VS ブラックサタン
一也には眼前の敵を許すことなどできるはずがなかった。殺す__より惨い、洗脳あるいは寄生を二葉にかけて、あげくの果てにはそれを引き裂いたブラックサタン。
例えそれがゲームの中で作られた偽の二葉であったとしても__許すことは出来ない。
先ほどまでよくわからなかった恐怖が、ただのおぞましい怒りに変わった。
二葉だと思って恐れていたものが__ブラックサタンという化物になったことでその『恐れ』は怒りに変わった。
このオンラインゲームに来る前ならば、それは逆だっただろう。
一也はそんなおかしな事実と苦笑いをじっくりと噛み締めつつ、握り拳を作った。許さねぇ許さねぇと木霊する怒りをぶつけるがべく、渾身の力を込めてブラックサタンに飛びかかる。
しかし、その攻撃をブラックサタンは体を左に反らして避けた。勢い余って壁に体をぶつけた一也へとロッドの先端を向ける。次いでブラックサタンが何かを呟き出した。
魔法の詠唱だろう。それは意地でも阻止せねばならない。何が起きるかなんて分からないし、なにより一也はHPが極端に少ない。それが攻撃を目的とする魔法であれば、どんなに弱い魔法でも一也を一撃で殺すことは容易いだろう。
壁でゆっくりしている場合ではない。一也は即座に立ち上がり、またも握り拳を作ってブラックサタンへと飛びかかった。しかしまたしても軽々とかわされてしまう。そうして何事もなかったかのように詠唱を続けるブラックサタンだった。思うに、詠唱時間が長いから、使おうとしている魔法はずいぶん強力なのだろう。
まあそれはHP5の一也には特に関係のない事柄なのだ。むしろ時間を多くかけてもらったほうが彼にとっては有利になる。
と、ここでなぜ先ほどまで気にかけていなかったのか分からないほどの、あたりまえな疑問が頭をよぎった。
こんないっぱしの高校生の殴打で、目の前の化物を殺すことはできるのか。
デュランダルでもエクスカリバーでもあれば余裕なのだろうが、一也にはあいにく持ち合わせがない。
ここにあるのはただの右手__もはや異能力を打ち消すこともできないそんな無力な右手で、ブラックサタンを倒せるのだろうか。
そんな思考を遮るように、ロッドの上に直径30cmほどのオレンジ色の火の玉が完成した。轟々と音を立てるそれは30cmにとどまらず、徐々にその大きさを増していく。それに次いでオレンジ色の火も徐々に赤へと移り変わっていった。最終段階なのだろう。いうまでもなく危険だ。心なしかブラックサタンの表情も歓喜に歪んでいた。
もう決着をつけなければならない。残された時間はあと十秒かそれくらいだろう。
しかし解決策が見つからない。勝機の片鱗さえもあきれ果てるくらいに皆無だった。
と、そこで火の玉が青白い炎の玉へと変わっていた。赤を通り越した青に。
考えろ考えろと脳ミソをかき回すが、ただ自然と空回りするだけで好転の兆しは見つからない。
そんな自分の無力さに苛立ちを感じたとき、青白い炎の玉が一也にむけて発射される。諦め混じりに拳を作り、せめて何かしてやろうとそれめがけて渾身の一撃を打ち込んだ。
その時だった。
青白い炎の玉が、強力な磁石に引き寄せられるかの如く、本来焼き尽くすはずだった一也の右手を離れた。それは恐ろしい速度のままブラックサタンめがけて飛翔し、結果主を焼き尽し、爆殺することとなった。
その爆発音と共に、どろりとした熱風が一也の頬を撫で回した。思わず手で顔を覆ってしまう。血と肉の焼けた匂いのせいで気分が悪くなる。もうもうと立ち込める煙が晴れたとき、そこにはブラックサタンの跡形がなく、まるでそこにいなかったかのように消え去っていた。あれだけ戦ったのに、二葉__もしくは偽二葉の家には傷一つついていない。さすがゲームといったところだ。
二葉の事。ブラックサタンを倒すと少し気分が楽になった__というわけではないが、思考を正常に保つことができるくらいには落ち着いた。
しかしさっきのはなんだったのだろうか。立ち尽くして腕を組んで考えてみるけれど、このオンラインゲームへの理解が浅いためか一向に答えは出てこない。昔やったゲームでは、同じ攻撃力の技をぶつけると『相殺』__引き分けになった記憶があった。それと似たようなものなのだろうか。『相殺』を越えて__『反射』といったところかもしれない。だがそうなると一也の攻撃力がブラックサタンの放った魔法よりも高いということになってしまう。『反射』なんてあり得なく、もはや『相殺』の時点でおかしい気がする。こういうことはLv15とLv1の間であってもいいことなのだろうか。
と、ここでピロリロリロンと軽快な音がした。悩むポーズから顔を上げてみるとそこには『LEVEL UP』の文字が表記きれている。そりゃそうだわなとそれをにらんでいると、驚愕の数字が表記された。
『三条一也 Lv 1 ---- Lv 4 UP』
ここはまだ普通だった。たったのLv1でLv15を倒したのだ。むしろ少ないくらいでもある。驚くべきはステイタスの変貌ぶりだった。というか元々のステイタスも驚愕の数値だった。
『HP 5 ---- HP 6』
『MP 1 ---- MP 2』
『守備力 50p ---- 80p』
『攻撃力 2700p ----15000p』
筋力がバカだった。
数値的に防御が一番正しいのであろう。昔やったゲームでもそんなものだった。HPもMPもまあバカでアホで救いようのない数値だったが、しかし筋力が群を抜いてバカだった。
ブラックサタンに勝てたなんて、そりゃあたりまえだ。どんなに手加減したって多分あの魔法を『反射』もしくは『相殺』できただろう。しかしなぜステイタスの上昇がここまで極端なのか。元々の数値も充分疑うべきではあるが__上がりすぎだ。
と、またここで軽快な音がした。反射的に顔を上げると『Tutorial Clear』の文字がある。......Tutorial? ......チュートリアルか。要するにこれでチュートリアルをクリアしたということだ。それにしては相当難しかった気もするがどうなんだろう。まあLv 15とLv 1の差だ。無理ないのかもしれない。
『Tutorial Clear』に次いで表記されたのは『今回の獲得ルール』という文字だった。その後現れたのはこういう文章だった。
『No,300 このゲームで起きることを信じるべきではない。いついかなるときも疑いの心を持て』
なるほど。さっきのブラックサタンのことを言いたいわけだ。二葉だと信じるあまり苦戦したのだろう。二葉の状態で見破って討伐できればどれだけ楽だっただろうか__いやまあ絶対無理なんだけど。
それとNo,300ってなんだ。ルールは300もあるのか。というか常識的に考えればルールは最初に提示しておくべきものであって、プレイヤーに取りに行かせるのはいささか配慮に欠けるというか__いやこんなオンラインゲームだからそういうのは仕方がないのかもしれない。
それで最初の疑問に戻るが、No,1は多分『死んではならない』というルールなのだろう。はじめの部屋にあった紙の束だ。思い返せば確かに300枚くらいはあったかもしれない。
で、一也が鉄球に弾かれたのはゲーム側の意図ではない。なぜならそんなことしてしまえばルールを集めるなど不可能に等しいことになるからだ。結局一也と同じようなプレイヤーが増えてしまうだけで、1から300までのルールの必要性がなくなってしまう。
では誰が犯人なのだと問われたら__返答に困る事柄ではあるのだが。
それと残りのルールが分からなくても大丈夫だろう。一也はゲームの説明書は読まないタイプの人間だからだ。まあ少し強がりをしているという感じなのも否めないけれど。
『チュートリアル お疲れ様でした』という文字の出現と同時にドアが開かれた。そこから入り込む眩い光が一也の網膜を刺激する。やっと、これから冒険が始まるんだなという気分になる。
今回は鉄球も特に変わったことも何もなく、安全に冒険に旅立つことができた一也だった。
『ステージLv 4 雑草の森』