Lv 4 雑草の森
恐ろしいことに、自分はプロットの存在を知りませんでした。
ドアの外は名前の通りそこら一帯に雑草が生え揃っていた。地平線がすらりと伸びていて、吹き抜ける風がなめらかに雑草を揺らす。さらさらと震える緑色が、いかにも冒険の始まりをにおわせていた。
敵にも出会わず、誰一人もいない雑草の道を足で掻き分けて進むと、いつのまにか町らしきものが伺えるようになった。武器でも買えるのだろうかと一瞬色めき立ったが、装備しても攻撃力があんまり変わらないと分かると萎えてしまった。攻撃力15000に+150とかしたところで意味ない気がする。とりあえず薬草だけでも買えればいいかなと考えつつ、のんびりと足を進めた。
町に足を踏み入れると広場みたいな場所の喧騒が伺えた。そこにいるプレイヤーたちは「パーティー組みませんか!」などと口々に叫んでいた。その人たちの頭上にはLvが表記されており、平均値をとればLv 18程度だった。パーティーに入れてもらおうかと考えた一也だが、しかしLv 4では拒否されるのが関の山だろう。あきらめて人混みをするりと抜ける。薬草を売っているのは道具屋のはずなので、商店街らしきところを歩きつつどこだどこだと目を動かした。時折一也の横を通るプレイヤーの、疑うような目線が少しばかり気になるがそこはとりあえず無視した。どうせLvが低いからまあバカにでもしているのだろう。
道具屋はそれから結構な時間を得て見つかった。普通のゲームとは作り込みが違うのか、気が遠くなるほど町が大きい。それなのに住宅が町の八割以上を占めていて、道具屋や武器屋その他は一つしかないのか不思議だった。
そんな道具屋のドアに手をかけたところで、ふと思いにふけて一也は静止する。
お金は__あるのか?
ブラックサタンを倒したときには『お金が手に入った』みたいな報告はなかった。いってしまえば経験値の報告もなかったのだが、そのときにはしっかりとレベルが上がったのだ。経験値は確実に入手したはず。それと同じようにお金も入手しているのではないだろうか。
というか、こんなことを考える前にステイタスを開けば済むことではないのか。『お金○○円』とか書いてあるだろう。バカだなと頭を掻きつつ、なぜかこのことに違和感を覚えた。そしてステイタス画面の開き方が分からないことに気付く。
オンラインゲームに関しての知識が浅すぎて何も分からない。気付いてばっかりだ。それも悪いことばっかりを気付く自分に怒りを感じた。
「......あの」
急に声をかけられて振り向く。驚きの表情を隠しきれないまま見ると、そこには一也と同い年くらいの少女が立っていた。日光に当てられて、てかてか光る栗色の髪が、ちょっと可愛らしい。さながら愛玩動物のような顔の上に表記されているLvは、一也と同じLv 4だった。
なんだなんだと動かないでいると、聞き取りづらい声で彼女は言った。
「あの......そこ、通してください」
道具屋に用事があったようだ。自分に用があるものだと勘違いしていた一也は、少し恥ずかしくなった。急いでドアを開きどうぞどうぞ入ってくださいと、滑舌悪く彼女に促した。
「あ......はあ、ありがとうございます」
見事に一也を疑いつつ、道具屋に入る少女。元々一也も道具屋に用事があったので次いで入ると、ストーカーでも見るような目で睨まれる。そんなに疑うなといってやりたかった。
買い物を終えると、彼女は小走りで道具屋から出ていった。一也はどこまで疑われているのだ。せめてステイタスの開き方くらいは訊いておきたかったのだが、それもいまや叶わない。どうしようかと悩んでいると、道具屋の主人らしき人がカウンターのほうから声をかけてきた。
「なあ、兄ちゃん」
「はい?」
「ストーカーはやめときな」
ニヤリと笑いながら主人は言う。なにいってんだと思う反面、確かに周りからみればそう見えるのかもしれない。
「さっきのお嬢ちゃんが言ってたぞ」
おい。それ言ったのあいつかよ。よくもそんな嘘を。
「で、だな。何のようだ。まさか本物のストーカーじゃあるまいな?」
「ええ、そりゃもちろんですよ。買い物に来たんです。けど......」
「けど?」
「自分の所持金が把握できていなくて......困ってるんですよ」
要するにステイタスの開き方が全く分からないのだ。そんなのあり得ないことなのだろうが、ルールをほぼ十割に近い形で知らない一也だ。開き方なんてステイタス開け開け開けなんて祈るしか思いつかない。もちろんそのバカみたいな方法も失敗だった。
そんな一也の発言を訊いて、驚きに目を見開く道具屋の主人だった。
「それなら、手を横に動かしながら『開け』と念じればいい」
言われて実行してみると、途端に半透明のパネルが現れた。そこの3つの欄には『ステイタス』『道具』『装備』とある。少し空白もあった。後から増えたりするのだろうか。
『ステイタス』を選択すると数字がたくさん表記されたパネルに切り替わった。6やら15000やらと手のつけられない数値から目を移していくと、100Gと記されているものがあった。これが一也の所持金だろう。
薬草なら5Gくらいだろうかと考えつつ、カウンターの方に目を移した。
するとそこには、先ほどと比べ物にならないくらいに、驚きの表情をした主人がいた。
「どうしたんです?」
「いや、兄ちゃん、そのステイタス......」
ああ、と納得する一也。そりゃあそうだ。HPもMPも攻撃力も笑えるくらいに異常なのだから。
「このステイタスはまあ......アレです」
「......いや」
「まあアレはアレなんです__正直、自分でも理解できないことですし、答えようがありませんね」
そういわれては仕方がないと納得するそぶりを見せる主人だった。もちろんまったく納得してないという表情ではあったが。一也はステイタス画面を閉じてカウンターへむかった。
するとわざとらしく「何を買うんだい?」といかにもゲームの商人らしく言う主人だった。
「えっと、薬草ってあります? 3つで」
「あるにきまってるだろ。ちょっと待ってな」
主人はカウンターの背後のドアを開けて薬草を取りに行った。ドアから出てきたときに手にしていたのは、最初の家で光に変わって一也の体に溶け込んだ、あの緑色の苦そうな草だった。
「これは一つでHPを50回復する。まあ一番オーソドックスな薬草だな。値段は5Gだ。3つでいいな」
「ええ。買います」
と、そういったとほぼ同時にチリリリリンと、支払いの音がした。主人の手にある薬草が光となって一也の体に溶け込む。
「買い物はこれだけか?」
「ええ。はい、ありがとうございました__じゃ、またお会いできたら」
振り返ってドアへと足を進める一也。その背中に主人の声がかかる。
「会ったら助けてやれよ__あのお嬢ちゃんはな、兄ちゃんと同じことで困ってる」
「へ?」
「パーティーになってやれよ。さっきのお嬢ちゃん見つけたら」
一也は返答に悩み、結局思いつかなかったので苦笑いだけを残して道具屋を後にした。道具屋の中は暑かったのか、商店街に出ると涼しい風が一也の頬を撫でた。
商店街を端から端まで見て、目につくものは何もなかった。今必要なものはないから、もうこの町には用はないだろう。『森林の森』と理解しがたい地名の書かれた看板の指している方向へと進む。
道具屋の主人に言われたからなのか、さっきの少女のことが頭から離れることはなかった。