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側妃さまの目論見  作者: 華霜
番外編
12/20

書簡

手にしたペンは一向に動かないまま。

最初の文字を綴ろうとし、すぐに止まり、そして机に戻される。

また再びペンを手にして、でも一文字も書かれることはない。


目の前の便箋はいつまでたっても白紙。



あれから半年が過ぎた。


公務が立て込んでいて、シュトラーセ伯領へはおろか近場ですら出かけられない忙しさ。

何度もデルフィに手紙を書こうとした。何度も机に向かいペンを握って。

ーーーーーでも、言葉が出てこなかった。


考えてみたら仕事以外で手紙を書いたことがなかったのだ。

仕事での手紙なら意識せずともどれだけでも書ける。時候の挨拶に御機嫌伺い、決められたルールに従えばいい。


仕事を離れてみればどうだろう、このザマだ。出だしの言葉すら浮かんでこない。


そもそも手紙くらい書こうかと思い立ってはみたものの、まだ迷っているのだ。



こちらに帰る寸前でデルフィが女の子だったと知った。この目で確認したわけではないが(確認するのも問題があるが)、あれで女だとはとてもじゃないが信じられず今も半信半疑だ。


考えてもみろ。


だいたい女の子が剣を振り回し(なかなか筋が良かった。さすが黒熊の娘だ)乗馬をして(もちろん女性でも乗馬をするが、基本はあくまでお上品に横乗りだ。デルフィのは乗馬というよりもはや曲乗りだ)男と同等に勉強をして(アホみたいにしてる割に頭の出来は良いようだ)屋根の雨漏りを修理したり、川で魚を銛でついて捕って、その場で焚き火をして焼いて食べるとは思わないだろう。


仮にも貴族のご令嬢だぞ。

…貴族と言うにはおこがましいようなレベルではあったが。彼らはあれでいいのだろう。社交界など出てきたら何かしらやらかして大騒動を巻き起こしそうな予感がする。触らぬ神に祟りなし。田舎に引っ込んでもらっていた方が平和でいい。



それはさておき。

デルフィのあの様子では、多分本人の中では男とか女とか深く考えてはいないだろう。まだ十歳だし。

女の子だと知ってしまったからには、女の子に対する手紙の書き方というものがあろう。女の子受けしそうな文面とか。


……デルフィに限ってそれはないか。

あいつのことだ、歯の浮くような誉め言葉を書き連ねるよりも珍しい薬草でも同封した方が喜びそうだ。


それを考えると、今まで通りの態度で男友達に書く感覚でいいのだろうか。

いや待て。男友達に手紙だと?男相手に気持ち悪いな。男に手紙を送って何が楽しいのだ。


となると私はデルフィを女の子として認識…していることになるのか。今の私の状況を伝えたい。そちらの状況を知りたい。最近どんなことがあったのか、何を見て何を感じたのか。私がそれを共有できないことがとても残念で、悔しく思う。



………………。なんだこれ。


まるで恋をしているようではないか。

恋。

来い。濃い。鯉。…現実逃避したくなってきた。



だってあのデルフィだぞ。

ひょろっとしてて、顔にはソバカスが散ってて、髪なんて私とかわらない長さしかなくて、女らしさの欠片もないデルフィだぞ。


た、たしかに、一日中一緒にいて苦にならないくらいそばにいて居心地が良かったが。

短くてもふわふわとした髪は気持ち良さそうで、ついうっかり触りたくなって手を伸ばしてしまったことも数度と言わずあるが。

デルフィと一緒なら、芋の皮剥きだって鍋の焦げ洗いだって(リューベックめ!私を王太子と知っておきながらタワシで焦げを擦らせるとは!)楽しかったが。


そう。楽しかったのだ。

何でもないようなことで笑って、はしゃいで。

些細なことでも盛り上がって。

同じ空間で、同じ時間を過ごすことが、当たり前のように自然で楽しかった。



側にいるよ。




そう言って気負いもなく朗らかに笑う彼女の笑顔が脳裏に焼きついている。

褪せるどころか、日を追うごとに鮮明になっていく。

他の誰でもない、デルフィが私の側にいてくれるのなら。



少年のような体型も、あと数年もすればきっと女らしくなってくる。

蕾が花開くように、少女が女に成長するのはきっとあっという間だ。

彼女が年頃になった時に、その笑顔を向ける先に私はいるだろうか。

彼女の瞳に私以外の男が映り、私以外の男に彼女が微笑む。

そして彼女の隣に私ではない誰かが並び立つとしたら。



想像しただけで心臓がずくりと痛む。

鉛を飲み込んだように腹の底が重くなる。


そんな未来は耐えられそうにない。

私の一番大事な部分は、彼女の小さな掌に既に握られてしまったようだ。



私は自分の気持ちを素直に認めるしかないことに気づいた。

どう理由を連ねたところで、彼女を思う気持ちはかわらないのだから。

私の一番大事な場所に住み着いてしまった人。


迷いをかなぐり捨てた。


ガッとペンを掴むと勢いにまかせ書き連ねる。



だいたい今までデルフィから私に便りの一つも来ていないではないか。



それはそれで悲しい。


…………。

自分で言っておいて落ち込むのはやめよう…。

恐らく意識しているのは私だけなのだから、気にすることはないのだ。

男は度胸。

いつもと変わらず、何気ない風にすれば良いのだ。


最初の勢いのまま書ききって、封をする。

決心が鈍らないうちに郵便関係の担当者に渡した。



ほう、と息を吐いた。

今まで手紙の一つも寄越さなかったデルフィだが、返事くらいは書くだろう。

私の手紙はどのくらいで届くのだろう。

「空はどこでも繋がっている」という言葉を思い出して、シュトラーセ領につながる王都の空を窓越しに眺めた。






私は知らなかった。



私が書いた手紙がデルフィの元に一通も届くことはなかったということを。

ありがとうございました。

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