意外な弱点
「それで、どういった理由でここへ来たわけ?」
瑞樹…、みっちゃんが入部した次の日の放課後、部室で3つ出した湯飲みのうち、2つにお茶を淹れているみっちゃんにこんなことを聞く。昨日聞くのを忘れていた、一応知っておきたいし、みっちゃんの話からすると色々と疑問点がある。
「理由と言われましても」
湯飲みから目線をこっちへ変え、
「俺……僕はこの世界の住人じゃないのかな、って思ったからです」
やや自信なさげな声と顔で言う。その声や顔の事より、湯飲みからお茶が溢れないか、という事が気になってしまった。
この世界の住人じゃない、確かに昨日のアレを見て、尚且つ複数の世界の存在を知っていれば、そう考えても不思議ではない。だが、疑問点はそこではない。
「そのチカラ、いつ気がついた?」
「一昨日です。見学に来た日ですから」
「それ、それがおかしい」
思わずみっちゃんに指差しをしてしまう。が、特に誰も気にする様子もなく、話は続いていく。
「なんで今の今まで気がつかなかったのか、そこなんだよ。みっちゃんが生きてきた約16年、16年だ、気がついてもおかしくない。暴発する可能性すらあるし、そこがずっと気になってた」
言い終わると、みっちゃんはまた暗い顔になり、俯向く。少し責めるように言ってしまったか、自分の言葉を思い出し、反省してみる。
「……ないんです」
「え…?」
「ないんです。生きてきた記憶、記録が何も。俺は2週間も生きていないんです」
頭がおかしくなったのか、なんて思えない。真剣で、悔しそうで、辛そうだ。信じられない話だ、2週間しか生きていない高校生、…信じるしかないんだ。
「………」
言葉に詰まる。親や先生にうるさい、とまで言われる私だけれど、今この時だけは言葉が出てこない。励ましとか慰めとか、それは無駄だって感覚でわかる。
「関係あらへんよ」
口を開いたのはかめちゃん。昨日徹夜した所為で、今までソファで眠っていたが、いつも間にか起きていたようで、すでに座っている。
「2週間やからって何も悪い事はない。心音の気持ちは、うちにはようわからへんけど、気にすることやないよ」
無責任にも思える言葉、でも考えて洗練された綺麗事なんかより、ずっと優しさを感じる。優しさは続く。
「多分、心音はみんなと違う、それが嫌なんやろ。大丈夫、同じ人なんてこの世にはおらへんから」
「かめ先輩……、そうですよね、俺が間違ってました」
さすが我が部の鎮火担当、発火担当の私の不始末をいつもなんとか抑えてくれる。ありがたい限りだ。
かめちゃんが起きた事もあり、みっちゃんは出しておいた3つ目の湯飲みにお茶を淹れ出す。気が効くというか、素早いというか、まるでメイドさんか何かのように思える。執事ではなく、メイドさんだ。
「どうぞ、かめ先輩のです」
湯気を立てている湯飲みをかめちゃんの前に置く。出がらしのお茶でないところがさすがだ。私なら面倒でそのままお湯を足すだけだろう。
「おおきに。…でもなぁ心音、うちの名前「かめ」やないんよ」
「え? そうだったんですか?」
衝撃の事実に少々驚いているようだけど、人間歴2週間よりはインパクトがない。私は知っているから、別に驚きも何もない。ただいつも通りお茶とお菓子をいただくだけだ。
「そうやで。橙華ちゃんがうちの事をかめ、って呼んどるけど、ほんまは「火芽」って名字なんよ」
「それ、私の所為みたいになってない?」
「ほんまの事やろ」
そう言うとかめちゃんは少しムスッとした表情を見せる。基本的にあだ名で呼びたい、という私の自分ルールを否定されているようだけど、こればかりは私も怒るに怒れない。
かめちゃんは悔しがっている私を見て、余裕の表情でお茶をすする。忙しい表情だ、何か軽く仕返ししたい。
「そうだったんですか…、じゃあ名前は何ていうんですか?」
「え……、えっと……名前は…そうやな…」
名前を聞かれただけで異常に反応がおかしくなる。何故だろう、と思ったすぐに思い出す。私がかめちゃんをかめちゃんと呼ぶようになった理由、軽い仕返しを。
「かめちゃんの名前、私が教えようか?」
「ちょっ…! あかんよ! うちの名前絶対に言わんといて!」
必死になって私の口を手で押さえる。久しぶりに親友の焦るところが見られた。悪い名前じゃないのに、どうして嫌がることがあるのだろう。顔を真っ赤にしているかめちゃん、純粋に可愛い。
「にひひ〜、冗談だって」
「…橙華ちゃんのバカ……」
軽い仕返しと、可愛いところを見られて満足だ。今日はもうこれで帰ってもいいくらいだと、そう思える。もっとも、頭を抱えているかめちゃんは、今の状態では帰れそうにないけど。
「ごめんねみっちゃん。かめちゃん、自分の名前嫌いなんだよ」
「あ、そうだったんですか。そうとは知らずに…」
馬鹿丁寧に反省するみっちゃん、面白くもあり、少し可哀想でもある。気が弱いのか、良い子なのか、多分良い子なんだろう。
「ううん、気にしない気にしない。ほのめ先輩って呼べばいいから…」
「………ょ…」
ボソッとかめちゃんがつぶやく。
「きんぎょ、うちの名前…」




