてんとちゃうの?」
「考えてない」
くだらない会話を交わし、狙ってではなかったが、私たちは1段目に3人同時にに足を乗せた。
本当は菫さんの話も7章に混ぜたかったのですが、長くなってしまうのでカットしました。申し訳ありません。
菫さんの話はまた別の話として投稿します。その時はよろしくお願いします。




