よん
「何をしてる」
「ナイフ投げの練習」
「ロルシュの頭の上に置いたリンゴを的にするなッ」
「だいじょーぶだって。この距離なら外さないから」
「そういう問題じゃないだろ!ロルシュも嫌なら嫌と言え!」
「…ナイフを避ける訓練になります」
「ならないから!」
こ・い・つ・ら・は!
「何をしてる」
「……やばっ?!逃げて、早く逃げて!」
「なんで………うわっ」
「ーーーーーーはぁはぁ、ちょっと危なかったかな」
「ちょっとか?人を巻き添えにするな」
「ちょうど蜂の巣採ろうとしたらアルが来たんじゃない。あーあ、蜂蜜食べたかったなぁ~」
「蜂に追いかけられるなんて初体験だったぞ」
「貴重な体験ができて良かったじゃない。あー、万が一を考えて白い服着てて助かった」
お前は白づくめかもしれないが、私は黒の上下を着ているんだがな。
蜂に刺されなかったのが奇跡だ。
「何をしてる」
「乗馬の練習~」
「それは乗馬とは言わん!」
「馬に乗る練習だから間違ってない」
「間違ってるぞ。走ってる馬の鞍の上に立つ練習をする奴がいるか!なんでそんなことを思いついた!」
「普通に乗るのも飽きちゃったし、最終的には逆立ちで乗ってみたらどうかなー、なんて」
「馬が暴走したり、お前が落馬したらどうするんだ。とにかくヤメロ」
「…………はーい(不満そう)」
ある意味、かなりの乗馬のテクニックではあったが危険すぎる。そして日常では必要ない。日常でなくとも必要ない。
「何をしてる。それは小麦粉か?」
「そうそう、小麦粉。ちょっと実験してみようかと思って」
「何のだ(嫌な予感しかしない)」
「ものの本に書いてあったんだけど、小麦粉って爆発するらしいよ。ボンって」
「………詳しい手順とか分量とかわかってやってるんだろうな?」
「いや適当」
「中止しろ。本当に爆発したら危ないだろ!怪我するかもしれないし、火事にでもなったらどうする」
「……………………へーい(小麦粉が駄目ならかわりに砂糖でもいいらしいし…)」
「お前、今ろくでもないこと思いついたろう」
「えっ、いやいやいや、思いついてないし!(…そういえば栗を火に入れたらはじけるって昔ばなしがあったような)」
「だからろくでもないことを考えるな」
「か、考えてないよー」
嘘だな。おもいっきり目が泳いでるぞ。
私のシュトラーセ伯領滞在二日目から、毎日この調子だ。
見事に一撃をくらって昏倒したデルフィは、幸いすぐに意識を取り戻した。特大のたんこぶができ、数日青アザが痛々しかったが、至って元気だ。というより元気すぎる。あの時は本気で心配したが、今思えば二・三日寝込んでくれてた方が平和で良かったかもしれない。
あの熊男はシュトラーセ伯の長男でシュトラーセ伯代理だったらしい。
シュトラーセ伯は放浪癖があり、所在がわからない事がほとんどだという。「死んだという連絡が来ないから元気にしてる」とみんな考えているらしく、不在を気にする者は誰もいない。
奥方はずいぶん前に亡くなられたようだ。
よって代理があの熊男だが、あの熊男、父親の性質を余すことなく受け継いだらしく放浪癖まで瓜二つ。こちらもまたほとんど領内に留まることはない。
翌朝には姿を消していた。
王国軍にスカウトしたかったのだが、放浪癖があるならアウトだな。残念だ。
以上の理由により、リューベックが「当主代理の代理」だった。
リューベックとロルシュの二人は常識人だ。まだ。あの二人くらいは常識を持ち合わせていると信じたい。
留守がちのシュトラーセ伯に、伯そっくりの長男、そしてデルフィ。
リューベックとロルシュは並々ならぬ苦労をしているに違いない。
このままでいくと近い将来ハゲるか胃に穴があくぞ。
とは言うものの、全体的に見て彼らは非常に気持ちのいい人々だった。
シュトラーセ一家に加え、その領内に住む人々のほとんどが、素朴で真面目で勤勉だ。
朝は日の出と共に起きだし、朝食後はすぐに畑仕事。リューベック、ロルシュ、デルフィも領主であるが当然のように一緒に作業をしていた。私も作業に加わった。農作業をしたのは初めてで、想像以上の重労働に驚いた。
二時間ほど作業をしたら、リューベックは領主の仕事、ロルシュとデルフィは勉強の時間になる。 二人に頼まれて勉強をみてやることにした。二人とも基本はしっかりと学んでいて、飲み込みも早い。ロルシュは努力家の秀才タイプ。女の子がこれだけ勉強に力を入れているのも珍しい。デルフィはひらめき重視の天才タイプで、深く考えていないのにズバリと核心をつき一気に正解にたどりつく。二人の違いをみていると面白い。
昼食時になると携帯食をもって広場に集まり、地域住民が揃って食べる。
大人は情報交換や世間話の時間で、子供はなんと学習の時間だった。ロルシュとデルフィが中心になって、年少の子供たちに簡単な読み書きと計算を教えている。
これはかなりの衝撃だった。
上流階級や一部の裕福な家庭の子息のみが学習の機会をもてるという私の中の常識が音をたてて崩れさった。
確かに識字率があがり、国民全員の計算能力があがれば、国は発展するかもしれない。しかし同時に、使役される側の人間が知恵をつけすぎると反乱の原因になってしまう可能性も捨てきれない。
……私も当然のようにこんなことを考えるとは、嫌な人間になってしまったな。
国民が豊かになるのは喜ばしい。一方で王制という今の体系を維持するにはある程度の貧富の差を容認するのもやむを得まい。
そのバランスをうまくとっていくのも王としての器量か。はたして私にその器量は備わっているのだろうか?
この国の行く末を考えていく上でいい機会を得たと思う。
昼食後は各々また自分の仕事に戻る。ロルシュは主に勉強。デルフィは領内をうろついて便利屋のようなことをしている。
子守りをしたり、簡単な屋根の雨漏りや庭の柵の修理など大工仕事をしたり、家畜の世話を手伝ったり。
デルフィが突拍子もないことを次々と思いつき、即実行にうつしてしまうのもこの時間帯だったりする。
彼と行動を共にしたおかげで領内をあちこち見てまわれた。領民のありのままの姿も見れたし、収穫は多かった。
でも行く先々で生暖かい目でみられるのはいただけない。一体どうしたというのだろう。視線の真意が掴めず居心地が悪い。
日が暮れる前に屋敷に戻り夕食の準備をし、一家と使用人が揃って食卓を囲む。これにも驚いた。人数が多い方が楽しいし、わざわざ別に食事をとらなければいけない決まりはない、という理由でこうなったらしい。貴族の家では主と使用人は同じく食卓につかない、という暗黙の了解はここでは通用しなかった。
和気あいあいと一日の出来事をそれぞれ報告し、そしてだいたいデルフィがリューベックに怒られている。
「危ない」とか「怪我をするな」ではなく、「他人様に迷惑をかけるな」と怒られるのがシュトラーセ家らしい。
食後は就寝まで各自自由時間。
なのだが。
私の部屋にはロルシュとデルフィが入り浸っている。
二人とも、湯上がりでホカホカと湯気をあげた状態で寝間着着用でそして枕持参だ。
すっかりなつかれている。
相手は まだ子供と言ってもいい年齢だが、男女が(二人きりではないにしろ)一部屋で寝るのはどうだろう…。私は十五歳だぞ。色々と駄目だろう。
間違いが起こるとは思われて…いないのだろうな。「リューベック兄上も了承済み」と言われてしまったし。いつのまにやら簡易ベッドも運び込まれていた。
信頼されていると素直に受け取っていいのだろうか。
二人に請われて都の様子を話して聞かせているうちに、二人が寝てしまうのも日課だ。
……… なんだか、一日中デルフィと一緒にいないか…?
朝から晩まで行動を共にしている。
晩から朝までも一緒だ。
何だこれ。
こんなに他人と一緒に過ごすのは初めてだ。親ですら、こんなに側にいた記憶はない。今まで親しかった学友然りだ。
デルフィが私に寄ってくるのだと思ったが、よく考えてみると私がデルフィの側にいるような気がする。
どうしてか気になってしまうのだ。
デルフィはとにかく興味深い。彼との会話は飽きることなく一日側にいても全く苦にならない。振り回されることもあるが、それすら楽しい。
楽しい?
この私が?
デルフィの隣だと楽に呼吸ができる。
自分をつくる必要がない。
自分が自分として過ごすのを許されている気がする。
それはデルフィが偽りのない姿で接してくれるから。彼からもらった気持ちを、私は彼に返したい。
デルフィの信頼に足る自分になりたい。
彼と私はきっと良い友人になれる。
デルフィにそう言えば彼はきっとこう答えるだろう。
「とっくの昔に友達だよ」と。
私が王太子だと知っても、ロルシュとデルフィは変わらずにいてくれるだろうか。
学友たちは親しくはしてくれたが、あくまで私を王太子としてしか扱わなかった。
今まではそれを当たり前と受け止めていたが、この二人にもしそんな態度をとられたらと思うと、どうしてだろう、胸が締めつけられるような気持ちになる。
私が王として立った時にデルフィは側にいてくれるだろうか。側で私を支えてくれるだろうか。
隣のベッドで寝息をたてるロルシュとデルフィのあどけない寝顔をみながら、そんなことを考えた。
お読みいただきましてありがとうございました。さくさく進みたいと思います。