お手紙
どこかの貴族のボンボンだと思っていたら、ボンはボンでも王族のボンでした。しかも次期国王陛下。
思い返せば知らぬこととは言え王太子殿下相手にずいぶんな対応をしていたのではないかと思います。
特におもてなしらしいおもてなしもせず、食事も私たちが食べるのと何ら変わらない田舎の家庭料理。部屋も来客用ではありましたが、とても王族を迎えられるようなものではありません。デルフィと一緒に薪割りなんかもさせていましたし、洗濯物だって自分の物は自分で、というシュトラーセ家ルールのもとにデルフィと一緒に洗って干したりしていました。もちろん下着も。
……………。
血の気が引いてきました。
まずくないでしょうか。記憶のページをパラパラとどれだけ見返しても、不敬としか言い様のない出来事しか記録されていません。
もし不敬罪を言い渡されたら量刑はどのくらいのものなのでしょうか。
その方面には詳しくないので判じかねます。
鞭打ち?禁固刑?切腹?…伯爵位の剥奪??
個人的には伯爵位の剥奪希望でお願いします。
伯爵といっても、うちに限っては例外中の例外・特別爵位ですし、生活内容としては農民とそう変わらないと思います。むしろしがらみの多い伯爵位はなくても良いと思ってます。ああ、でも身分があるからこそ、これだけ勉強をさせてもらえるという点においては感謝していますので、勉強ができなくなるのは避けたいです。
シュトラーセ家の爵位は神殿からの託宣なので、剥奪にはならないでしょうが。
「ロルシュー」
不肖の妹が駆け寄ってきました。
私より一歳年下の妹は、少年にしか見えません。
ひょろりとした体型で、私より年下なのに、私より頭ひとつ分くらい背が高いのです。
並んで立つと、どうみても妹が兄で、私が妹ですね。間違われ慣れているので今更いちいち断ったりもしません。
その妹の手にはぐったりとした中型の鳥が。
「見て見てー!すごくない?獲っちゃった!」
「すごいですね。罠にかかったんですか?」
「違うよーコレで獲ったんだよ」
鳥を持っていない手には弓が握られていました。
弓。
鳥を射落としたのでしょうか。
弓の練習をしていたとは知りませんでした。しかも既に鳥を射落とせるほどの腕前。
しかしそれ以前に弓を持っていなかったはず。
その弓はどこから出てきた。
「なかなか難しかったんだけど、今日はついに大物ゲットだよ!今日は鳥鍋だね~楽しみー」
デルフィはニコニコと上機嫌です。
……本当に妹?性別間違えて生まれてきてます。
男でもここまで逞しいのはそういないと思われます。
多分、どんな目にあっても逞しく適応して生き延びれるでしょう。
デルフィと二人、鳥の下処理をしていると、こんなことを言い出しました。
「アルに手紙出したいんだけど、送り先知らない?」
おや。
あれから五日、殿下について一言もなかったのですが。
殿下はデルフィを相当気に入って、つきまとっていましたもんねぇ。
いつも一緒にいた友達が急にいなくなって寂しくなったんでしょうか。
デルフィも殿下になついていました。
就寝時に部屋まで押し掛けるくらいですしね。子供だから許されましたが、もう少し年をとっていれば立派に夜這いです。そこらへんはデルフィにもっと言い聞かせておかないと、将来何かしでかしそうで恐ろしいです。
「ザクセンっていう貴族の本宅に出したら届くのかな?」
まさかと思っていましたが、やはりデルフィはアル・ザクセンと名乗った彼が王太子殿下だとは気づいていません。
殿下もデルフィには告げてなかったんですね。
「デルフィ、その件なんですが、どうやらアル・ザクセンというのは偽名だったようです」
「偽名?!何で?」
「本人に聞かねばわかりませんが、一般的には、本名を名乗るのに差し支えがある場合とかでしょうね」
「えー……」
デルフィは目に見えてがっかりとしてしまいました。
しばらく無言で鳥を捌きます。
ポツリとデルフィが洩らしました。
「折角鳥を獲って嬉しかったから、アルにも教えてあげようと思ったのに」
まあ、そんなところだろうとは思っていましたが。
憧れのお兄さんにほのかな想いを伝える、なんてことはデルフィに限ってあり得ないでしょうし。
ほのかな想い以前ですしね。
獲った鳥の自慢。
デルフィらしくはありますが、自慢してどうするのか疑問ですね。自慢されても対応に困ります。
デルフィはしおしおと項垂れてしまっています。
「そっか。仕方ないよね、偽名を使ってたんなら事情があったんだろうし、連絡先も教えられないよね…」
なんだか可哀想になってきました。
リューベック兄上から、アルが殿下だとデルフィには教えないように口止めされています。
理由は多分くだらないことですね。
例えば、内緒にしていた方が面白そうだから、とかでしょう。
可愛い妹にこんな表情をさせるのは本意ではありません。
慰めの言葉を探していたら、吹っ切れた様子でデルフィが顔をあげました。
「でもいいんだ。本当の名前じゃなかったかもしれないけど、一緒に過ごした時間は嘘じゃないし。名前以外に嘘はなかったよ」
そう言うデルフィは清々しい笑顔で。
私は偽りがなかったなどと何故言える、という言葉を飲み込みました。
デルフィは鈍い面もありますが、野生の勘の的中率は驚異的なのです。無意識に本質を捉えられるのでしょう。父上やディグリル兄上にも共通しています。
「約束もしたしね」
「約束?」
「約束。約束ってすごいんだよ。未来への縁を繋いでくれるんだ。永遠の未来を約束するってことなんだ」
相変わらずこの妹の言葉はよくわかりませんが、笑顔がもどったのなら良しとします。
このデルフィの笑顔を見て、私は「ザクセン家に手紙を出せば、殿下に届けてもらえるだろう」という考えを伝えませんでした。
ザクセン家は王室と繋がりが深く、確か殿下と年の近いご子息がいらっしゃったはず。(デルフィは全く興味が無いようですが、シュトラーセ家とて貴族の端くれ。知識として有名貴族の勢力など知っているのは常識です)友人関係かなんかで、ザクセン家の名を借りる許可を得たのだと推測しています。
だから、私はずっと知らないままでした。
デルフィが「アル」に宛てて、出すあてもない手紙を書き続けていたことを。
ありがとうございました。
この世界で言えば、鳥はローストチキンとかになりそうですが、寒いんですよ私が。鍋食べたくなってるので、鳥鍋になりました。




