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高層ビル part3

 勝てるか勝てないかはこの際考えないことにした。とりあえずこのモンスターを倒さなければいけないからだ。

 分厚い扉を後ろ手で閉める。まだ気づかれていない。なぜならまだ『Battle start』という文字が現れていないからだ。

 扉に背中を預けて慎重に思案する。

 できれば見つからずにこいつを倒したい。

 しかしそれは、さすがに夢を見すぎているだろう。どこかに一撃で大ダメージを与えられる弱点らしきものはないのだろうか。

 この広い空間にあるもので役にたちそうなのは、等間隔に壁に備え付けられている松明(たいまつ)のみだ。それ以外は何もないに等しい。

 生き物は大抵火に弱い。炎を見ればこんな怪物でも退く可能性がある。

 だから松明をぶん回してモンスターに攻撃できればいいのだが、あいにく松明のサイズが大きすぎて大方持ち上げることすら不可能だろう。

 ならいつものように戦うか? と考えたがこんな怪物相手じゃあリーチが極端に違う。普通の高校生がサーベルを握っただけで覆るほど奴の攻撃範囲は狭くない。


 開始早々行き詰まった。

 いや、始まってすらいないのに詰んだ。

 しかしこのまま倒せなかったすいませんでしたと扉を開いて糸川の所に戻るわけにはいかない。

 ここはもう少し作戦を練ってから戦いに挑もう__と、そう考えた時だった。

 唐突に怪物が動き出した。四足歩行で前の右足を重そうに進めて一也に近づいてくる。

 しかし『Battle start』の文字は一向に現れない。まだバレていないということだ。こいつも最初の門番と同じように敵を確認できる範囲があるのだろう。

 壁をにほとんど密着した状態で、見つからないよう横に進む。

 けれど進むスピードが違いすぎてあっという間に確認されてしまった。


『Battle start』という文字が視界を埋め尽くす。それが元に戻ったときには怪物の顔がすぐ近くにあり品定めをしているかのように一也を睨み付けていた。

 逃げられない。鋭い眼光が一也の動きを阻止する。

 怪物が足を一歩引いた。とたんに体の力が抜けて地面にへたりこんでしまう。

 逃げなければならないのは分かっているが思うように体が動かない。

 追い討ちをかけるように怪物が攻撃の予備動作をとりだした。何かを吐き出そうとしているように見える。

 心なしか体が熱い。緊張しているのだろうか。恐れているのだろうか。

 なにもできずに、ここで死ぬのだろうか。

 そんなのは嫌だった。絶対に。

 死にたくないという感情に突き動かされて体の自由を取り戻した。死への恐怖に勝るものなんてそうそうないのだ。当然の結果である。


 とりあえず走った。

 時間を稼いで倒す方法を考えるべきだ。

 __しかし、背後で爆音と熱風が唸りをあげて体が前につんのめり、そのまま転んで鋼鉄の床で二三回転した。

 振り返ると怪物が口から液を垂らしていた。胃液だろうか。

 松明の近くが黒く焦げている。さっきの爆発で生じたものなのだろうがなにが起きたのだ。


 低い鳴き声がこの空間に響きわたり、再び怪物が予備動作を始めた。

 今回は背を向けて逃げるわけにはいかない。何が起きたのかこの目で見て確認しなければ。

 腰を屈めて怪物を睨みつける。

 すると奴は一也の方を向き、口から数メートルの物体を二つ吐き出した。


 腰を屈めたままで走る。怪物の吐いた物体のスピードはそれほど早くなく、それに一也に直接飛んできたわけでもないから避けることだけは容易だった。

 その物体は松明を目指して飛ぶ。そして両者が、接触した瞬間。

 大爆発が起きた。

 

 吹きすさぶ熱風が一也の恐怖心を煽りに煽る。あたれば即死は間違いないように思えた。

 しかし、勝てっこない、と諦めるほどのに強敵なわけではなさそうだ。怪物が吐く物体__火薬に気を配りつつ戦えば必ず勝機はある。

 それよりも考えなければならないのは怪物の倒し方だろう。

 普通に切ろうと近づいたとしても、ほとんど確実に腕かなにかで軽くあしらわれるとしか思えない。近距離攻撃がだめなら遠距離攻撃か? とも考えてみたけれどそもそも遠距離のアテがなかった。

 だから近距離攻撃を可能にする作戦をたてなければならないのだ。

 隙を作って切り込む__これは常識だが、こんな大きなサイズの敵の注意を引き付けられるものなどそうそうないだろう。そのうえ制限された空間の中での話だ。不可能としか思えない。

 なら、強行突破か? しかし怪物の腕はただ一度切りつけただけでどうにかなるほど脆弱ではないはず。一也が近づいたときに、彼をあしらおうと振り回される腕を運よく攻撃できたとして、この怪物がそう簡単に退(しりぞ)いてくれるとは思わない。大方切ったところで近づいてくる腕の接近はとまらないだろう。

 結果としてわかったのは八方塞がりの現状だということ。普通ならあきらめていてもおかしくはない。


 だが、いまだに一也は勝利を捨ててはいない。

 こんな怪物でも(ひる)ませることさえできれば敵ではないのだ。

 走りつつ考えてみると怪物の起こす爆発を怪物自身にあててやれば隙が作れそうだということに気づく。

 しかしそれなら火のついた火薬を叩き返さなければいけない。火薬とは火をつければ即座に爆発するもので、一也が剣を振り叩きかえそうとしているころにはもう爆発しているだろう。そのうえもしも爆発に巻き込まれてしまったら。HPは1だけ残るが体は木っ端微塵になって雲散霧消してしまう。となると何が起きるかわからない。ただ確実なのは決して良い方向にはオチが回らないということだ。

 

 なにをどう考えてもうまく行かない。

 扉の向こう側からなぜか戸惑いの感情が伝わってきた。

 

 するとまた怪物が予備動作に入る。打開策を見つけたいのだがもう不可能だ。

 とりあえず時間を稼げば怪物が腹の中にある火薬を全て使い果たす瞬間がやって来るだろう。

 それを待つのみだ。


 それから一也は脱兎の如く広い空間を逃げ回った。みっともないことこの上ない。

 この時糸川はある案を思いついていた。彼女はそれを言おうかどうか悩んでいた。

 言うべきなのだろうが、ここで待っていろと言い聞かされたのだ。むやみに飛び出して足を引っ張ってしまったら__と考えると普段なら出る足もでなくなる。

 毒でHPも減っていっている。時間がたつにつれて一秒につき受けるダメージが増加していくからこのままでは死亡してしまう。

 言うべきか、言うまいか。


 そして彼女は、思いついた案を伝えることに決めた。

 分厚い扉を開けて中に飛び込む。しかしここからでは声が届かない。もう少し近づかなければ。

 迅速かつ静かに一也へ近づこうとする。いけるか? と心配になりながらも糸川は足を進めた。

 そして確実に声が届くだろうという距離まで近づいたとき。

 怪物の鋭い眼光が糸川幸という人間をしっかりと捉えてしまった。


 怪物は即座に反応し糸川を叩き潰す要領で掌を降り下ろした。

 しかしその腕に恐怖を感じることはない。しんでしまうんだなあと適当に割りきって、叫んで一也に案を伝える。


「文庫本だよ三条くん......!」


 一也が気づいたときにはもう遅かった。

 糸川がひとこと叫び、その後、怪物の手のひらに容易く押し潰された。

 HPが減っている状態でのあの攻撃。糸川は死んでしまっているかもしれない。


 そしてライオンは何もなかったかのように一也に向き直った。

 見下すような目が彼をじろりと睨みつける。まるで糸川のことなんて忘れてしまっているようだった。


「人を殺しといて何もないのかよ......!」

 人を殺すために作られたような怪物だから無理もないのだろう。いちいち感情を持って人を殺戮しているわけでもないはずだ。

 うっとおしいという理由だけで蚊を潰すの同じ。なんとも思っていないのはあたりまえだ。

 あたりまえで、普通のことなのに。

 怪物は悪気があってなんとも思っていないわけではないのに。

 沸き上がってくる怒りは、とどまることを知らなかった。

「クッソ......」

 剣の柄を握る手に思わず力が入る。

 今にも怪物に切りかかりそうなオーラがもうもうと立ち込めていた。

「ふざけるんじゃねえよ!!」

 ついに怒りが頂点に達し、冷静な判断ができなくなった。

 軽くあしらわれるのはわかりきっていることだというのに、後先を考えず、感情に流されて怪物に切りかかる。

 しかし案の定糸川を潰した右手が伸びて、一也を弾き返し、鉄の壁に体を打ち付けた。

 HPが1にまで減少し、スキルが発動される。これで二度目はなくなった。


 その時、とてつもない痛みで一也はなんとか我を取り戻した。

 瞬間思い出したのは糸川の言った文庫本という単語。

 確かにアイテム欄に乗っているものだがこれをどう使えというのだ。

 こんなもの投げたところでダメージを食らわせられるなど到底思えない。

 何か別の用途があるのだ。

 思いつけ思いつけ思いつけと頭をフル回転させて打開策を考えようとしてみる。


 しかしやはり、一也では不可能だった。

 舌打ちをしたのと同時にまた怪物が予備動作に入る。苦しそうにうめき声をあげながら。

 そしてなすすべなく逃げた一也の背後で再び大爆発が起きる。

 火の粉が飛び、熱風が唸り、爆音が空間を包み込む。たまたまとんだ火の粉が文庫本に触れ引火して思わず地面に落としてしまう。

 するとその時、ある案が頭に浮かんだ。


 文庫本は燃え盛り、松明と同じ状態にある。

 火薬は松明に触れれば大爆発を起こすのだ。

 文庫本と松明がイコールになっている今、火薬が文庫本にあたれば爆発するのは道理。


 となると。


 燃えている文庫本を怪物の胃に入れられれば。

 怪物の体内で大爆発が起きて、大きな隙ができる。運さえ良ければ怪物が死亡することだってあり得るのだ。

 糸川ありがとうと小さく呟いて燃える文庫本を手に取る。

 それはとてつもなく熱いはずなのだが何故だか気にならなかった。

 ゲームのバグなのか? とも思ったがどうせどれだけ熱くても、文庫本を拾っていたに違いない。


 怪物がこちらを向くのを待って。

 振りかぶって思いっきり、口をめがけて燃え盛る文庫本を投擲した。

 吸い込まれるように文庫本が口の中に入る。

 同時に一也は怪物に向けて駆け出した。怪物は一也をあしらおうと腕を伸ばす。


 しかし。

 怪物は体内で起きた大爆発に耐えられなくなってごろりと仰向けに転んだ。

 追い討ちをかけるように、一也が腰から剣を引き抜き、精一杯力を込めて切りつけた。


 すると爆発のダメージと剣の攻撃のダメージで怪物のHPバーは半分にまで減る。

 そして二発、三発、と怪物を立て続けに切っていると__怪物の体がついに消滅した。


 怪物という大きな壁がなくなった今、空間全体を見回せるようになった。

 レベルアップの表示が現れたけれど毛ほども気にしない。糸川はどこだ。

 すると空間の左端で壁に背を預けてうつむいている糸川を見つけられた。

 生きていた。あわてて駆け寄ると蚊の鳴くような小さな声で彼女は言う。


「薬草が、あと、四つしかないの。あと五分も持たないよ」

「大丈夫。絶対間に合うよ。早くエレベーターのところまで行こう」

「うん」


 糸川を背負ってエレベーターに乗り込む。

 これでやっとゲームから解放される。

 莫大な量の安堵感が津波のように押し寄せてきた。

 その時一也は、好奇心だけで命の関わるゲームをプレイするのは止めておこうと、心に誓ったのだった。

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