髪とスカートは守られております
今日はカフェインに頼ることなく授業を終えることができた。昨日の夜、メールでかめちゃんから注意されたおかげだろう、早起きは三文の徳というし、何かいいことあるかな、とか思ったけど、そんな事はなかった。
あったと言えば、学校に来る道で30円を拾ったくらい。しかもバラバラにではなく、十円玉が3枚同じところに落ちていた。これはある意味奇跡だ。
まぁ、なんだかんだで今日の火曜日という学校が終わり、部活を始めようというわけだ。議題はいつ消えた森に行くのか、という事。歩いてはいけるが少し遠い、だから休みの日に行くのがベスト。
それを今日話そうと思っていたのに、よりにもよってだ、
「入部希望です、顧問の先生はいらっしゃいますか」
ノックをし、私がドアを開けると同時に入部届けを私に手渡そうとする人、早起きは三文の徳、というのは嘘だ。
消えた森の話をした次の日、私たち世界研究部にとって最も不必要な入部希望者がやってきた。しかもそれは昨日の編入生、名前は忘れたけど…どっちにしろ困る。
少し嫌な先輩を演じれば大人しく引き下がってくれるのでは、そう考えてみる。しかし、昔から性格が良くて、近所でも評判、容姿端麗、頭脳明晰な私が嫌な先輩なんて…、とか考えてる感じの先輩を演じてみよう。
「えっとねキミ、入部希望って本気?」
「はい、ダメですか」
ダメ、と言いたいけど、人数が少ないから入部を拒む理由が作れない、むしろ何か危険な事をしている部、なんて言われたら部存続の危機だ。
できるだけソフトに、この子に嫌だなぁ、って思わせる、超難関ミッションだ。
「でも新入部員は大変だよ、部室の掃除や先輩のお茶汲み肩もみまで、なんでもしなくちゃいけない、ってのがこの部のルールだから!」
「別に構いません、家でやってますから」
ホワイ! と叫びそうになるがなんとか堪える。家族思いの息子さんだなぁ、こんな息子さんを持ったお父さんお母さんは幸せだろう。とまぁ、それは関係ないのだけれど。
とりあえず立ち話もなんだ、という事で部室に入れソファに座らせる。かめちゃんがお茶を淹れようとすると、サッサッ、とかめちゃんに代わりお茶を淹れだす。意識の高い子だ。
「それで、顧問の先生はどちらにいらっしゃいますか?」
入部する気は変わらないらしい、お茶を淹れたのも、もう入部した気になっているからだろう。
「先生はまだ来てへんよ。ごめんなぁ、今日お茶菓子持ってきてへんのよ」
「いえ、お気遣いなく、先輩」
ヌッ…せ、先輩…、良い響きだ…。今のはかめちゃんに向けての先輩だ、私にも言ってほしい。
いや、ダメだ。先輩を取るか平和な部を取るか、この子が入部してしまったら嘘をついていた所為で、本当に神話の研究をしなければならなくなる。それは避けねば。……悔しいが、先輩は諦めよう。
「キミ、キミは運動部とかに入部しないの? 運動部の方がモテるよ?」
失礼とは思わなかった。実際、それほどイケメンというわけではないし、どちらかというと優しい雰囲気の男の子だ。ギャップ萌え? 運動部でバンバン動いたら騙される女子がいるはずだ。
「はい、剣道部との兼部です。…モテる、ってどういう意味なんですか?」
「え、あ、そうなんだ…。も、モテるっていうのは…えっと……その…」
言葉に詰まる、狙ってではないけれど一手先を行かれていた。それならなぜ兼部をするのか、疑問はいろいろあるけれど、一番はそれだ。
「なんでうちなの、そんなに神話に興味あるわけ?」
「神話なんて研究していないでしょう。本棚でみました、こことは違う別の世界? それについて知りたいんです」
「げ……見つかってたのか、隠し場所変えなきゃいけないかな…」
見つかってしまってマズい、というよりは、それについて興味を持ってくれた、という方に意識がいった。この世界は多世界論は信用しないし、信用できない機械のような心の人間が多い、そう思っていた。事実、大人はお金と自分の事ばかりだ。
そんなこの世界で、1人でも興味を持ってくれる、信用してくれるというのは、何億というこの世界の歴史の何億分の1の中では、歴史的快挙であると言える。
「………で、なんで入りたいのさ」
まだ少し熱いお茶を少し飲み、これまた少し真剣な顔をして尋ねる。あれ、お茶美味しいな。
「それは…、こんな事を信じてくれる人がいるとしたら、それはここだけだ、と思ったからです」
思いつめた表情で、いかにも言いづらそうな、謝罪会見にも近い重さを感じさせる。何か秘密があるのか、なければこんなところには来ないか。
「もし、おれ…ぼくが常識を超えるチカラを持っていたら、どうしますか」
「あぁ……ん、んん……?」
ありえない、普通に考えたらありえない。かめちゃんはドアの近くで、この話を誰かに聞かれないか、と気が気ではないようだ、多少ビビっている。
「え、えっとね…キミはアレかな、アニメや漫画の観すぎで中二病を発症したのかな」
「その中二病というのがどんなモノか知りませんが、嘘はついていません。ほら…」
そう言った編入生は私を指差し、クイッと上に向ける。
「え…え? えぇ⁉︎」
「うそや、橙華ちゃんが…橙華ちゃんが天井に立っとる!」




