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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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その地に赴く

「うぅ……っ、気持ち悪い…」

「はぁ…、電車で酔う人初めて見たよ」

 みっちゃんがこの世界に来てからもう1ヶ月近く経つらしい。付き合いは3週間だけど、今まで味わった事のないような、内容の濃い3週間だった。

 夢に近づいて、夢から遠ざかった。人を思いやって、夢から遠ざかった。後悔はしていない、満足だ。

 話によると、みっちゃんは気がついたらこの世界にいたらしい。子供という過程を飛ばした少年として。その時から能力があったのか、はわからないらしい。

 私とかめちゃんも1度は記憶喪失か何かだと考えた。けれど、病気か何かの類のものであれば、症状の回復によって何かのアクションがあるはずだ。

 それが無い、という事は、私たちは「世界越えの副作用」という結論を出す事ができる。私のおばあちゃんは、その副作用とやらで左手の感覚を失ったらしいのだ。

 不運で片付けるのが一番楽だろうけど、謎を解明するのが楽しいのだから、その辺りも詳しく調べたいところだ。

 だったら実際に見てみればいい、そう考え私たちは遥遥電車に乗って辺境の地へとやってきたわけだ。ここで降りたのは私たち3人だけ、まさに辺境の地。が、みっちゃんはこのザマ。

「そうやなぁ、車も自転車も、乗り物っていうのが初めてやったんやろ?」

 駅のホームにあるベンチに座り、気持ち悪そうにしているみっちゃんの背中をかめちゃんがさする。なんかデジャビュだ。

 やや間があり、みっちゃんが口を開く。声は弱々しく、いつでも朝食が返却されそうに感じて取れる。

「はい…。師匠と病院やら何やらを廻った時は、歩きでしたから…」

 師匠、とは剣道の師匠だろうか。前に感じた瑞樹の名前は剣道の有名な家、みっちゃんはそこに居候しているらしい。優しい人に巡り合えて、みっちゃん…心音も幸せだろう。

「まぁ待ってて、自販機で飲み物買ってくるから」

「いえ…、お構いなく…うぅ…」

「いいや、構います」

 みっちゃんの言葉を無視し、私は自販機へと向かう。あまり人がいないようなところだけど、さすがに自販機はあるらしい。やや救われた気持ちになる。

 お金を入れ、お水のボタンを押そうとしたところで、そのボタンが光っていないことに気づき、値段をよく見てみる。

「げっ、高っ…」

 ここは山の頂上か、と思わせる値段。通常の2倍以上の数字にビビり、お金の返却レバーを下ろした。


「ごめんねみっちゃん、飲み物買えなくて」

「いえ、外の空気吸ってたら落ち着きました。ありがとうございます」

 実際は買えたのだけれど、お水にあれだけの金額は払えない。これはケチではない、常識的に考えた結果だ、と自分に言い聞かせる。

 駅から出て3分ほど、舗装されていない道をあるいていた。土なんて見るのは何年ぶりだろう、都会じゃ見ることも歩く事もないから、いい経験だ。

「で、目的地はどこなん? 道わかっとるん?」

 来たことのない場所、子供だけという事もあり、かめちゃんは少々不安そうにしている。マメちゃんは今日は用事があるらしく、一緒に来られなかった。

 みっちゃんも剣道部の方が忙しく、今日しか来られそうな日がなかったから、止むを得ず、といったところだ。

「大丈夫大丈夫、携帯電話の地図機能を使えば楽勝だって。GPSって昔の知識は今でも通用するんだよ」

 そう言いながら携帯電話をポケットから取り出し、間髪入れず地図機能の起こす。予想通り、GPSが現在地と辺りの地図を出してくれた。

 さらに追加で、私は目的地の神社までのルートを検索させる。この神社は、すでに人の手が加えられておらず、訪れる者もいないため、条件を満たしている。

「出たよ」

 数秒待つと、地図機能がルートを赤い線で示された。どうやら徒歩で1時間以上はかかるらしい。2人に携帯電話の画面を向けて見せる。

「へぇ、2056年でも使えるんやなぁ」

「よく知りませんけど、便利ではありますね」

 2人が口々に褒めているのか貶しているのか微妙なニュアンスのことを言う。みっちゃんに関しては過去を知らないのもあり、当たり障りのない事を言っているようにも感じられる。

「2人とも、問題はここからだよ。ここにはバスなんて通ってないから、1時間以上歩き確定です…」

 伝える声は暗さでいっぱいだ。

 体力に自信のない私からしてみれば、地獄以外の何でもない。もしかしたら途中で諦めてしまうかも、行きは良くても帰りは無理そうだ、とか色々考える。

「特に問題はないです。山2つ越えるくらいの体力は持ち合わせているので」

「疲れたらいつでも荷物持ったげるな」

 みっちゃんとかめちゃんの言葉がぐさりと刺さる。みっちゃんにはさも当然のような声で、かめちゃんはそれがある事を確信した声で言われたのだ、なんか悔しい。

 確かに体力はないけれど、私にも意地がある。そこまで言われては引き下がれない。

「心配は無用だよ。私だって頑張れるんだから」

「流石橙華ちゃん、偉いなぁ」

 そう言ってかめちゃんは小さく拍手をする。それにつられてか、みっちゃんも拍手をし始めた。誰も見ている人はいないけれど、なんだか恥ずかしい。

 が、荷物を持ってもらえるチャンスを自分から手放してしまった。今更ながら後悔する。もし限界がきたらどうしよう、そんな事を考えてしまう。がそのうち面倒になり、

「……えぇい! 考えるよりも行動だね、行こう!」

 地図機能の開かれた携帯電話を掲げ、たったか歩き出す。背後から2人がクスクス笑っているような気配がしたけれど、気にするな、と足を動かす。

「せやね、行こ」

「あ、先輩おいてかないでくださいよ」

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