側妃さまの目論見
ようこそいらっしゃいました。
「目論見」もくろみ、です。
ノリ重視なので細かい部分のツッコミはなしでお願いします。
それでは、どうぞ。
その日、とある報せが後宮を席巻した。
「ついに陛下のご正妃様がきまったぞ」
「後宮は解散、側妃には暇が出されるらしい」
※
私はここ三年、かつてないほどに機嫌が良いのです。それこそ下手くそな鼻歌を口ずさみ、無意識に苦手なダンスのステップを踏んでいるくらい。心は羽のように軽く、本当に空を飛べそうな心地がします。
「側妃さま、お願いですから、寝台の上をそのように跳ね回らないでくださいませ」
あら、嫌だ。おほほほ。
嬉しさのあまりつい寝台の上でピョンピョンと跳ねていました。私付きの侍女にたしなめられたので、仕方ないですが、寝台を降りましょう。
しかし沸き上がる溢れんばかりの喜びをどこにぶつければよいでしょう。
「だって、あなたも聞いたでしょう?陛下がついにご正妃さまをお決めになったのよ!」
この国の国王陛下は御年二十一才。
ご幼少のみぎりより、当時の王妃さま、つまり陛下の母君さま似の華やかで整った容貌は将来が楽しみだと言われていました。立派な青年におなりの現在も端正なお顔立ちは健在で、最近は妙な色気も醸し出している、と貴族のご令嬢をはじめ女官たちの間でも話題になっている様子。
それだけでなく、温厚篤実なお人柄に加えて才気煥発、この国の将来は安泰だと貴族のみならず市井からも高く評価されているようなのです。
その陛下ですが、即位されたのは四年前。弱冠十七歳という若さでした。というのも、前国王夫妻が不慮の事故によって突然崩御されまして、当時の王太子だった陛下が即位された、というわけです。
そして、即位後一年して(つまり三年前です)陛下は、側妃を五人迎え入れられました。
で。
私が何を言いたいかと言いますと。
私がその五人の側妃のうちの一人なんです。
イヤ本当笑えないのですが。
ちなみに私は第五側妃。一番下っ端です。
そもそもおかしいんです。
第一側妃さまから第四側妃さままで、小国とはいえ一国の王女さまであったり公爵家のご令嬢であったり、どこに出しても恥ずかしくない方々がそのポジションを固めてます。
むしろ何故側妃ポジションなのかわかりません。身分・教養・美しさと、どのお方も三拍子揃っていて、正妃さまとして迎えられていないのが不思議でなりません。
よく側妃で満足されてますよね。
そこにどうして末席とはいえ、私が名を連ねているのでしょう。
まったく意味がわかりません。
「どなたがご正妃になられるのか、あなた方、知っていて?」
「存じません」
「……そうなの。まあいいわ。早速荷造りよ!」
「……………。は?」
「だってご正妃さまを迎えられるから、後宮は解散になるのでしょう?」
「あくまで噂のようですが」
「火のないところに煙はたたないと言うでしょう?どちらにしろ、私は心配せずとも間違いなくお払い箱よ!」
私は手近にある私物を選り分けることにしました。侍女たちは戸惑ったように顔を見合わせています。
「考えてもごらんなさいな。陛下は私の事がお嫌いなのよ?」
そうなのです。
どうやら私は陛下に嫌われています。
あの温厚でどんな相手にも優しい態度を崩さない陛下が、私に対してだけ、明らかにそしてあからさまに冷たいのです。
どれだけ嫌がられているんだ、という話ですよ。
一応、側妃として扱ってはいただいています。
しかしその扱いには雲泥の差があるのです。
例えば私に与えられているこの部屋。
「他の側妃さま方は歴代寵姫さまが住まわれた後宮の中央棟にお部屋をいただいてますわ。まだ空室はあるのに、私だけ後宮のすみにあるこの別棟」
「……………」
侍女が気まずそうに私から目をそらしました。
「一人だけ場違いな私が気にくわないのかも知れませんけど」
「そのようなことは…」
そんな小さな声では否定するどころか認めているようなものです。
「いいのよ。場違いなのは自分が一番よくわかってます。私はしがない貧乏辺境伯の娘ですもの。卑屈になってるわけじゃないわ。事実は事実よ。くじで選ばれたとしても、側妃だなんて、滅多にない貴重な体験をさせてもらったと思ってます」
「側妃さま…」
なんだか湿っぽくなってしまいました。
やっと後宮を後にできるというのに!
「さ、荷造りを続けるわよ」
私以外の側妃さま方は陛下に請われて後宮入りをされたようです。
対して私は(どんな高度な政治的駆け引きがなされたのはわかりませんが)「ある程度の身分を持つあらゆる令嬢の中から側妃を迎えよう」という意味不明の論理により行われた抽選会で、見事当選してしまったようです。
私自身が当たりくじを引いたわけではないので、あくまで耳に入った話、ですけれども。
そういうわけで、私は側妃の中で浮いた存在でした。
血統書付きの中に雑種が紛れているようなものです。
部屋は一人だけ離れ。宮中での催し物にも呼ばれないことしばしば。他の側妃さまとのお茶会を開こうにも、許可がおりたことはありません。
何でしょう。この扱い。
思い返すだけで腹がたってきました
立場上、拒否権がなかったとはいえ、よくこんな環境で三年耐えてきましたよ、私。
「あの、側妃さま…」
「どうかして?」
「差し出がましいことを申し上げますが、後宮解散はあくまで噂ですし…。それに、すぐに後宮からお出になるのは難しいかと存じますが」
なぜかしら。
首をかしげてしまいました。
陛下は間違いなく私を追い出したがっています。それは間違いありません。
今までのある意味特別待遇が物語っています。
「もし陛下の御子を身ごもられているとしたら…。確認のため、期間が必要かと」
「その心配は無用ですわ。私、陛下とは何もありませんもの」
「………」
私はピカピカの処女です。
私と陛下の間には肉体関係はないのです。
陛下は平日の夜を後宮で過ごされます。
月の曜日に第一側妃さま、火の曜日に第二側妃さま、という順番で平等に訪れていらっしゃいます。
私の部屋にも金の曜日においでになります。
一応、私にも気を使っていただいているようです。
ただ私も半端なく気を使います。精神的疲労がものすごいです。
とにかく「もっと礼儀作法を勉強しろ」だの「言葉使いがなっていない」だの「お前のダンスは盆踊りか(盆踊りとは何でしょう?)」だの、姑のようなチェックの入れ方。延々とダメ出しされます。
寝る時は陛下に私の寝台をあけわたします。
私ですか?
部屋のすみに置いてあるソファーで寝ています。
ソファーといえども、さすが後宮の備品。私が実家で使用していた寝台より寝心地は良いのです。
そういうわけで、私と陛下の間に色っぽい何かは存在したことすらないですね。
「そ、そうです!側妃さまの降嫁先が決められるまでは、もうしばらく時間が必要かと」
「田舎出の貧乏貴族の娘で、特に取り柄もなくて、しかも陛下の寵愛のカケラすらなくて、取り入ったところで何のメリットもない私に降嫁先など見つからないと思いますが。見つけるにしても揉めるでしょうね。待っている間に私はお婆ちゃんよ」
「………」
「待っているだけなら、なにもここ(後宮)でなくとも良いのではなくて?こんな息苦しいところはこりごりよ」
どこに行くにも、何をするにも、侍女たちの監視付きです。
経済的な理由から、私は実家から侍女を一人しか連れて来られませんでした。
さすがに侍女一人では立ち行かなく困っていたところに、陛下からご温情という名の大きなお節介が。
私は基本的に自分のことは自分でできます。
実家からついて来てくれた侍女の負担を減らそうと考えたのです。ですから、常識からみれば少ないのでしょうけど、五人ほど付けてもらおうとしていました。
なんと。十五人も派遣されてきたではありませんか。
他の側妃さま方の侍女より多いです。
こんな些細なことで目をつけられたくありません。波風たたぬよう、ひっそりと過ごしたかったのに。
おかげで入れ替わり立ち替わり、私の周囲には常に侍女が五人は待機しています。プライバシーとは何だったのか忘れてしまいました。
五人の監視の目をかいくぐることは難しく、私が密かに計画していたお忍び用の脱出ルート確保……ゴホン。もとい。自由気ままな散策はなかなかできない状況です。
「私の身の処し方については、陛下からなり侍従長さまからなり、追って連絡がくるでしょう。それについて異を唱えるつもりはありません。沙汰には従いましょう」
侍女一人一人の顔を見ます。
「しかしいつくるのか分からない連絡を後宮でただ待つなど、時間の無駄以外の何物でもありません。きちんと連絡はつくようにしますから、城下で待たせていただきますわ」
「しかし側妃さま」
「後宮を辞した側妃にはお手当てが出るのよね?」
「は、はい。慣例では、褒賞金と言いますか、手切れ金と言いますか、それなりの金額が支払われております」
「それなら何の問題もありません。さ、ぼさっと突っ立っていないで、あなた方も荷物をまとめる手伝いをしてちょうだい」
控えていた侍女たちに強い口調で言うと、彼女たちはしぶしぶと言った様子で動き出しました。有能な侍女なのに遅いです。そんなんじゃ何日経っても荷造りが終わりませんわ。
それはさておき。
間違いなくお手当てがもらえるらしいです。
それだけでも後宮で三年間過ごした甲斐があったというものです。
天下の後宮がそんなみみっちい額を支給しないと期待しましょう。
何をするにも先立つものは必要です。他の側妃さまはお金の心配など生まれてこの方されたことなどないでしょうが、私は物心がついて以来常に節約を心がけてきたのです。
後宮をあとにする時に、侍従長さまにお願いしておいて、一部前払いという形で先にお金をいただきましょう。
そのお金で、私と実家からつれてきた侍女の二人くらい、当分生活できるはずです。
そう、待望の王都での生活!!
期待に胸が膨らみます。
辺境から折角王都にきたのですから、私はそれはそれは王都の観光を楽しみにしておりました。
ところが予想に反して、一向に外出許可は下りませんでした。
他の側妃さまは、たまに外出してらっしゃるようなのに。
おのれ陛下め!
たまに外部から招かれて商人が後宮に商いをしに来るときも、なぜか私の所には来てくれません。私が貧乏だとばれていたのでしょうか。
例え実際に買えなくとも、娯楽の少ない後宮内です。様々な商品を見るだけでも楽しめると思うのです。それなのに見ることすら許されないとは。
おのれ陛下め!!
商人だけではありません。
諸国を旅する吟遊詩人、有名な楽団、新進気鋭の画家、劇団員など、外部から招かれる人々の集まりに私だけまったく呼ばれないという理不尽。
ここまでくればいっそ清々しいというものです。
……おのれ(以下略)
まあ、いいでしょう。
ここから出られて、なおかつお金もいただけるのです。
今までの三年間分の給料だと思ってガッポリ踏んだくってやる!
それで全て水に流しましょう。私もそこまで狭量な人間ではありません。
私にはやりたいことがあるのです。
それは三年前のことでした。
私は後宮に上がることに決まり、地元である辺境から王都に初めて足を踏みいれたのです。
見るもの全てが目新しく、私はすっかり目を奪われてしまいました。
後宮入りの日程に余裕を持たせてあったので、私にはわずかの期間ではありましたが、王都で自由に過ごすことができました。
その時、私は出会ってしまったのです。
ライナス様と。
ライナス様は陽の光を紡いだような金色に輝く髪、森の木漏れ日を集めたような碧眼、白磁の人形のように整った美しい顏、すらりとして引き締まった長身に長い手足。一見冷たい雰囲気なのに、微笑まれた時の柔らかな表情がたまりません。
ライナス様は私の好みのど真ん中だったのです。
私は一目でライナス様の虜になってしまいました。
え?陛下?
美形なのは悔しいことに認めざるを得ませんが、はっきりいって私のタイプではないのですよ。なんか違うんですよね。
実際に陛下のお人となりを見ますと、ますます違うと思います。そもそも噂と違う!誰にでも分け隔てない態度とやらはどこにいったのでしょう。優しいなんて嘘っぱちです。あれくらいなら巷で使われている頭痛薬の方が余程優しさを兼ね備えています。
それに比べてライナス様は完璧です。
優雅な立ち居振舞い(この点に関しては陛下の方が洗練されてますが、身分的に仕方ないので無視します)、どストライクの容姿、そして世の女性たちの心を鷲掴みにして離さない数々の言動………思い出しただけで、ほう、とため息が出ます。
一刻も早くライナス様にお会いしたい。
そのお姿をこの目で見たい。
あのお声で愛の言葉を囁かれたい。
そう思うと、俄然やる気が出てきましたよ!
とっととこんな場所(後宮)から出なければ。
我にかえって周囲をみれば、侍女たちは何とものんびりした様子。荷造りを手伝うつもりはあるのでしょうか。
大丈夫、側室の侍女をクビになったとしても、あなた方は優秀です。きっと素晴らしい次の職場が待っています。
「あの、側妃さま」
「どうかして?」
「お荷物ですが、いかがいたしましょう。全てを運び出すとなると、それなりに手配をせねばならないのですが」
「ああ、荷物は私が実家から持ってきた物だけでいいわ。こちらで手に入れたものは持っていくつもりはないから。大した荷物の量にはならないでしょう?荷造りなんて今日中に終わるわ!明日・明後日にはこことおさらばよ!」
「……左様でございますか」
人のめでたい門出にそんな微妙な表情、やめていただきたいわね。ライナス様との再会を期待して私はこんなにウキウキしているのに。
……いけない。
重要なことを忘れていました。侍女の一人に声をかけます。
「そこのあなた。侍従長さまの所に行って、私が後宮を出る許可の申請に必要な手続きをお願いしてきてくださる?大至急よ」
「かしこまりまして」
さあ、荷造りを再開しましょう。……なかなか進まないわね。
「側妃さま、こちらの石はいかがしましょうか」
宝石箱を侍女が見せに来ました。
私が元々持っていた宝石はほんのわずかです。ほとんどが夜会用の衣装に合わせて支給されたものです。いただいてもいいのでしょうが、いい思い出がないんですよね。もちろん陛下絡みで。
「あぁ、陛下から三年前の誕生日にいただいた石ですね」
淡い乳白色の光を放つその石は、小指の先程の大きさで球形をしています。何の加工もされていない石なのですけど。綺麗ではありますが、見たこともない石です。
因みに三年前の陛下からの各側妃さま方への誕生日プレゼントは、お揃いの金細工のネックレスでした。
私にだけ石一粒。
別にかまいませんが。
「こちらはいかがしましょうか」
別の侍女が持ってきたのは、紅色に近い桃色をした枝。長さは私の二の腕の半分ほど。これは二年前の誕生日に陛下からいただいたものです。
枝をどうしろと。
そして因みに二年前の陛下からの各側妃さま方への誕生日プレゼントは、お揃いの金剛石の指輪でした。
ええ、かまいませんとも。
はっきり言って必要ないのですが、陛下から直接いただいたものを無下にはできません。
でも持っておくのも嫌なんですよね。どうしましょうか、悩みます。
むしろ私が持っていきたいのは、たった一枚だけ手元に残ったライナス様の姿絵なのですが。
他にも何点か持っていたのですが、気がつくといつの間にやら紛失しておりました。後宮内で窃盗でしょうか。(陛下からいただいた)宝石よりも大切な姿絵を無くした私は悲しみにくれたものです。
結果として、『淑女のマナー全集』という分厚い辞典のカバー裏に潜ませていた一枚だけが生き残りました。
夜中にこっそり眺めてニヤニヤするのが、私の数少ない楽しみの一つです。
「珍しく難しい顔をしているな。何か悩み事でも?」
振り向くと陛下がいらっしゃいました。
今日は金の曜日でもありませんし、何よりまだお昼前です。こんな時間に陛下がおいでになったのは初めてです。通常ならまだ政務中のはず。
もしかして陛下直々に後宮解散を告げに来られたのでしょうか。
いつもは美形が台無しの険しい表情をされている陛下が、いつになく晴れ晴れとしたにこやかな空気をまとっていらっしゃいます。ご機嫌のようです。
きっと私を追い出す日を心待ちにしてらしたのね。いいでしょう、受けて立ちましょう!
というかむしろ望むところです!
待っていて下さいライナス様。
私は顔をあげて、陛下の次の言葉を待ちました。
読了ありがとうございました。