Lv 8 森林の森 part2
好都合だった。予想だにしない展開に一也は少し驚く。道具屋の主人に言われていたこともあり、彼女のことが頭から離れなかったのだから、まあなんというかこれは良いことなのだろう。掠れた声ではあったが、もちろんすぐに承諾したのだった。
すると、必然的に次は一也の傷のことになる。
「三条くん、えっと、薬草って持ってる?」
「持ってる......けど」
「じゃあとりあえずそれ使って」
ガクガクと震える右腕を無理やり上げて、道具箱開けと念じながら、横にスライドする。半透明のパネルが現れて、『道具箱』と表記された欄のなかには、文庫本とインスタントラーメンとスマートフォンがあり、その下に薬草が5つあった。すっかり忘れていたが、そんなものもの持ってきていたなと、少しだけ笑みが溢れてしまった。
薬草を選択。すると一也の手のひらに薬草と思しき緑色の苦そうな葉っぱが現れた。こんなに苦そうにしなくてもいいだろうと悪意を感じてしまう。正直食べたくない。
「どうしたの? 早く食べてよ」
「......あ、うん」
やはり声がしっかり出ない。不便だ。そんな傷も治してくれるだろうという希望的観測と共に、薬草を口のなかに押し込んだ。すると途端に一也の口元が歪む。予想以上の苦さで吐き出したくなった。
だから噛みきらず、一気に飲み込んだが、口の中に広がる草の異臭は拭えなかった。苦々しい顔つきで少女の方へ目を移すと、どこか驚いたような表情をしていた。
「いや、そんなに苦いんだなぁ、って」
「食ってみるか?」
「いやいいよ全くいらない」
お、と驚く一也。声は出るようになった。体もちゃんと動く。
けれど、こぼれ落ちたはらわたは依然として地面に落ちてあるし、この傷が回復するわけでもなさそうだった。
「それどうするの?」
一也の落ちたはらわたを指差す少女。
「いやまあ__一応、持っていった方がいいのかも」
「いらないと思うけどねぇ」
しかし、持っていくとは言ったものの、掴もうと手を伸ばして触れる手前でとどまる。やっぱりグロテスクだ。たとえ病院らしき施設があったとしても、まさか治すのには失ったはらわたが必要なんていうことはないだろう。
「やっぱ気持ち悪いから持っていかない」
「うん、それが良いと思うよ__じゃあ、次の町、行く?」
「レベル上げはしないのか?」
「三条くんのステイタスなら必要ないと思うけど」
「......そうかねぇ」
嫌そうな態度を取ったが、言われてみればそうかもしれない。そう考えると町を求めて自然に足が動き出していた。しかし、一歩踏み出したところで忘れていたことを思い出して足が止まる。
「名前教えてよ」
「へ?」
「俺、あんたの名前そういえば知らなかったからさ」
「私は糸川幸よ__っていうかステイタス見ればいいのに。なんか恥ずかしいじゃない」
他人のステイタスの開き方を知らなかったから、そんなことは思い付かなかった。しかし、適当に予想した糸川のステイタス開けと念じながら手を横にやるという方法をためしてみれば、偶然に成功したのだった。
そして、糸川のステイタス上から下まで眺めて、思う。道具屋の主人が言っていたのはこういうことだったのか、と。
「糸川も俺と同じなんだな__って呼び方糸川で良いよな」
「いいよ。で、そうなの」
と、困った風に言う、そんな糸川のステイタスは、一也と同じようなものだった。
守備力、MPは平均的な80~で、みたところ普通だった。しかし、攻撃力とHPだけは違う。
HP__1250000p
攻撃力__2p
これを知って、レベルが一也と同じ4であることへの疑問が、すっかり解消された。多分チュートリアルではブラックサタン以外の敵との戦闘を避けてきたのだろう。攻撃力2なんて、相手にダメージを与えられるかも分からないほどの、本当に小さい数値だった。
「チュートリアルのボス戦は苦労したんだろな」
「うん............まあね。何時間戦ってたかもう覚えてないよ」
そのブラックサタンを秒殺してしまった一也はなぜか、複雑な心境になってしまった。
と、ここで自分の装備を調べたことがないことに気づき、一也は自分のステイタスを開いた。一也を救った右腕の腕輪のスキルとやらを見てみたかったのだ。
そして、開いた自分の装備欄を眺める。体には白と青の色のジャージ、と、アクセサリーの場所には『金色の腕輪』というものが表記されていた。効果説明には、『即死を防ぐ』とだけ書いてあった。一也のステイタスと相性の良い装備だったから、はじめの家で偶然取っておいてよかったと、自分が運に恵まれていることを感謝した。
「ねぇ、どうしたの? 早く行こうよ」
「別に。装備見てただけ。行こうか」
行くも何も、どうすれば目的地につくのかなんて一也は知らない。けれど、とりあえず前を歩きはじめた糸川を見失わないようにしようと気持ちを引き締めた、その時だった。
視界の右端に、キラリと光るものを捉えた。HPバーでも何でもないそれは、糸川を目指して近付いている。スピードは大して速くない__ように見えた。
遠くから見ている分には小型ナイフにのようだったのだが、近付くにつれて徐々に大きさを増していく。
糸川がそれに気づいた時には、遅かった。反応して避けようとしたが、それが不可能なほどのスピードだった。なすすべもなく、ぶすり、と、巨大な剣が糸川の胸部を貫く。
「おいっ!」
慌てて倒れ込んだ糸川に近寄る。しかし糸川はそんな一也を右手を差し出して制した。
「大丈夫、だから。周り見て、ボス、かも」
「あ、......ああ」
そう言われるが、糸川のことが心配になってしまう。どうするか悩んで、結局ナイフの飛んできた方向へと目を移した。目を凝らして遠くを眺めるようにしていると、三つの影を、うっすらとしているようではあるが木と木の間に捉えた。そうして徐々に近付いてくる影が、人間だということに気付く。
「......糸川、ボスじゃない。今回の敵は人間だ」
「......え」
糸川が痛いと喚く表情を抑え、無理やりに、胸に刺さった剣を引き抜く。多分HPは全くといっていいほど減っておらず、だから死亡することはないと、そう断言できるから、そんな大胆な行動ができるのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をして立ち上がり、糸川は一也と同じ場所方向へと目をやる。
薄黒い影の状態から、はっきりとその姿を確認できる距離まで近付いた時、敵方三人の頭上にLv表記が現れた。
思わず目を反らしたくなるほどに、力の差は歴然だった。
敵三人のLvは__そろって60。Lv4では足元にも及ばないほどの、高Lvだった。
と、気がつけば、もう目の前に三人敵はいた。一也の足は、凍りついたように動かなくなってしまう。流し目で糸川を見ると、彼女も蛇に睨まれた蛙の如く、硬直していた。
三人のリーダーであろう、端正な顔立ちの青年が一歩前に出る。申し訳なさそうな顔をして、動かない二人に、言う。
「僕達はプレイヤー狩りなんだ。悪いけど、ゲームオーバーしてもらうね」
「......っ」
右側の青年が、腰の鞘から細長い短剣を引き抜く。それを糸川の喉元に当てて「ごめん」と弱々しい声を放つ。糸川は何が起きたのか分からないという様子で、その場から一寸も動かない。短剣が糸川の喉を少しだけ、切る。赤い血が流れて、彼女は苦痛の表情を浮かべた。
危険だ、ということは分かる。しかし一也の体がいうことを訊かない。震える手を握り拳に変えてみるが、敵を見るとあっけなく力が抜けて、元通りの弱々しい高校生の手になってしまう。
「じゃあ__」
瞬間、糸川に刺そうとした短剣が、中を舞う。糸川が青年の手を叩き、短剣を弾き飛ばしたのだ。それと同時に一也の体の自由も効くようになり、どうするべきか悩むまえに、あわてて糸川に近寄った。
短剣を持っていた青年が、疑問の表情を浮かべてこちらを見る。
「動けたのか。魔法効いてないのか? __でもまあ、いいよ。殺すのは簡単だし」
短剣を拾い、握り直して、青年は言う。他の二人もそれに続くように、腰からサーベルのようなものを引き抜いた。
「ホントにごめん。ここでゲームオーバーだよ」