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第一話 恋人の元へ

―時速300キロで恋人の元へ―

土曜日のぞみ1号、博多行きの車内は、ビジネス半分、遊び半分の雰囲気が漂っているパソコンに向かうビジネスマン、旅行と思われる家族の姿。そして彼は、神戸へ出張に向かう。前山和紀25歳。月に1度か2度、神戸へ出張に行っている。そして、必ず土曜日に出張へ行くのだ。神戸支社へ、様子を見に行くのと、大方、新規開拓や、神戸支社ではできないプレゼンテイションを顧客の元へ行き、発表している。仕事が終わった後は、神戸に住む恋人の元へ行く。恋人-野原真美子-との出会いは、大学時代同じサークルで知り合った。さらに、神戸を知らない和紀のために、色々案内してくれたり、一人暮らしの和紀の事を気遣って、料理を作ったり、和紀は合宿で車酔いになった真美子をずっと介抱したり、食事のお礼にと真美子の部屋の模様替えを手伝って行ったりしているうちに、両想いになり、結ばれたのだ。今時にしては珍しく、男を立てる性格で、和紀に対しても敬語で話しかけてくるのだ。卒業を間近に控えたとき、東京へ戻ることに反対はしなかった。本当に申し訳ないと思ったが、真美子は、「和紀さん、私はどんな事があっても、貴方の事を愛しています。ですから、私の事は気にしないで東京のお仕事、頑張って下さいね。あ、でも、浮気は駄目ですよ?」いや、浮気できるはずがない。そこまで言ってくれたことが嬉しかったし、反面、真美子を悲しませるようなことになってしまって不甲斐ないと思った。入った会社で、神戸支社に希望したのだが、プレゼンテイションの才能を買われ、本社での発表会なんかに抜擢されたため、東京に戻らざるを得なかったのだ。

春とはいえ、外は少し暗い。6時丁度に列車は出発した。車内のエアコンが心地よい眠りを誘う風を吐き出している。突然、携帯電話が震えだした。

(おはようございます。ついつい早く起きてしまいました。和紀さんと会えることがスゴク楽しみで…。新神戸には8:46分着ですね?)

かわいいな。そう思いつつメイルを返信する。

(おはよう。かわいいな、お前は。うん、8:46分には着くから。)

品川を過ぎたあたりで、メイルがくる。

(わかりました。ああ、和紀さんと会えるの、楽しみで楽しみで、今も早く来ないかなぁってドキドキしています。昨日もあまり眠れなかったです)

(そうだよなぁ、会ったのは丁度先月の今頃だもんな。俺も真美子に会えることを楽しみにしているよ。)

正直、遠距離恋愛は楽じゃない。しかし、会ったときの喜びは大きいし、相手を思えば、頑張ろうという気にもなる。

新横浜を過ぎたあたりで、コンビニ買ったサンドウィッチを食べる。食べ終わると、急に眠気が襲う。プレゼンの準備も大丈夫だ。仕事に備えて一眠りする事にした。

―恋人の元へ急接近―

《間もなく、新大阪です。》

聞きなれた地名を聞いた瞬間、はっと目が覚めた。新大阪を出れば次は新神戸。真美子に会える瞬間が近づいている。新大阪から15分位で着く。倒したシートを起こし、準備をする。新神戸に到着する目印は、六甲トンネルに入り、減速を始めてトンネルを抜けるとちょうどホームがある。降りる準備をしていると、携帯電話が鳴った。

(今、新大阪ですね。今日は何号車ですか?)

真美子に号車を伝える。10分走っところでトンネルに入るので電話は使えない。準備を済ませると、デッキに立つ。もう、兵庫県に入っているのだろう。小高い丘の上には家と共に、桜の木が立っていた。ピンク色の花びらが舞い散っている。もうすぐ真美子に会える。そう思った時、トンネルに入った。真美子に会えるドキドキ感を誘うかのように、列車は減速を始めた。

新神戸駅のホーム。ビジネスマンや観光客に混じって、一人の女性の姿があった。髪を後ろでまとめた彼女はトンネルを見つめ続ける。桜の花びらがトンネルの出口で舞い落ちる。もうすぐ愛しい人に会える。あの桜の花びらの向こうから、愛しい人が現れる、と思うと心が浮き上がる。駅のホウムに、愛しき人が乗った列車の到着するアナウンスが流れる。それを聞いただけで、思わず微笑んでしまう。列車のヘッドライトが、トンネルから浮かび上がる。眼鏡の奥の瞳がそっと細まる。そして、桜の花びらを舞い上げながら、列車はホウムに進入する。列車は減速し、定位置で停まった。扉が開く瞬間。それは、愛しき人が現れる瞬間である。

(新神戸、新神戸です)

ホウムには愛しき人の到着を告げるアナウンスが流れる。愛しき人は、そっとホウムに降り立つ。

「お疲れ様です。和紀さん」

「来たよ。待たせてごめん。真美子」ホウムに降りるなり真美子を抱きしめる。

二人は、駅の片隅で抱き合った。シンデレラをそっと腕の中に包み、和紀が、口付けを交わそうとした瞬間だった。真美子の人差し指で遮られた。

「和紀さん、お楽しみは私の家で…」と、真美子が人差し指を和紀の口元に当てた。

いつもの事である。いつも、することは真美子の家でと決まっている。

「和紀さん、嬉しい事は和紀さんの仕事の後でしましょうね。」

プレゼンはうまく行き、直接の契約に結びついた。その件は本社へFAXで知らせる。神戸支社の仲間でも「宿泊費ゼロのプロ」と言われていた。アフターファイブは断るが、

「彼女と楽しめよ」

「今度も期待してますわ」

と、飲みに誘われて断っても反対する声はない。

時計は6時を指している。真美子のマンションに到着する。玄関の前からは夕飯の香りが漂っている。

「ただいま。真美子」和紀は分厚いドアを開けて真美子を呼ぶ。

「おかえりなさい。和紀さん」真美子は満面の笑みで和紀を迎える。

愛しいシンデレラを抱きしめながら見つめる。シンデレラは答える。

「和紀さんのキスが、嬉しくて心に響くよう、私は待っていました。今日、一日待っていました」

和紀は、抱きしめていた恋人の身体を強く抱きしめて、眼鏡越しのシンデレラを見つめた。シンデレラはそっと目を瞑った。

およそ一月ぶりに、交わす口付け。お互いの体温を、最も感じる事の出来る瞬間。近くに居れば、いつでも抱きしめて口付けを交わすことは出来るが、遠くに離れて暮らす二人にとってみればこの瞬間ときは、一分一秒でも傍にいて、感じていたいひとときでもある。

「和紀さん、ご飯を食べましょう。そして…。」

「うん。その後は一緒にワインを飲んで、約束していたDVDを見ような」

二人の時間は、今始まった。



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