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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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体力はない

 こんなに早く走ったのはいつ以来だろうか? 中学生になって、運動会では徒競争がなくなった。部活動も文化部だったし、体育の時間も積極的に取り組んでいなかった。シャトルランなんて一番最初にリタイアしていた。

 つまり、思い切り走ったのは小学6年生の最後の運動会以来……、いや、先週も遅刻しかけたから走ったわ。

 高校の良さ、それは何と言っても靴を履き替えずに済む事だ。上靴に履き替えている途中でチャイムなんて地獄そのもの、人生ゲームによくあるゴール直前の大量出費や2回休み並みの絶望感を味わう事ができる。事実、かめちゃんと人生ゲームをした時にそれで負けた。

 階段は辛い、全力疾走で失われた体力と筋力を限界まで搾り取ってくる。しかもこの学校は部活動が盛ん、部室やらなんやらの所為で5階建てだ。私は2年生だから4階、この学校を設計した人は私を殺したいのか。

 階段を上がりきったらもう教室はすぐ。扉は開いていてみんなの声が聞こえる、時計を見る余裕がなかった所為で時間はわからないが、駄弁っているって事はまだ出席確認は始まっていない。

「はぁ…はぁ…! ま、間に合ったぁ!」

 だめだ、もう動けない、勉強もできない。自分の席に着いた時の思考はそれしかなかった。ぺたりと机に張り付いてしまえば体を起こす気力もない、左頬に机のひんやり感が伝わって若干気持ちよかった。

「また遅刻ギリギリなん? 橙華ちゃんも2年生になったんやから、生活リズムはちゃんとせんとあかんよ」

 左から声が聞こえる。右耳に入ってきたのは2日ぶりに聞いた関西弁、体を起こす気力はなかったから顔の向きだけ変える。机のひんやり感は左頬に奪われ、右頬はさほど気持ち良くなかった。

「お母さんと同じ事言うー、いいじゃんか目標に向かってるんだからー」

「夢に向かって夜更かしして、それで授業中に寝てれば世話ないやん。それになんよこのメール、別の世界の人は空を飛べる、って、そんなん1年前から知っとるわ」

 1年前って…、という事は部活作った時からってことじゃん。私の徹夜……

「そんなぁ…、たとえそうだとしても友達なら知らないふりしてよー」

「アホな事言わんの。それに橙華ちゃん駄々っ子みたいやで、かっこ悪いからやめとき?」

「ぶぅー、かめちゃんのいじわるー」

 なんでもない会話はチャイムによって止められる。かめちゃんは私の頭をポンポンと叩き、自分の席へと戻っていった。

 担任の登場前にはみんな席に着いている。何しろこの学校で一番厳しい先生で、一番嫌われているからだ。でも反抗する人はいない、嫌って反抗するより普段普通に生活する方がうるさくない、とみんな知っているからだ。ちなみに陰で呼ばれているあだ名は、女の人という事と、いつも生徒を睨んでいる事から睨弥にらみ

「はーいみんな席に着いたね。遅刻と休みの人は……いない、みんな元気でよろしい!」

 睨弥が扉を開けてすぐに言うそのセリフは毎日の習慣のようでもある。うちの担任はこれを言わないと始まらないのだ。

「はーいHR、と言っても何も報告はないから、勝手にしゃべるよ。みんなこのクラスになって1ヶ月と半分ほど経つけど、もう慣れたかな?」

 2037年から、ニホンの学校は4月始まりではなく、1月始まりとなった。理由はわからないけれど、おそらくキリがいいからだろう。大晦日前に卒業、お正月を終えれば進級と入学、昔は入学式と言えば桜だったが、今では雪が入学式の象徴となっている。

 1ヶ月半経って慣れたかな、と先生は言ったが、私は慣れていない。クラスに…というかこの学校に友達はかめちゃんといりちゃんだけだ、そんなんでどうやって慣れろというのだ。そして先生はその事を知っているはず…、まぁ、私だけに向けられた言葉ではないから、その辺は仕方がない。

 ペチャコラペチャコラと10分間、HRの時間は基本的に先生の話で終了する。私からすれば、クラスでの活動について、とか面倒な事を報告されるより何十倍も嬉しい。

 今日は6時間授業、眠くて仕方がないけど、自販機でコーヒーでも買ってきてなんとかしのごう。



「はい注目。今日はみんなに紹介したいやつがいる。ほら、黒板に名前書いて自己紹介しなさい」

「はぁ…そうなんですか、わかりました」

 約30人の注目を集め、担任の先生から自己紹介を促される。

 あまりにも世間知らずの俺は、この一週間で師匠から色々と教えてもらった、というよりは自分で大量の本を読んで勉強した。絵と文字の書かれた本、漫画というやつだが実に楽しい教材だった。

 その漫画の知識だけど、自己紹介というシーンはなかった。でもこの白い棒はわかる、チョークというやつだ。

 カツカツ、と師匠からもらった名前を書いていく。なんだか書きづらい。

 『瑞樹 心音』

「漢字あってますよね、うん。初めまして、瑞樹です。今日からお世話になります」

「みずき……ここね? 男…だよな?」

 一番前の席に着いている男子生徒に言われる。制服だって男子用だし、どこをどう見ても男でしょう、俺が女に見えるとでも? それに名前間違えられた、そっちも言った方が良かったかな。

「いいえ、ここねではありません、しおんです。師匠がつけてくれました」

「はぁーなるほどしおんか、悪かったな間違って」

 男子生徒は頭を掻きながら謝る。名前を間違えられた事もそうだけど、むしろ俺は女に間違えられた事がショックだった。

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