国王陛下の目論見
本編 後半へようこそ。
陛下視点中心です。最後に側妃視点になっています。それでは、どうぞ。
いつもはくるくると表情がかわる彼女が、考え事をしているのか真剣な表情をしている。
滅多に見れないその表情に目を奪われる。
「珍しく難しい顔をしているな。何か悩み事でも?」
私の言葉に振り返った彼女は、いつもと同じまっすぐな瞳で私を射抜いた。
私が彼女と出会ったのは、わたしがまだ王太子だった十五才の時だった。
彼女は当時十才だったのだが、その頃から色々と規格外だった。
その時まで私の周囲にいた女性といえば、母である王妃、そして王宮に仕える侍女、それに上級貴族のご令嬢。皆、判で押したような画一的な行動しかせず、何とも味気ない思いをしていたものだ。上流階級として当然の行動といってしまえばそれまでだが、もっと個性があっても良いのに、と常々感じていた。
彼女は正に個性の塊だった。
いや、あれは個性というくくりで良いのだろうか……?とにかく、彼女はあらゆる意味で規格外で、私はあっという間に彼女に心を奪われてしまっていた。
もっと話をしたい。
もっと会いたい。
もっと共に過ごしたい。
そんな思いが『いつも一緒にいることができればいいのに』になり、『これから先もずっと共に時を重ねていきたい』という思いになるのにそう時間はかからなかった。
そんな折、国王夫妻の突然の崩御により、私が王位を継ぐことになった。
元より王太子としてそれなりの教育はされていたものの、若輩の身で国王という位は予想以上に重かった。
不安や重圧で押し潰されそうになる時に脳裏をよぎるのは決まって屈託なく朗らかに笑う彼女の顔だった。
あの笑顔を思い出せばどんな難題にも向き合っていく力が湧いてきたものだ。
両親の喪が明け、いよいよ私が正式に王位継承をする日がやってきた。
それと同じ頃に私の結婚問題が持ち上がった。
王族としては珍しいことに、私には婚約者がいなかった。
王族の義務として時がくれば結婚もその相手も拒むつもりはなかったが、長い時間を共に過ごしていく相手は、願わくは心より愛し愛される女性を選びたかったというのが本音だ。
であるから、結婚問題の浮上と共に、私は自らの思いを貫くべく行動を開始した。
結果からいえば、私の計画は今のところ順調だ。計画の完遂まであと一歩のところまできている。
三年間、彼女を手に入れるために関係各所に根回しをし、彼女の父親からの了承をもぎ取り、あとはついに彼女から色よい返事をもらうだけだ。これまでの努力を思えば涙が出る思いだが、これから先自分に待っている輝く日々に思いを馳せれば何ということはない。
三年前、結婚を急かす周囲を黙らせるために形ばかりの側妃を迎える事にした。いきなり彼女を正妃に据えるにはさすがに無理があったし、かといって彼女以外を迎えるつもりもなかった。
集めた四人の側妃は(表向きには知られていないが)想う相手がいるのに、望まぬ結婚を勧められていた姫君たちだ。
そこで取り引きを持ちかけた。しばらくの間、表面上は側妃として過ごすこと。自分に正妃を迎える準備ができた時は、速やかに後宮を辞すこと。その代わり、降嫁先として想う相手と結ばれるよう手配する。
姫君たちは快く取り引きに応じてくれた。これでとりあえず、周囲の「結婚しろ」攻撃は落ち着くだろう。
次は肝心の彼女だ。
自分がもたもたしている間に彼女に変な虫がついては大変だ。早速「ある程度の身分を持つあらゆる令嬢の中から側妃を迎える」という名目で彼女を第五側妃に据えることにした。一応抽選会など開いてはみたが、元より彼女が選ばれるように仕組まれていた完全な出来レースだ。
彼女が自分の目の届く範囲にいる。これで一安心だ。
そう油断したのが災いしたのか、何とも予想外な所から伏兵が現れた。
あっという間に彼女の心を掴んでしまった男がいるのだ。
ライナスめ。羨ましすぎるではないか。
慌てた私は、彼女の王都滞在期間を早く切り上げさせて、後宮に迎え入れた。
やって来た彼女は記憶と違わず、いや、娘らしくなった分より一層愛らしく思える。以前に比べてずいぶん落ち着いたようだ。
もちろん今の彼女も昔の彼女も変わらず愛しく思っているぞ。
自然に囲まれ生まれ育った彼女が後宮内で閉塞感を味あわないようにと、彼女の部屋は特別な場所にした。そこは後宮内でありながらこぢんまりとした林の中に立つ別棟で、先の王妃の憩いの場として特別に先王が造らせた建物だ。これで彼女が少しでも心安らかに過ごせればいいのだが。
それにここならば他の側妃たちと顔を会わせる回数が格段に減らせる。
断じて「あー、陛下はこんな女(他の側妃たちだ)が好みなのねー」と冷たい視線を向けられるのが嫌だったからではない、それは念をおしておく。私は彼女一筋だ。
万が一彼女が脱走を企てないように、常に複数の侍女が彼女に張り付いておくよう指示しておくことも忘れてはいけない。
野生児…ごほん。非常に活発な彼女のことだ。普通の令嬢と同列に考えてはいけない。間違いなく抜け出すにちがいない。
近衛兵?男を彼女の側において、もし彼女が近衛兵に好意を抱いたらどうするのだ!近衛兵は実力もさることながら、見目形が良い者が多いのだ。危険はなるべく排除しなければならない。
彼女も男相手なら強行突破をしかねないが、 侍女たち相手なら実力行使には出ないだろう。
加えていうなら、彼女付きの侍女は一名を除き(実家から連れてきた侍女だ)元王妃付きだった者ばかりだ。
彼女に仕えつつ、尚且つ彼女のマナー教育などそれとなく行うように指示している。
おかげでこの三年で彼女はどこに出しても恥ずかしくないほどのレディとなった。スパルタ教育をしたという話は聞こえてこなかったので、それとない日常の中で彼女自身が学んだのだろう。元々の勘の良さや素養も備えていたのだろうな。さすが私が惚れるだけのことはある。
その侍女たちから、彼女がライナスの姿絵を後生大事にしていると聞いたときは腸が煮えくり返るかと思ったぞ。しかも複数所持していたらしい。即座に彼女に気づかれないよう処分するよう命じたことはいうまでもない。
羨ましいぞライナス!
今日は彼女の誕生日だ。
ついに彼女は十六歳になった。
彼女の父親との約束を守り、彼女には指一本触れていない。並々ならぬ努力を要したが、おかげで私のメンタルはかなり鍛えられた。
彼女を正妃に据えられるよう、周囲の了承も取ってある。
側妃四人には後宮解散と今後の事を伝えてある。
朝議で正妃を迎える旨発表した。
ここまでは完璧ではないか!
あとは彼女に伝えるだけだ。 はやる心を抑えつつ足早に彼女がいる後宮内の別棟に向かう。
この時間に彼女に会うことはないので新鮮な感じだ。
別棟に足を踏み入れると、ざわざわと落ち着かない雰囲気だ。正妃決定と後宮解散の知らせがもう届いているのだろう。
扉をくぐると彼女が目に入る。
ああ、今日も愛らしい。
彼女を目の前にするといつも緊張して、つい素っ気ない態度をとってしまう。
彼女以外の女性相手ならいくらでも優しくできるのに。ままならないものだ。
今日はなるべく柔らかく、微笑みを絶やさぬよう心がけよう。
「珍しく難しい顔をしているな。何か悩み事でも?」
声をかけると彼女が振り返った。
「ご機嫌うるわしゅう、陛下」
礼をとる彼女の仕草に目を奪われる。今すぐ抱き寄せたい気持ちを懸命に抑え込んだ。
「悩み事などございませんわ、陛下。このような時間にお見えになるなど、珍しいこともあるものだと思っただけです。いかがされまして?」
彼女が私をじっと見上げた。
上目遣いなど反則だろう!
平常心だ、平常心。
ゆっくり息を吸い込み、何気ない風を装う。
「そなたに直々に伝えたいことがあるのだ」
「承りましょう」
彼女もこころもち緊張しているようだ。私も緊張しているが、ここは男らしくビシッと決めなければ。
ふと彼女の側に置いてある宝石箱に目がいった。蓋が開いていて中が見える。
以前彼女の誕生日に贈った石があった。
乳白色の輝きを持つその石は真珠というらしく、海のないこの近隣国では手に入らない貴重な宝石だ。国王としての伝を利用して取り寄せた逸品である。
去年は竜の角の欠片と伝えられているもの、一昨年は珊瑚を贈った。どちらも真珠と同様に大変貴重な物で、国の宝物庫の中にもごくわずかしか所蔵されていない。
自分が贈った物が彼女の傍で大事に扱われているかと思うと胸が熱くなる。
彼女は今年のこの誕生日の贈り物は喜んでくれるだろうか。
「その……だな、今日でそなたは十六歳になった。そうだな?」
「左様でございます」
ここで爽やかに微笑んでみせる。
幼い頃から両親似で美形だともてはやされていたこの顔。
顔目当ての令嬢方に群がられ、心ない者たちからはやっかみ半分で揶揄されたり。あまりいい思い出はない。
しかし利用できるものは最大限利用しなければならない。
"国王"としての立場でしかこの顔を利用したことはなかったが、今使わずにいつ使うのだ。
美形に生んでくれた母親に改めて感謝する。
爽やかに、かつ誠実そうに。
「まず……その……、誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます」
伏し目がちの彼女も可愛いな!
長いまつげが頬に影を落としている。
いかん、いつまでも彼女を見ていたいが、本題に入らねば。
「………で、めでたい今日」
「私はとうとう後宮を出られるのですね?」
「そうだ。今まで待たせたな」
彼女がこんなに後宮を後にしたがっていたとは。正妃専用の棟への移動を早めねば。
彼女の瞳は期待で輝いていて、本当に嬉しそうだ。
こちらまで嬉しくなる。
彼女の頬は薔薇色に染まり、胸の前で指を組んだ「お願い」ポーズ。
たまらん。
彼女の足元に跪いて、彼女の手の甲にそっと口づけた。
「…燦然と輝く太陽と夜を守護する月の女神、万物に宿りし数多の精霊と黎明の時代より続く創世王の御名において誓う」
普段使う公用語ではなく、王族や一部の人間にしか伝えられていない儀典語で、誓いの成句を口にする。
全文はかなり長いのだが、この国の代々の国王が正式に求婚する場合には、残さず口にする慣例がある。しばらくこのまま誓いを聞いてくれ。
一通り誓い終わり、公用語に戻す。
「今日の善き日、そなたは私の正妃となることと相成った。末永くそなただけを愛すると、今ここで誓おう。正妃となってくれるな?」
「え」
「…………え?」
え、とは何だ。
彼女はすっかり固まってしまっている。
驚きのあまり言葉にならないのだろうな。
いくらなんでも私の気持ちに気づいていただろうが、もしかして正妃についての噂に心を痛めていたのかもしれない。
心配するな、私は五年前より一途にそなたを想っている。
ゆっくりと立ち上がり、彼女をそっと抱き締めた。
初めて抱いた彼女の体は柔らかく、顎の下にある彼女の髪からはほんのり花の香りがする。
その香りを吸い込んで、彼女の目をみつめる。
彼女の瞳には、今私しかうつっていない。
「返事は?」
「は」
できる限り柔らかな表情で続きを促す。
同時にじりじりと威圧感を出す。
この私相手に断れると思うなよ。
私は欲しいものは全て手に入れる。
逃げることなど許さない。
それでなくとも、もう十分待たされた。
いくら寛容な私と言えども、そろそろ我慢も限界だ。
「は?」
「………………………。………はい」
微妙な間が気になったが、まぁいい。
兎も角彼女からの返事が「はい」だったことに変わりはない。
嬉しさのあまり、気がつくと彼女の柔らかい唇を奪っていた。
甘いその感触にしばし酔いしれる。
触れている部分から伝わる熱で、体のみならず心も満たされていく。
そっと唇を離し、彼女を抱きかかえ、くるくると回った。
彼女は目を丸くしている。
これから先、私の隣には彼女が立ち続ける。
私はきっと彼女と繋いだ手を離すことはない。
彼女の笑顔を守り続けよう。
そして、彼女を愛するように、この国のことも愛していこう。
部屋の窓辺の黄色いスターチスが揺れている。
※※※
ライナス様に会いに行くつもりでしたのに。
ライナス様出演の舞台を楽しみにしていましたのに。
ライナス様の姿絵を新たに購入して、舞台終了後に出待ちをしてサインをもらい、握手をしてもらおうつもりでしたのに。
侍従長からの連絡が来るまで、ライナス様の追っかけをしようと目論んでいましたのに!
私が正妃とかって、冗談…でもないようです。
これ以上ないほど真剣な陛下からプロポーズされてしまいました。
というか、いきなり延々と訳のわからない呪文を唱えはじめられたので、途中から聞いていませんでした。すみません。
何だったのでしょうか。まさか呪い。ある意味呪いのようなものですが。高貴な方のなさることはよくわかりません。
後宮をあげての壮大なドッキリだった、というオチを期待します。
あれ。プロポーズ?
元々陛下の側妃だったのですから、すでに結婚はしていたのでしょうか。
自覚がありませんでしたが、私、既婚者だったようです。
それにしてもライナス様ですよ。
側妃から正妃になったとしても 諦めませんよ、私。
考えてみたら、側妃より正妃の方が権力ありますよね。
ふふ、待っていて下さいライナス様。
きっと劇場に足を運ぶか、王宮に招いてみせます!
私のライナス様への愛は変わりませんとも。
ここで 一つ疑問が。
私、てっきり陛下から嫌われてるとばかり思っていましたが、違ったのでしょうか。
…… じゃああの私に対する嫌がらせの数々は一体なんだったのでしょう。
まさか「好きな娘にはつい意地悪しちゃうんだよねー」的なアレでしょうか。
最悪です。
私が苦手とする異性のタイプですね。
陛下からの大変ありがたくない申し出に、つい「はい」といってしまいました。いや、だって、拒否できる感じじゃなかったですよね。色んな意味で。
立場上でも無理ですし、威圧感半端なかったです。
うん、多分最初から私に拒否権はない。
でも。
陛下からいきなり口づけされて。
驚いたけど、嫌じゃなかったし。
その後、私を抱き締めて嬉しそうに笑う陛下のお顔を見て。
不覚にも、ドキリとしてしまったのは。
悔しいから、陛下には秘密です。
読了ありがとうございました。
本編は以上となりますが 陛下に興味のない側妃さまと、熱い想いが空回る美形なのに残念な陛下の温度差をテーマに今後とも執筆していきます。二人の気持ちの距離が近づくまでどれくらい時間がかかるのか(笑)
良ければ今後ともよろしくお願いします。
オマケ・黄色のスターチスの花言葉「愛の喜び」