いち
よろしくお願いします。
あいかわらずのノリ重視・安心安全のお約束王道展開です。あくまで なんちゃって設定の軽~い作品ですので、ご了解ください。
遥か遠い時の彼方、アベンティーノという国がありました。
国王は弱冠十七歳という若さで即位した、未だ二十一歳の青年でした。
寵愛深かった第五側妃さまが十六歳になられたので、側妃さまを未だ空位であった正妃に据える決断をなされました。
正妃決定の発表は公になされたものの、大神殿で正式に婚儀を挙げるにはまだ時間が必要でした。
そんな訳で側妃さまは、正妃内定というお立場で日々を過ごされている最中なのであります。
それはある晴れた日のことでした。
※※※
私は今、王宮の中庭にある東屋にいます。
爽やかな風に誘われて空を見上げると白い雲がたなびいています。
あの雲、ライナス様の横顔みたいですわ。
ああ、ライナス様、今貴方はどこで何をなさっているのでしょうか。
この時間ですと、きっと今日の夜の公演の準備をされている時間ですわね。
許されるなら、今すぐ駆け出して貴方に会いに行きたい。
貴方の美麗なお顔を堪能し、甘い数々の台詞に酔いしれたい……
「どうした?何を考えている?」
チッ。
邪魔をしないでいただきたいものです、陛下。
はぁ、溜め息が出ます。
間違っても美形な陛下が隣にいるから、うっとりとして溜め息をついたのではありません。
ライナス様の妄想を邪魔されたからです。
なぜ私の隣にいるのがライナス様ではなく、陛下なのか。
残念です。非常に残念です。
こんなに良い日和なのにどうして陛下と時間を過ごさなければならないのでしょう。意味不明。もっと時間は有効に使うべきだと思うのです。
例えばライナス様の公演の予定をくまなくチェックするとか、パンフレットを読み込むとか、新作の姿絵が発売されていないか確認するとか、時間はいくらあっても足りません。
陛下はいつもと変わらず無表情です。会話もほぼ無し。
会話って重要なコミュニケーションツールの一つだと思うのですよ。つまり、陛下は積極的に私とコミュニケーションをとるつもりはない、と。かといって私が積極的にならなければいけない理由もありませんので、話題がない限り私も陛下に話しかけません。
陛下は私に気を使ってこうやって時間をとってくださっているのかもしれませんが、陛下と過ごすためだけにドレスを着替えたり化粧をされたりと、結構大変なのです。
侍女の皆さんの気合いのいれようといえば、それはもう鬼気迫る勢いです。正直恐怖をおぼえます。
でも私も先日十六歳になりました。一般的に女性の成人といわれる歳をむかえ、大人として扱われます。
いくら陛下がウザかろうが、顔には出しませんことよ、おほほほほ。
「いえ、陛下。隣国の外交官が貿易の関税に関して協議するため、こちらを訪れていると耳にしたものですから。お忙しい中、私のために時間をさいていただくのは心苦しく思いまして」
内心・忙しいんでしょ?さっさと行けば?
気遣うふりをして、それとなく追い払う作戦です。
「いや、あらかた合意した。あとは詳細を詰めるだけだ」
……無駄に仕事の早い男は嫌いです。
仕事に追われて、私を放っておいてもらえないでしょうか。
「このように良い日和にあの狸親父と長時間話し合わねばならないのはかなりキツいぞ。それよりも」
陛下と視線がぶつかりました。
「私はそなたとこうして過ごしたい」
その台詞、陛下からではなくライナス様から聞きたかった!
陛下も美形なんですけどね。
ライナス様とはタイプが違いますし。
じゃあもし陛下がライナス様のお顔だったら…?
それはそれで嫌です。
そよ、と吹いた風が半分おろしていた私の髪を乱しました。
それを見た陛下がおっしゃいました。
「そなた、だいぶ髪が伸びたな。初めて会った時とは大違いだ」
「初めて…ですか?私がこちらに来た時と大差ないはずですが」
「………」
なんでしょう。
陛下が信じられない、といった顔をしてらっしゃいます。
だって私は一応上級貴族とはいえちょっと特殊な家柄でして、領地は辺境で当時デビューもしていなかった娘ですよ?後宮入りするまで王都に来たこともなかったですし、以前に陛下と接点があろうはずもありません。
私がまだ実家にいた頃、先王陛下が一度昔視察に立ち寄られたことがありましたが、当時王太子だった陛下は同行されていなかったような気がします。
私は後宮に来て以来、一番髪を結いやすい長さにキープしているのです。
そういえば髪をこの長さにするように言い出したのはお父様でした。
お父様、お元気かしら。
突然陛下からぐい、と腕を引かれました。
ひょい、と抱えられて、気づけば陛下の膝の上。
陛下の膝の上に横座り。
何なのですか、この体勢!
侍女も控えていますし、衛兵だってそばにいます。周りに人がいる中でこの羞恥プレイとは。
やはり陛下、私に嫌がらせをして楽しんでいるに違いありません。
だからといって二人きりの時にされても困ります。
陛下の腕から(陛下の上から?)逃れようともがきますが、陛下も男性ですね、思いの外力が強いです。
私が本気を出せば振り払えないこともないですが、陛下相手に手荒な真似はできませんよねー。
どうしましょう、困りました。
「そなたが私と出会った時の事を思い出すまでこの姿勢だからな」
「えぇ?」
全く記憶にないのですが。
てことはずっとこのまま?
無理無理、勘弁して下さい。
「そうだ、私が思い出させてやろう」
陛下はそう言って、昔話をはじめました。
お読みいただきまして、ありがとうございました。