側妃さまは王子さまになりました? 後編
眼下でのやりとりに、私の目は釘付けです。
男性はしつこく言い連ねています。
「少し貸してくれるだけでいいからさ」
「無理言わないで。これ以上はもう…」
「そこを何とか」
「だってこれで何回目?ばれないように持ち出すのも限界よ」
男性はなかなか諦めません。
結構しつこいですね。
女性は嫌がっているようですよ。
男性は焦れたのか、がっと女性の腕を掴みました。
「きゃっ?!」
「俺がこんなに頼んでるだろ?本当にちょっとだけでいいから」
「もう無理って言ってるじゃないの」
「大丈夫だって。今から帰るんだろ?俺も今から一緒にいくから、取ってきてくれよ」
そう言って男性は掴んだ女性の腕をぐいぐいと引っ張りました。
体格の良い男性に強引に引きずられる女性。
「嫌っ!痛い!やめて!」
嫌がって抵抗する女性を有無を言わせずに連れ去ろうとする男性。
私の中で点と点が繋がりました。
先程小耳に挟んだ、女性を騙して多額の借金をさせる金髪の体格の良い男は、眼下のアイツに決定です。
何より、嫌がる女性を無理に連れ去ろうとするなんて、許されることではありません。
少なくとも、私は許しませんよ。
私の中の何かに火がつきました。
おのれ、女性の敵め!!
試着するために物色していた際に見かけた、仮面舞踏会用のマスクに手を伸ばし、素早く装着します。
男物の服を着ていますし、髪は後ろに一つにまとめて結んでいるだけ、胸は…潔く認めましょう、限りなく平らですし、さらにマスクをつければホラ完璧ですよ!どこからどう見ても側妃の私だとは思わないでしょう。
「側妃さま?!」
「一体何を?!」
侍女さんたちが慌てています。
止めないで下さい、あの女性の一大事なのです。
事は一刻を争うのです。
廊下に出て悠長に扉から追いかけている場合ではありません。
見失ってしまいます。
ここは最短距離で行きましょう。
ひょいと窓枠を飛び越えます。
「きゃあ、側妃さまが!」
「誰か、早く!」
背後で侍女さんたちが騒いでいます。
まぁここ二階ですし。
大丈夫ですよ、田舎育ち舐めんな!
地元では山猿と呼ばれていた私の真価をとくと見よ!
窓から近くの太い枝にひょいと飛びうつります。
幹に移動する際に手頃な枝が視界に入ったので、通りざまにボキリと折って即席の武器にすることにしました。
最近はあまり体を動かせていませんし、実力の判らない男性相手に素手は心もとないです。
負ける気はさらさらありませんけどね。
幹伝いに降りていては時間がかかりすぎますので、程よい太さの枝から飛び降りました。
体全体でクッションを効かせて衝撃を吸収します。
この服、本当にいいですよ!
保温性も高く、見た目の装飾による豪華さもさることながら、伸縮性も一級ですね!
これだけ動いても関節の動きを妨げず、動きにくさを全く感じさせません。
マチルダさんに作ってもらう衣装の布地はこの服と同じものにしてもらいましょう。
二人が行ったであろう方向に視線を向けると、まだ前方にいました。
男性は女性の腕を掴んで、未だに抵抗している女性を引きずるように歩を進めています。
私はそちらに向かって駆けました。
「その手を離しなさい!」
二人に追いついた私は、彼女が男性に掴まれている逆の手をはっしと掴みました。
二人は余程驚いたのか、ぱっと私の方を振り向くと、目を見開いてこちらを凝視します。
「……誰?」
「……さぁ?」
「私が誰だとか、この際どうでも良いでしょう!アナタ、彼女から手をお離しなさい!」
男性は私を胡散臭げにじろじろと見回します。
……胡散臭いですよね、わかります。
王宮の敷地内にいて、一目でわかるくらい上等の服を着ている私。格好だけなら上位貴族ですが、真っ昼間から夜会でもないのに仮面をつけていれば怪しさ満点です。
しかしこの際、そのあたりはスルーしていただきましょう。
男性は私の立場を計りかねているようです。
服装から判断したのか、一応それなりに丁寧に話しかけてきました。
「どなたかは知りませんが、俺…ワタシはこの娘に用があって同行してもらっているだけです。あなたには関係ないでしょう」
確かに!
確かに欠片ほども関係はありませんが、見てしまった以上、見過ごすわけにはまいりません。
私は男性が掴んでいた女性の腕をびしっと指差しました。
「私には嫌がる彼女をアナタが無理矢理連れ去ろうとしているようにしか見えないのですよ。証拠にほら、ご覧なさい」
男性が余程強く掴んでいたのでしょう、指の形に赤くなってしまっています。可哀想に。
男性もばつが悪くなったのか、憮然とした様子で掴んでいた腕を離しました。
すかさず私は、背にそっと女性を庇います。
これ以上この女の敵を彼女に近づけてなるものか。
「今でしたら、アナタの狼藉は見逃して差し上げましょう。さあ、とっとと立ち去りなさい」
あ、今アナタ「はあ?お前一体ナニ言ってんの?馬鹿じゃね?」と思いましたね。思いっきり顔に出ていますよ。
「そう言われても、本当に用があるんで。おい、そんなとこに隠れてないでこっち来いよ」
男性はそう言っていますが、彼女の方を見ると、あからさまに視線を逸らして私の背の陰に縮こまってしまっています。
これは拒否の意思表示でしょう。
「彼女は嫌がっているようですけど」
「そんな事ありませんって。ほら、早く来い」
むっ!
この男、この期に及んで狼藉を働く気ですね!
男性は折角彼女から離していた手を、再び彼女に向けて伸ばしました。
そうはさせませんよ!
私はさっと半身を引きつつ、男性の手首をがしっと押さえました。
何を隠そう、私は川魚を素手で捕まえることができる女。
こんな男の手首をとらえるなど朝飯前ですわ。
「……このッ!」
随分と短期な男性のようです。
私ごときに止められて苛ついたのか、本格的につかみかかってきました。
ニヤリ。
この瞬間を待っていたのですよ。
あくまで私は正当防衛。
攻撃を受けるつもりはありませんが、こちらから仕掛けるつもりもありません。
あちら様が明らかな敵意を向けて襲ってきたから「やむを得ず」「仕方なく」「身を守るため」に反撃をするのです。
やると決めたからには容赦はしません。
女の敵よ、天誅です!!
掴んでいた手首を支点に、相手の体重を利用してぐるりと捻りあげます。
すかさず背後に回り込んで取り押さえます。
女の私に、曲なりとも騎士の制服をいただいている自分があしらわれているのが悔しいのか、男性は往生際悪く、さらに反撃をしようとしてきます。
くらえ、怒りの鉄槌を!
こんな男に容赦はいりませんね。
私は男性の股間に向けて、力の限り足を振り抜きました。
くぐもった呻きと共に悶絶する男性。
女の敵を成敗した達成感に満ちあふれ、私はすごくイイ笑顔で、彼女にびっと親指を立てました。
もう心配いりませんからね!
手にしていた武器代わりの枝は活躍する機会はありませんでした。
頭上で様子を見ていたのでしょうか、侍女さんたちの声がします。
大丈夫、という意味を込めて、窓辺に向けて手を振りました。
「側妃さま!」
「きゃああぁぁ」
すっごい盛り上がっているようです。
何でしょう、悲鳴をあげられてしまいました。しかも黄色い悲鳴。
きゃあきゃあ言っています。
どこぞにイケメンでもいましたか?
「そ、側妃さま……?」
あ、彼女にばれてしまいました。
折角仮面を被って正体がばれないように気を配っていたのですが。
目の前の彼女は頬を薔薇色に染めて潤んだ目で私を見上げてきます。
なにこれカワイイ。
私はつい悪のりをして振る舞ってみました。
彼女の頬にかかる後れ毛をかきあげてあげながら、彼女をのぞきこみます。
「もう大丈夫だよ、安心して?困ったことがあれば私に言いなさい。すぐに助けに行くからね。折角美しい花に生まれたのだから、おかしな男に捕まってはだめだよ?」
みるみるうちに真っ赤になる彼女。
やはりカワイイですね!ちょっと楽しくなってきました。
「きゃあああぁぁ」
侍女さんたちはさらに盛り上がっています。
え、私に対する声援でしたか。
そうですね女の敵を成敗しましたからね、私やりましたよ!
バタバタと足音がして、人が集まってきました。
衛兵さんでしょうか。
「こら、そこで何をしている?!」
あー、これだけ騒げば見つかりますよねー。
大事になってしまいそうな予感がします。
陛下には報告しないでいただきたいものです。
色々と面倒くさそうなので。
そして。その後なのですが。
やたらと私の周りに侍女さんたちが増えました。
今までもそこそこ人数がいたのですが、ここまでくるとある意味ハーレムのようです。
これがもしや噂の逆ハー?!
美人で働き者で気だての良い女性たちを侍らせて、ちょっとしたジゴロ気分を味わっています。
もしかして私、陛下より女性にモテているかもしれません。
足の長さでは負けましたが、モテ度では勝利です。
加えて言えば、なんと侍女さんたちは、陛下が来ないときを狙って、私に男性用の服を着せてくれるようになったのです。
陛下が不意に訪れられる時は、侍女さんたちがあれこれ理由をかこつけてドレスに着替える時間を捻出してくれます。
今となっては通常では考えられないくらいの奇跡の短時間で着替えが可能になりました。
最近は毎日頬を染めて照れながら手作りのお菓子を差し入れてくれる可愛らしい侍女さんたちを見ることができます。
いいですよねー、楽しくて仕方ありません。
お菓子は食べきれないほどになってしまったので、一人ずつ交代で作ってもらうことになりました。当番制ですね。
お礼?
男性用の服を着て、その日の当番の侍女さんと二人きりでソファに腰掛け、感謝の気持ちを余すことなく伝えればそれで満足していただけるらしいです。
よくわかりませんが、侍女さんたちからのリクエストです。
全力で応える所存です。
そうそう、私が身につける男性用の服なのですが、マチルダさんを筆頭とした「チーム・デルフィ」が手掛けてくれています。
マチルダさんは決められた期日よりも早く、しかも複数枚、とっても豪華な衣装を完成させてくれました。
どれもこれも陛下の儀礼用の衣装に負けないほどの華美な刺繍がほどこされています。
私のために気持ちを込めて、このような素敵な衣装を作ってくれるなんて感激です。
問題は、折角の男ものの衣装ですが、街中に着ていくには不向きだということでしょうか。
どうしたものか。
今後の課題です。
後から判明したのですが、私が股間を蹴り抜いたあの男性は、私が噂で聞いた最低男とは別人でした。
早とちりしてしまっていたようです。
あの噂を耳にしてあの現場を目撃してしまったら勘違いしても仕方ないですよね、と自分で自分に言い聞かせています。
あの男性と女性は幼馴染みだったそうです。
色々と事情があって(間違いなく女絡みなのですが)結論から言いますと、あの女性宅で飼っている猫を借りたくて、頼み込んでいたのですって。
お金を無心していたと思い込んでいましたが、まさか猫のことだったとは。
女性の父親が大事にしている血統書付きの猫だったので、連れ出せないと断っていたのです。
まったく人騒がせです。
陛下に男装していたことがばれて、陛下とマナーの教師にこっぴどくお叱りを受ける未来を覚悟していましたが、杞憂に終わりました。
あの場に駆けつけた衛兵さんたちを侍女さんたちが取り囲んで足止めしつつ、私を逃がしてくれたのです。
私付きの侍女さんたちは本当に気が利きます。
マチルダさんたちに早着替えさせてもらって、陛下がいらっしゃった時には、何事もなかったかのように淑女モードでお茶を楽しんでおりました。
侍女さんたちグッジョブ!
陛下は何か言いたげではありましたが、いつもと変わらず、これといった話題もなく、あっという間に去って行かれました。
こうして陛下の後宮は、陛下のためではなく私のためのハーレムと化したのでありました。
ええ、もちろん、元々が陛下のハーレムなのですから、新しいお妃さまが来られることに異存はありません。
というか、新しいお姫さま、来てくれないものでしょうかねぇ。
お読みいただきましてありがとうございました。
陛下が側妃さまに問い詰めなかった理由。それはとても気が利く有能な侍女たちが(陛下の性格を読んで)、すぐさまいつもより露出多め・ボディラインがはっきりしているセクスィーなドレスに着替えさせたからです。煩悩に支配された陛下の脳内は、お小言&事実確認<煩悶となりました。侍女たちは「私たちの王子さまを守る」ために結束したようです。




