第三話 届けられないガラスの靴
それから暫く月日は流れ、7月がやって来た。
今月は真美子の誕生日でもある。明日の出張が終われば、真美子の誕生日を祝える。そのために、新大阪駅で待ち合わせる事にした。ホテルも取ってある。代金も必要な分は前以て払ってある。後は行くだけだ。引き出しに入れたプレゼントを取り出してカバンにそっと仕舞ったそのとき、部長が青ざめた顔で和紀の元へやってきた。
一時間後、和紀は自宅に着いた。正直、真美子に話すのは辛い。何時もなら軽い扉が重く感じる。部屋のベットに座り携帯電話を取り出す。言いたくねぇけど、どうしよう。そう思いながら真美子の電話帳を開き、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
何時もと変わらない声で真美子が出た。出てしまった。言おうかどうしようか、迷った。だが、 何も言わずに電話を切る訳にはいかないので何時も道理に話そうとするがそうはいかなかった。
「どうかしました?」
きちんと伝えよう。事の顛末を話した。話し終えると、真美子の啜り泣く声が聞こえる。最後、言い放たれて電話が切れた。
「貴方の事なんか知りませんから」
悔しかった。コンビニで買った2本のビールはすでに温まっていた。和紀は一気に2本を飲み干した。
翌朝、和紀は北海道の札幌千歳行きの飛行機に乗っていた。
何時もなら新幹線で神戸に行くのだが、今日は北海道に向かうことになった。
前日、部長が言った事。
「申し訳ない。明日、札幌支社に行って欲しい。実は、2課の米倉が仙台で急病で倒れたそうだ。我々は今から最終で仙台に向かうことにした。米倉の代わりに札幌に飛んでほしい。今回は社運がかかっていて米倉かお前しか出来ない。頼む!」そう言われれば、返事をするしかなかった。時に出張がなくなっとしても、神戸には行っていた。しかし、誕生日は年に一回しかない。真美子はこの日を楽しみにしていた。記念日にはいつも使うホテルで食事をして誕生日を祝う。不安が頭を過ぎってしまう。どうすればいいのだろうか。真美子と離れてしまったら、また一人になってしまう。もう、一人にはなりたくない。できる事なら、飛行機を降りて真美子の元へ飛んで行きたい。だが、仕事をしなければ生活が出来ない。でも、もうそれも出来ない。扉が閉まり、タラップが切り離された。飛行機は滑走路へ向かい、札幌へ飛び立とうとしていた。ジェットエンジンの噴射音が悲しく機内に響き、羽田の地を離れた。
7月の札幌は暑かった。しかし、不快な暑さではなく心地よい暑さだった。しかし、その暑さは和紀にとっては辛い暑さだった。昨日は結局、眠れなくて深夜まで起きてしまった。プレゼンテイションの準備をしても、手がつかなかった。和紀の体力と気力を奪っていく。そして、札幌支社に着いた。
夕方5時。一日が終わった。午前中にプレゼンは終わり、午後は営業に回った。
「前やん、一緒に飲みに行かないか?」同期入社の佐藤が誘ってきた。オリエンテーションの時知り合った仲間である。出張で東京に来る事もあり、時たま飲んだりしている。
「ああ、少しだけならな。今日は日帰りなんだ」
駅前の居酒屋に入り、ビールを頼む。つまみが出される頃に、佐藤が口を開いた。
「相変わらずお前のプレゼンは上手いよな。だけど、今日は100%の力が出てないんじゃないか?」刺身を口にしながら言った。社運のかかったプレゼンだったが、相手先が契約は後日返答すると言うことだった。やはり、真美子の事が気になって浮ついた感じだった。
「そうか」和紀は俯いて答えた。そして、和紀は佐藤に聞いた。
「あのよ、お前彼女いたよな?」
「ああ。居るよ」
「近くに住んでいるのか?」
「いや、知床に住んでる。俺が元々知床出身だからな。それがどうした?」
「実はな…」和紀が今回の話をした。
同時刻・新大阪
真美子は和紀が予約したホテルにチェックインした。部屋に入ると、バラの花束とケーキが置かれていた。和紀が前もってホテルの人に頼んでおいたらしい。ソファに座って外の夜景が見つめた。いつもならダイアのように光り輝いて見えるのだが、気のせいか、くすんで見えてしまう。真美子は後悔の念にとらわれていた。どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。電話を切った後、一人で声を上げて泣き気付いた事。和紀が居なければ一人になってしまう。両親を失くし、遠いところにいる身近な人。それは和紀であった。時間を見つけては神戸にやってきて、一緒に居てくれる。たった一言で片付けてしまった。二人を包むベットが、物哀しげに鎮座していた。その上で真美子は一人、涙を流した。
札幌―
「彼女にうんと言わすんじゃない。お前が言わせるんだよ」佐藤はにやりと笑った。
「おい、今からでも遅くないんじゃないのか?関空の最終便はないだろうけど、羽田なら間に合うだろ。行って来いよ、神戸。俺はな、お前の古い考え方、好きなんだよ。」
しばらく考えた後、和紀は、黙ったまま立ち上がりそして、「すまん。行ってくる」と言い残し、慌てたかのように店を出た。
「東京行ったら奢れよー!バカチン!」佐藤は楽しそうに言った。
和紀は走った。真美子の元へ一目散に、走る。駅でも走る。空港に着いても走る。和紀には離陸した飛行機から見える札幌の夜景が、光輝いていた。
羽田に着いても走った。真美子の元へ、シンデレラエキスプレスに乗り込む。華やかな週末を告げる始発列車に…。
午後23時50分―
ホテルに居る真美子は、時計を見つめた。もうすぐ、自分の誕生日が終わってしまう。もう、諦めよう。そんな時だった。
―ドンドンドン!真美子!開けてくれ!俺だ、和紀だ!―
真美子ははっとした。札幌に居るはずの和紀が、ここに居る。まさかと思い、ドアスコープを覗くと、ネクタイを乱し、肩で息を息をする和紀が居た。真美子は、ドアを思いっきり開けると、和紀が抱きしめてきた。
「真美子、ごめん!ごめんよ!お前の気持ちわからなくて…。」和紀が強く抱きしめる。
「私こそごめんなさい…。我侭言ってしまって…。和紀さんが居なくなったら、私…、私…」
「もう離さない。お前の事、離すもんか…。」
「和紀さん…」真美子は和紀の胸で泣いた。愛しい人の胸で、涙を流す。
「真美子、誕生日おめでとう」午後23時59分。真美子の誕生日が終わる前に言いたかった一言。
「和紀さん…、有難う…。」そして時計は、午前0時を指した。
時間は過ぎてしまったが、二人はシャンパンで乾杯をし、ケーキを食べた。そして、和紀は、プレゼントを渡した。
「開けていいですか?」和紀は、無言で頷いた。
「わぁ!綺麗なガラス細工ですね。それに、指輪…。」
実は、前もって買ったものは敢えて渡さなかった。それは、和紀の作戦でもあった。それは、千歳空港で思いついたのだ。搭乗手続きを済ませ、待合室で時間が出来た。ふと、目をやると、小樽のガラス細工の店があった。そこには、小さな二人の男女がキスをしているガラス像があった。その胸元には、ハートのガラスが埋め込まれていた。真美子に寂しい思いをさせたくない。そんな気持ちで、買ったのだ。指輪は、綺麗なピンク色一色に染まっていた。それは、ガラスの靴の代わりだった。ガラスの靴を、届ける意味でもこの二つに変えたのだ。
「有難う、和紀さん。大事にしますね!」
「喜んでくれて、何よりだ。」
二人は、そっと抱き合い、キスをした。今までにない、甘い味のするキスだった。




