Lv 8 森林の森 part3
「ちょっと......待って」
糸川が、深く切り裂かれて赤黒くなった胸を苦しそうに押さえ、いまにも二人に斬りかかろうとしていた三人に制止を促した。一也には予想外だったのだが、少し驚いたような表情をしてから、三人は肩の力を抜いた。痛みを我慢しようと強く噛み締めた糸川の唇が開き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなた達......ルール読んでないの? プレイヤーどうしの殺し合いは禁止されている、はず、でしょう?」
やっぱりそのことか、と中央の青年がめんどくさそうに顔をしかめた。
「それくらい知ってるよ。もちろん、殺した側のプレイヤーは強制的にゲームオーバーになるっていうこともね」
「..................」
「残念だけど、僕達はここへ来るまでに10人以上殺してきたんだ。それでもゲームオーバーにならない。それがなぜなのかは、僕達にも分からない。でも一つだけ分かることは__君らがプレイヤーを殺せばゲームオーバーになってしまうということだ。それだけは保証できる」
「......根拠は、あるの?」
「ないよ。でもルールにプレイヤーを殺してはいけないとある。プレイヤーを殺せる僕達は異例なんだ」
「あなた達がプレイヤーを10人以上殺した、というのは? それも証拠が......あるの?」
「ないけど。もしかして、それ、しょうもない脅しに聞こえた?」
「......まぁ」
「なら、君たちはその場から動かなければ良い。僕の言ったことが嘘なら、僕達は君らを殺せず、君たちは生き残る。でも、もし僕達が10人以上プレイヤーを殺しているのが本当ならば__君らはゲームオーバーだ」
一也は、糸川と青年が話している間、何も言うことが出来なかった。理解するより早く二人の話が進んでいくから、そうなるのはあたりまえだった。
また青年がサーベルを強く握り直した。すると他の敵もそれぞれ手にした武器を振るった。どうするどうすると一也が悩み始めたとき、プレイヤーどうしの殺し合いが__始まった。
『BATTER』の文字が、一也の視界を一瞬だけ埋め尽くす。それが消えると敵が動きだすのが見てとれて、二人は糸川の方へと、後の一人は一也めがけて走っていた。糸川のほうが優秀なプレイヤーに見えたから二人なのだろう。プレイヤーどうしの戦いは駄目だと分かっていても、『死にたくない』という気持ちが先走ったのか、いつのまにか一也は握り拳を作って、サーベルの先端部へ向けて振り下ろしていた。相当なLvの差があるから敵も油断しているようで、サーベルを握っている青年の顔からは余裕が見てとれた。しかし振り下ろされた拳とサーベルが衝突し、一也が軽く退いただけ、という時には表情から余裕は失われていた。二歩下がって距離をとり、あり得ないというような顔で一也を睨む。
「君、は何なんだ」
「..................え、あ」
そういわれても、言葉につまってしまう。なぜならLv60とLv4の攻撃力が同じくらいだということに、一也も驚いていたからだ。しかし、このことで分かったことが一つ、あった。
一也たちは、勝てるかもしれないということだ。攻撃力が同じであれば、もちろん攻撃が通用するということ。まさか敵方の守備力などが、一也や糸川と同じ状態なんていうのはないだろう。すぐさま糸川の方へ走り近寄って、背中を合わせるようにして、勝てるかもしれないということを伝えた。
しかし、
「そんなの分かってるよ。だから......あんな、に偉そうにしたんじゃない」
と言われてしまった。つらそうに戦う糸川を見て、もう彼女に攻撃させないと、そう心に誓った。
しかしなんなのだ。彼女は手にした少し長めの剣一つで、敵二人の攻撃を防いでいる。どうしてそんなのができるんだと訊きたかったが、振り下ろされたサーベルが目の前に現れて、それに対処せざるを得ない。
なんとか攻撃を防いでいるものの、誰がどう見ても、有利なのは一也達ではなく敵方だった。こんなところではもちろん助けなど来るはずがないし、もとより助けに来てくれる人間の心当たりがない。
敗北は、もはや時間の問題だった。どうにかして自分たちを有利な戦いに持っていかなければ、ゲームオーバーは確実だ。それを糸川も感じとったのか、
「三条......くん、どうする」
攻撃の合間を縫うようにして、一也に話しかけてくる。しかしその声は息が切れかけていて、早くどうにかしてしまわないと、糸川のHPよりもっと根本的な体力が持たない。
それに正直、一也はサーベルを防ぐことに手一杯で、話す余裕などほとんどない。けれど負ける訳にはいかないから、振り絞った小さな声で、なんとか応答する。
「どう、しようか」
「良い案が、なくもない。私」
途切れ途切れの会話で、なんとか好転の兆しをつかめたような気もしたが、しかし敵の攻撃が激しく、その良い案とやらを糸川は説明できずにいる。それに苦労して説明してもらったとして、こんな一刻の猶予もない状況の中で、一也は内容を理解できるか分からない。
なんとか、この挟み撃ちの状態を抜け出さなければならなかった。説明してもらうのは、その後だ。
金属と金属の触れあう甲高い音の中、できるところまで自分を冷静にして、思案する。
どうするどうするとかき回した脳みそが悲鳴を上げ、分からない分からないと叫ぶが、それでも尚、一也は思考を止めることはなかった。
結果として脳内に写し出された解決法は、どうにも成功率が不安定だった。なんというか諦めかけた脳が無理やり振り絞った、間に合わせのような案だった。
しかし糸川に説明しなくとも成功できる可能性のある作戦だ。なんとかなる__かもしれない。
「__っなっ!」
青年が驚きの声を上げた。
一也は防御することを止めたのだった。代わりに握り拳を作り、渾身の一撃を敵にめがけて降り下ろした。もちろんサーベルは拳に弾かれることはなく、みごとに剣先が腹に突き刺さり、一也の深い傷をさらにえぐった。
Lv60の強力な攻撃だから、即死制御スキルが働いて、一也のHPは1から減ることはない。
だからこんなに思いきった作戦が頭に浮かんだのだ。これから先、何度でもこのスキルに感謝することになるだろう。
まさに『肉を切らせて骨を断つ』といった攻撃だった。振り下ろした拳が青年の端正な顔をぐにゃぐにゃに歪めて、拳を振り切ると、猛烈なスピードで数メートル先の木まで弾き飛ばした。一也の腹に刺さっていたサーベルは、青年と一緒に吹き飛び、寝っころがっている木にすんなりと刺さった。
幸いにもスキルのおかげでHPは残っている。まだ走る余裕くらいならあるから、糸川の手を引き、面に蔓延る草を蹴り飛ばして、近くの木の辺りに滑り込むようにして敵方と距離をとった。
驚きに目を見開く糸川を尻目に、敵の方へ振り返ると、よろめきながら立ち上がる青年と、今にも斬りかかってきそうな表情をした二人が目に入った。
「なんなんだよ......お前......」
短剣を手にした青年が恨めしそうに言った。ふらふらと未だに頭を痛そうに揺すっている青年は、諦めの混じった眼差しで一也を見つめていた。もう一人はなにをするでもなく、ただ唖然とした表情でどこかを眺めていた。
一也達がまったく反応しないのに憤りを覚えたのだろう。青年は短剣を震わせて「何か言えよ!」と叫ぶ。それでもなんの反応も見せない二人を強く睨み、足を踏み出そうとしたところで、肩を掴まれて制止を促される。よろめきながら見つめる青年の眼光には、リーダーとしての衰えは少しも感じられなかった。『戦うな』という強い意思に根負けして、短剣を振り回しながら青年は舌打ちをした。そうして諦めたかのように肩の力を抜いた。
リーダーであろう一也が弾き飛ばした青年が、ゆっくりと口を開く。
「......また今度、殺しにくるからね__今回は油断しただけだ。次は絶対に殺すから」
そうして唖然とした表情を崩さない青年の肩を叩き、リーダーであろう人物は森の中に消えていった。その青年ははっと意識を取り戻してリーダーの後を追っていく。取り残されたもう一人は一也と糸川をいっそう強く睨んで「後悔することになるぞ」とだけ言って次いで森へと姿を消した。今殺されておけばよかっただろうとでも言いたかったのだろうが、少しでも長生きしたいと思うのが三条一也という人間だから、その忠告はお門違いといったところだ。いつ殺されるか分からないなんていう恐怖に支配されてしまうことなどないだろう。
と、戦闘が終わってふうと息をつく。力が抜けて仰向けに倒れ込んだところで、一也の視界の空と森を埋めるように糸川の小さな顔がひょっこりと現れた。
その表情はどこか嬉しそうで、思わず一也もにやけてしまう。
「以外と、やるじゃない」
「まあ、ね」
しかしやはり腹が痛く、うまく話すことが出来なかった。
それは糸川も同じようで、途切れ途切れの実に気持ち悪い会話となってしまった。
そのあと、失った腹から大きな笑いが込み上げてきた。我慢しようとしていた一也の顔が滑稽だったのか、糸川もそれを見てくすくすと笑う。
結局我慢しきれずに吹き出すと、つられるようにして糸川も吹き出して、大声で笑った。
なんというか、これで、二人の距離が近まった。__のかもしれない。