陛下の願望が現実になりました?〈前編〉
えっ??っと思った時にはもう遅かったようです。
猛スピードで床が迫ってきます。
私は完全にバランスを失ってしまっていました。
運動神経にはかなり自信があったのですけれど。
なんとか受け身をとろうとしましたが、床に縫い付けられたようになっているドレスのせいで思うような体勢がとれません。
私の意識は暗転しました。
※※※
「デルフィティアが倒れた?!」
その知らせが私の元に届いたのは、執務室で書類に目を通していた時だった。
書類を机上に置き、侍従に詰め寄る。
生まれてこの方、風邪ひとつ引いたことのないような彼女が倒れた?
容態はどうなのだろうか。
怪我などしていないだろうな?
昨日会ったときは普段と変わらず元気そうだったが、急に具合が悪くなったのだろうか。
「それがその……」
「時間が惜しい。歩きながら話せ」
彼女の居室に向かうべく、足早に執務室を出た。
焦る気持ちを反映するように歩調も自然と早くなる。
侍従は小走りで追いかけてきた。
遅い。
小走りの侍従ははぁはぁと息をきらして、歩きながら(走りながら?)彼女の様子を話せる状態ではない。
まったく使えないな!
執務室から後宮の端にある彼女の居室まではかなりの距離がある。
結局侍従は私の後をついてきただけで何の説明もできていない。
苛立ちを隠しきれず侍従を見やると、彼は滝のような汗をかき息も切れ切れだった。
この侍従には明日から毎日勤務前に騎士たちの持久走訓練に参加するように命じよう。
この距離と侍従の様子をもどかしく思いながら、ようやく彼女の居室に着いた。
彼女は寝台に力なく横たわっていた。
控えていた女官に事情を聞く。
「彼女の容態は?」
「打ち身が少々…しかし、頭を打っていらっしゃるようです。侍医は、他に外傷がないため側妃さまの様子に変わりがないかよく観察しておくように、と申しておりました」
「わかった。ご苦労だったな。ところで何故このようなことになったのだ」
「それが…」
女官は言いにくそうに言葉を濁す。
目線で続きを促した。
「その……。私も現場に居合わせたわけではありませんで、聞いたところによりますと、粗忽者の新人侍女が側妃さまのお衣装の裾を踏んでしまったそうなのです。バランスを崩された側妃さまは倒れられた弾みで頭を打たれたそうです」
舌打ちを必死にこらえる。
その侍女、許せん!どんな罰を与えてやろう。
一瞬そう思ったが、深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせようと試みる。
もう一度深く息を吐いた。
「その侍女は今どうしている?」
「衛兵に監視させて、謹慎させています」
「侍女の処分は」
「側妃さまの容態が落ち着かれたら決めます。その……側妃さまの性格上、侍女を解雇したら気に病まれてしまいます。しかし側妃さまに怪我を負わせるなど言語道断です。厳罰に…」
「………………うーん…………」
「気がついたのか?!」
デルフィが身じろぎをしたので、慌てて寝台に駆け寄って覗きこむ。
ゆっくりと瞬きをしながら、彼女の新緑の瞳に光が戻った。
彼女の視線が私の顔で焦点を結ぶと、とろりと蕩けるように甘く弛んだ。
「レヒトぉ……」
レヒト?
私のことか?
「…どこに行ってたの?レヒトがいなくて寂しかったぁ」
覗き込む私の胸に飛び込んできた彼女。
混乱のあまり固まってしまった。
彼女は華奢な腕を私の背中に回し、ぴたりと寄り添う。私の胸に頬を擦りよせている。
…………。
夢か。
夢なのか。
まさかの夢オチ?
あのデルフィティアが自分から私に抱きついてくるなんて。
私は目をあけたまま夢を見ているのだろうか。
彼女が私にデレている!
まずあり得ないような展開だが、夢なら何でもアリだ。
夢でもいいではないか。
彼女が自ら望んで私の腕の中で身を任せてくれているのだから。
「どうしたの?レヒトも私にぎゅってして?」
正常に働かない脳みそはそのままに、彼女の言葉に操られるように、おずおずと彼女の背に腕を回す。
軽く回した腕に力をこめる。
温かい。
華奢な彼女を抱き潰してしまわぬよう、恐る恐る力をこめた。
彼女の体温がじわりじわりと伝わってくる。
彼女のふわふわとした髪に指を絡ませ、身を寄せる。
細い彼女の身体は、私の腕の中にすっぽりとおさまって柔らかい。
しなやかな身体を抱き締めて、その存在の温かさを噛み締める。
ちょ、コレ、マジか。
ヤバイ。
ここは寝台の上だぞ?
抑えがきかなくなりそうなのだが。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




