後ろ向きな後輩ちゃん
顔を手で隠してはいるが、明らかに赤面している。よほど恥ずかしいカミングアウトでないとそこまではならない。が、それは確かにそれほどで、私はそれをよく知っている。
「金魚?」
首を傾げ、みっちゃんが確認するように言う。
「そうや…、火芽 金魚、恥ずかしいわ…」
弱々しい声、それならなぜ教えたのか、という問いは浮かばなかった。いずれバレる、それが強かったか、もしくは早いうちに楽になろうとしたか。どちらにせよ、覚悟しての行動だ。
依然顔を隠しているかめちゃんこと金魚ちゃん。はぁ、と軽いため息をつくと右手を顔から外し、丁度いい温度になったお茶を飲むと、再びその右手を顔に戻す。
「あ、えっとね、まぁそういう事」
この空間の微妙な空気感に困り、何か言おうと口を開く。そういう事とはどういう事なのだ、自分で言って自分がその言葉の意味を理解できない。
「そうだったんですね。金魚、かわいくていいんじゃないですか?」
「分かってないなぁ、本人には苦なんだよ」
自分もそれほど分かってはいないが、棚に上げ軽く叱る。みっちゃんに叱られている自覚はないようだけれど、私も私で叱る気はなく、自然に出た言葉だ。
隣に座っているかめちゃんが、「さかな…、すくわれるやつ…」とブツブツ言っているのが聞こえる。トラウマものだったのだ。
「まぁ、色々あったんだよ」
かめちゃんの背中をさすりながら、軽く微笑み、続ける。
「まぁ私が人をあだ名で呼ぶのが好きで、基本的に名前から取るんだけど、この娘は…ね。で、「ほのめ」から取って「ほのっち」ってのを考えたんだ。でもその時に「小野っち」がいてね、紛らわしいから読み方を変えて「火芽」にしたわけ」
「なるほど、そんな理由が…」
納得したのか、みっちゃんは自分のお茶を飲み干すと、何故か設備されている流し台に湯飲みを持っていく。洗うのは全員が飲み終わってからなのか、そのまま戻って再びソファに座る。
特に理由もなく、早くお茶を飲まなきゃ、と思い私も飲み干す。既に温くなっていた所為か、飲んだぞ、という気になれなかったが、仕方なしと考える。
かめちゃんもだいぶ落ち着いたようで、下は向いているが手は顔から外れていた。ザ・女の子のように太ももの上で手を組んでいる。
それを見て何故かやる事を思い出す。ついさっきお茶を飲み干したのは、これをしなければいけないからだった。私は立ち上がり、ホワイトボードのところまで行く。
「何か始めるんですか?」
みっちゃんは疑問形が多いな、と考えながら、まずは今日の話し合いのタイトルを書き終える。
『何をするか』
「うん。この通り、何をするか決めるよ」
書き終えて振り向くと、かめちゃんがいなくなっている。流し台の方を見ると、湯飲みを2つ置いているのが見えた。
「ざっくりやなぁ、でもその通りやね」
ソファに戻り、座りながらかめちゃんが言う。もう大丈夫なようで安心する。
「えっと…、それは一体どういう?」
何もわかっていないみっちゃんが、私とかめちゃんの方を交互に見る。自分がここに来た事が、どれほどこの部に影響を与えのか、という事が理解できていないのだろう。それも口では言えないが、良い意味ではなく悪い意味で。
「簡潔に言うとね、詰んでいるの。私たちは『多世界論』をこの世界に発表したい。私たちはあなたを信じているから、みっちゃんがここに来てくれた事で、別の世界のはある、って確定したの」
身振り手振りで大きく表現しながら続ける。
「言い方が悪いけど、みっちゃんが人前で能力を使えば、あなたは化け物扱い、それこそ昨日の話のように研究されるかも
「嫌ですよそんなの!」
みっちゃんは怒りを含んだ表情で、少し大きめの声を出したが、外に聞かれてはいけない、と思い出したように「すみません」と謝る。
「わかってるよ。でだ、みっちゃんはどうしたい?」
「えっ?」
再び何もわかっていない顔をし、私たちの顔を交互に見る。2度目となると、少し笑いがこみ上げてきた。
その笑いをなんとか抑え、できるだけクールに振る舞う。
「だからね、みっちゃんはこの世界で能力を隠しながら怯えて暮らすか、それとも元いた自分の世界を探すか、って事」
「昨日メールで橙華ちゃんと相談したんや。発表よりも大事な事があるんとちゃうか、って」
いい台詞をかめちゃんに盗られる。だが、笑いを我慢しながら言うよりはずっと良い。
すぐに答えを出せ、と言っているわけではなかったけれど、それがよほど刺さったのか、みっちゃんは唸りながら悩んでいる。
優柔不断、で片付けられる話ではない。言わば自分の幸せと一生がかかっている、何日何年かけても足りないくらいだ。
「……ここには、家族や友達がいます」
みっちゃんは、何かを決心した表情に変わり、ゆっくりと話し始める。
「みんな宝物です、ずっと一緒が良いです。ですが、俺がこんな危ない能力を持った人間だって、知られたらみんな離れていきそうな気がして、……正直、怖いです」
空気を読んでいるわけではないけれど、私とかめちゃんは黙ってみっちゃんの方を向き、真剣に話を聞く。わからなくもない、そんな内容だ。
決心した顔は変わらず、みっちゃんは続ける。
「元々、俺は居候です。だったら、問題になる前に消えたほうが良いかと、そう考えています」




