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止まり木の村

「へえ、剣道やってたんだ」

「そうでもないと、あんな戦い方できるはずないよ」

 

 言って、糸川はため息をつきながら、木で出来(でき)た簡素なベットに大の字で寝転んだ。切り裂かれたはずの胸部は、いまやなにごともなかったかのように、すっかり完治している。これが、さすがゲームといったところだった。森の木の上にあった幻想的な村をたまたま見つけて、病院らしきものを探してみるけれど見つからず、諦めてためしに宿屋で寝てみると、朝には胸の穴がふさがっていた。

 一也もそれは同じだった。昨日の夜はいてぇいてぇと(わめ)きながらも、なんとか眠りにつけたから、後日にはしっかりと失った腹が元に戻っていた。こんなに腹があることに感謝したのは初めてだった。

 朝日が射し込む宿の寝室で、一也も糸川と同じように四肢を放り出してくつろぐ。このゲームにやって来てからこんな風に落ち着いた時間はほとんどなかったから、なんとなくこの時間が嬉しかった。

 しかし本当に静かで落ち着いて、糸川は体を起こして一也に背を向け、よく分からないものを熱心にいじっていた。だから一也はどうするでもなく、ふと思い返して文庫本を読むことにしたのだった。あいかわらず、すっからかんの道具箱から文庫本を選択して、パラパラとページを捲る。

 とそこで、あるページの一節が目についた。それは、主人公の少年がヒロインの少女の横顔に目を引かれてしまうというシーンの描写だった。なんとなく流し目で糸川の方を見ると、今度は位置を変え、うつ伏せに寝っ転がって未だに一也には分からない何かをいじっていた。小説の一節のお陰なのか何なのか、数秒ほどその横顔に見いってしまった。確かに糸川はかわいい少女だと思う。けれどなぜか好きだとかそういう気持ちはまったく生まれなかった。

 もしこれが小説なのであれば一也は主人公で、糸川はヒロインなのかと考えると、どうにもよく分からない笑みが腹から込み上げてきた。振り返った糸川にその薄気味悪(うすきみわる)い笑みを黙視(もくし)され、慌て視線をずらした。はぁとわざとらしいため息をついて、なにごともなかったかのように文庫本を読み始める。

 しかし数秒経って、恥ずかしかったのか一也の心臓がばくばくとひときわ大きな音をたて始めた。文庫本を読む手が止まり、なんとなく糸川が気になってしまう。ちらっと彼女に目をやると、不思議な顔でこちらを見ていた。目が合ってしまって、また文庫本に目が移る。


「どうしたの? さっきから変だよ」

「いやべつにそんなことないと思うけどっ」


 変に緊張して最後の方が裏返ってしまった。それを怪しく思ったのか、もしくは面白く思ったのか、追い討ちをかけるように少し笑って糸川は言う。


「こら、欲情しない」

「いわれるまでもなくしてない」

「で、さ__あのプレイヤー狩りたちはなんだったんだろうね」


 さっきまでの展開を無視して、急に話題を変える糸川。

 この話がしたかったから、しょうもない冗談で間を繋いだのかもしれない。


「__ほんと、さあねえ。よく分からないよ。後悔するぞとかなんとか」

「見たところただ単に殺したいだけとかそういうんじゃあないと思うけど」


 一也もそれは思った。彼らは別に、剣を振り回す時、楽しそうにしているわけではなかったのだ。むしろ嫌々やっているような雰囲気があり、真剣にプレイヤー狩りと向き合っているように見えた。

 後悔するぞという言葉にも重苦しい何かを感じてしまった。一也たちが考えていることより、もっと大きな事柄が関係しているのかと思ってしまうくらい、言った青年には鋭い気迫があった。


「まさか糸川、何かしたんじゃないのか」

「ん。何それ」

「俺と出会う前にあいつらに危害加えたとかそういうの__たとえばあいつらの仲間一人を殺害しました__とか」

「いやあ無理でしょ」

「だよねえ」


 言って自分で馬鹿馬鹿(ばかばか)しくなってしまったけれど、それ以外殺したくなる理由が見つからない。それによくよく考えてみれば、彼らは一也達以外のプレイヤーを十人以上も殺してきたのだ。毎回殺された恨みでプレイヤー狩りをしているのならば、彼らの仲間が十人ほど殺されてしまっていることになり、それはまったくもって現実的なことではない。必然的にこの案は却下ということになる。


「三条くんこそ心当たりはないの?」

 

 言われて、今に至るまでの過程をぼんやりと思い出してみる。


「ああ__鉄球があったか」

「鉄球?」

 

 始めの家でドアを開けたときに現れた鉄球だ。腕輪のスキルがなければ一也は確実にあそこでゲームオーバーしてしまっていただろう。あのときはなんとも思っていなかったのだが、今となって思い返すとぞっとする。


「ドア開けたら飛び出してきたんだよ」

「そうなんだ。私にはなかったけど......でもなんで? まず、あいつらが鉄球で攻撃してきたって分かるの?」

「そのへんは俺にも分からない。まあ、絶対にあいつらの攻撃とはいい切れないけど__あれがゲーム側の攻撃だったらおかしいと思う」

「なんで?」

「ルール集めなんてできっこないから。現に俺はルールを二つしか知らない。鉄球に弾き飛ばされて、気がつけばよく分からない家の中だった。そっから急にブラックサタン戦が始まって__色々あって今ここにいる」


 話している間、一也は相当苦々しそうな表情をしていたのだろう。

 糸川は気を使って、


「大変だったんだねえ」


 と言ってくれた。

 恥ずかしくなり、照れ隠しに立ち上がってはあと大きなため息をつく。糸川の顔も見ないでそろそろ行こうぜと声をかけた。どこにいくかも決めていないのにそんなこと言ってしまったと後悔したが、後々考えればいいだろうと割りきってドアに近づく。背後からベットを抜けて糸川がついてくる。

 霧でもかかったようにぼんやりとしている視界。それとだらだら引きずる眠気におさらばするべく、強く目を擦って顔を叩いた。それでしっかりと眠気が吹き飛んだわけではないが、とりあえず頑張れそうにはなった。


「道具屋行きたいんだけど」


 急に背後から言われて驚く。幸いにも眠気がどこかへ消えていった。


「いいけど。なに買うの」

「薬草」

「......絶対いらんだろ」

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