ドタバタブルーベリー
今回からは橙華さんが語っている、という感じです。
夜中の1時、世間は眠っている人、お酒を飲んでいる人、深夜アニメを観る人、と色々な過ごし方をしているだろう。でも、私はこの中のどれにも属さない。
自分の部屋。電気を消しているから真っ暗、でもわずかに光らせているスタンドライトが本と進む道を照らしてくれている。
私は今、夢を見ている。眠ってはいないけど夢を見ている。おばあちゃんはこう言った、「世界はここ1つじゃない、他にも何百とあるんだ。私はそれを実際に見た、体験した」って。お父さんお母さんや友達は信じてくれないけど、私は信じている。いつか私がそれを証明してみせる、そのための本だ。
「ふむふむ、ほうほう、なるほどなるほど、やっぱりそうか……。さっそくかめちゃんにも教えてあげよう」
机に向かい、本を片手に独り言を言いながら、右手でおもむろに携帯電話のメール機能を立ち上げる。送り先はかめちゃんだから…あいうえお、か…か…かめかめ……あった、火芽ちゃん。さっそくメールを…
「こら橙華! また夜更かしして本なんて読んで、明日は学校でしょう!」
「ひゃん…!」
後ろからの声にわざとらしく驚く、実はなんとなくではあるけど、そろそろお母さんが怒りに来るんじゃないか、って薄々感じてたんだよね。
「なにがひゃん…、よ、また意味のわからない本なんか読んで、そんな事よりももっと大事な事があるでしょう?」
む、いくらお母さんとはいえカチンときた、お腹を痛めて産んでくれたおばあちゃんの言葉を信じないなんて…
「はーい、わかりました。かめちゃんにこのメールだけ送ったら寝ますよ」
反論はしなかった。もうおばあちゃんは眠っている頃だろう、大げんかして起こしてしまっては申し訳ない、悔しいがここは我慢するしかない。
「ふうん…、今日はやけに聞き分けがいいわね、まあいいわ。おやすみ」
「はーいおやすみー」
………よし。
ふぅ……、今日もいろいろ調べ物したから疲れたな。でもなんでお母さんは私が起きてるって気がついたのかな、…ドアが開いててスタンドライトの光が漏れていた、とか? なんにしろ次からは気をつけよう。
今日が日曜日…あぁ、もう月曜日か。という事はまた一週間が始まるのか、休日は会えないから学校は助かる。土日も学校を開けてくれたらいいのに。
ま、そういうわけにもいかないか、他の運動部に所属してる人達の言わば溜まり場になってるから、わたしらみたいなやつは邪魔になるってね。それならそれでもいいや。
学校指定の鞄の中身を確認し、その上に明日着る制服を置く。あっ、メールもしなくちゃ、……ポチポチっと。
「よし…、送信。寝よ寝よ」
椅子を机に戻さずにベッドにダイブする。ひんやりとした掛け布団が温まるまでは眠れないかな、明日遅刻しちゃうかも、なんてね。
明日は……もう今日か、今日は何か進展があるかな…
「すぅーー、すぅーー」
あ、すごいすごい、みんなわたしよりも2倍近く背が高い。ここは背高のっぽの世界だぁ…んふふ…。
えー肩車してくれるのー? うわぁ高い高い、なんだか怖くなってきたぁ…むにゃむにゃ…。
「橙華! 起きなさい橙華! 何時だと思ってるの、学校に遅刻するわよ!」
ふにゃぁ? 学校…遅刻…? …はっ⁉︎ なんだ…夢か。
案の定、お母さんに叩き起こされて眼が覚める。ぼやけた眼で目覚まし時計を確認してみると短針は7、長針は10を指していた。学校が始まるのは8時の30分、わたしの家から学校までの距離は……考えただけで諦めそうになる…。
「なんでもっと早く起こしてくれなかったの! うちの学校遅刻には厳しいって知ってるでしょ!」
一瞬で眠気がなくなり、そのまた一瞬で服を脱ぎながら文句を言う。お母さんにあたるのはお門違いではあるけど、一方的に怒られるのは癪だ。
「起こしたわよ何度も何度も! 起きないのはあんたの所為でしょう!」
お母さんは怒りながらわたしに制服を渡してくれる、しかし、それとこれとは別だ。
「でも、それでも起こしてくれるのが母親の仕事でしょう!」
中途半端に服を脱いだまま、着替えという行動を止めてしまう。口げんかの所為で頭がほとんど回っていないのだ。実際、わたしは制服を着ようとして脱いだパジャマをもう一度着ようとした。
「うるさい! 高校2年生にもなって、少しは自立なさい! それに喧嘩してる場合じゃないでしょう、さっさと着替えて学校にダッシュ!」
「わかってるよ!」
昨日のうちに学校の準備をしていたことが幸いし、制服に着替えてすぐ部屋を飛び出す事ができた。早く行かないと遅刻して、遅刻したら………絶対にいやぁ!
部屋から飛び出した後は玄関へまっしぐら、部屋から飛び出て約2秒後に鞄を持っていない事に気がついた。着替えてすぐに飛び出せたのは容易のおかげではなく、わたしの忘れ物のおかげだ。取りに戻らなきゃ…
「…ない、ないないないない! 鞄どこにやったっけ?」
部屋の中のどこにも見当たらない、……ああもう時間が…、諦めるしかない。今度こそ玄関まっしぐらだ。
玄関まで到達すると、下駄箱の上に皿に乗ったトーストとわたしの鞄があった。なんでこんなところに…お母さんか。
「しかもトーストにはブルーベリージャムまで…、お礼は帰ってきてからかな…」
玄関の扉を勢いよく開けて閉める。ガランッドンッ、行儀が悪いと近所で評判になってしまいそうなほど大きな音だった。
でもそんな事を気にしている余裕なんてない、トーストを齧りながらダッシュ。さすがブルーベリー、甘いぞ。
喉に詰まらせないように気をつけながら食べ、進む。体力には自信ないけど、なんとか間に合わせないと。
「こんな時、別の世界みたいな空を飛べたり瞬間移動したりできる能力があったらいいのに!」




