大都市 part2
自動ドアから勢いよく飛び出して、さらに高いビルを目指す。
いつこのゲームが崩壊するのかなんて誰にもわからない。
だから少しでも早くビルにつかなければならない。
そう思うとまだまだ走るスピードは上がりそうだった。
看板をみて右へ左へと疾走していると、ついにとんでもなく高いビルの真下のドアについた。
大きな自動ドアの手前には火を見るより明らかな門番らしき鎧を見にまとった敵が仁王立ちしていた。
やはりここはゲームのストーリーに関係してこないうえに、制御室というゲームにとってはすべてを統括する大切な場所であるから、守りも通常より格段に強いのだろう。
だが、そんな小さなことで折れる一也と糸川ではない。
「できればおとりになって引き付けてほしいんだけど、頼めるか」
「まかせといて」
糸川が門へと歩いて近づいていく。門番は一定の範囲に糸川が入ってから動き出した。
一也は門番の動き出す範囲をしっかりと見極めて、その範囲内に入り込まないように左に進む。
そしてできる限りリーチを伸ばすために腰のレイピアを抜いた。
助走をつけ、フルスピードで門番の反応する範囲へと飛び込む。
さすがは制御室のあるビルの門番といったところで、その反応スピードはとてつもなく早かった。
門番は鋼で作られた拳を握りしめて思い切り後ろに振りかぶった。そのとたんに空を切るような轟音が辺りを震わせる。
さすがの一也もこれは予想外だった。
降り下ろされる豪腕になすすべもなく立ち止まる一也。
殴り飛ばされる、というところで何かが一也を突き飛ばした。
一也は勢いよく飛んで、弾んで、コンクリートの地面にその体を強く打ちつけた。
頭をかきながら顔をあげると、さきほどまで一也のいた位置に飛び込んできたのであろう糸川が、殴られて地面にクレーターのようなものを作っていた。
「おい! 糸川!」
まさか死んでしまっているのではないのだろうか。
しかしそんな不安は杞憂に終わり、右腕を軽く押さえているものの、なにごともなかったかのように涼しい顔で立ち上がる糸川だった。
「心配しないでよ。HPなら有り余るほどにあるんだから」
左腕で自分の頭の辺りを指す糸川。
そこにはHPバーがあり、見れば緑色のゲージは1パーセントたりとも減っていなかった。
「ありがとな! もっかい行くぞ!」
さすがに二度目ならもう先ほどみたいなしょうもないミスは絶対にしない。
範囲内に飛び込みながらレイピアを強く握りしめる。
門番の攻撃の予備動作とほとんど同じタイミングでレイピアを振りかぶった。
そして獲物を狩る猛獣のように近づいてくる鋼の拳に、レイピアの渾身の一撃を打ち込んだ。
すると拳が跳ね返るだけでなく、門番自体も一也の勢いに負けて、思い切り横転する。そして、追い討ちをかけるようにレイピアで門番に切りつけた。
長引くと思われたレイピアでの攻撃だったが、しかしそれは予想外のたった一撃によって終了してしまった。
もはや人間ではないと思うほどのスピードで門番に切りかかったのは、青年三人組の一人だった。
鎧がひしゃげて奇妙な音が辺りを包んだかと思うと、すぐまた違う次は鉄が真っ二つに切り裂かれるような金切り声が唸りをあげた。
それは明らかに門番のあげた悲鳴だった。
見事に二つに割れた門番の前に立つ青年を見て一也と糸川は身構える。
青年三人たちはこちらを見て言う。
「今日こそ、殺しに来たよ」
「......」
なぜこんなタイミングでいちばんの強敵がやってきてしまうのだろうか。
つくづく不幸な二人だったがここであっさりと殺されてしまうわけにはいかない。
まったく諦める様子もなく前回よりも勝ってやるという意志が強まっているように見えた。
「自分たちは制御室に向かわなければならないんです。見逃してください」
するとひとりの青年が声をあげた。
「へえ。開発者のおっさんに会ったんだ」
「はい。そこで聞きました。制御室をなんとかすれば全てのプレイヤーはこのゲームの崩壊から免れられるんですね」
「まさかそれを信じているのか?」
「いままで何度も何度もバグのようなものを見てきましたから。十分すぎるほどに開発者の方の言葉は信用に足ります」
ひとりの青年が呟くようで、どこか威圧的な口調で言う。
「お前らみたいなたかがLv 4のやつらに、あのおっさんにもできなかったことができるのかよ」
「できる__と確信を持てるわけではないですけど、やらなければならないときは、自信がなくてもやるんです。それに、ここであなたたちに殺されてしまうわけにはいかない」
「なんでだよ」
「そりゃあ、もとの世界に戻りたいからですよ。ゲーム内で死亡してしまうともとの世界には戻れない。じゃあ、どうにかして制御室にたどりつかないと__」
そこで青年が少し困惑したような表情で声を出した。
「__ちょっと待て、お前ら、何か勘違いしてないか?」
「え?」
「だからさ、お前ら多分勘違いしてるんじゃないかって。えっとな__」
とそこで青年の言葉が打ち切られ、その代わりに低い呻き声と、金属が擦れ合って生じるきしみのような音が聞こえた。
苦悶の表情を浮かべている目の前の青年に一也は驚く。そして一歩のけ反ったところで青年の脇腹の辺りに見たこともないようなバカでかい剣が突き刺さっているのをみて腰を抜かした。
少し遠くをみれば、鎧の塊__門番が動き出していた。
やつはなぜか右肩から下の部分をばっさりと失っている。どういうことだ、と思ったのとほぼ同時に門番の左腕が青年の脇腹にあった剣と同じものになって、門番はその剣の持ち手を自分の腹にぶすりと突き刺した。そしてそのまま、こちらへ走ってくる。
「逃げるぞ!」
とっさに叫んで、糸川も頷きつつ一也のあとを追う。
しかし青年二人はまさか仲間を放っていくわけにもいかないから、仁王立ちをして苦しそうなひとりの青年の盾を作っていた。
これはこれで救われたのかもしれない。
けれど青年の言った勘違いとはなんだったのだろうか?
それがとても重大なことだという気がしてまったくといっていいほど頭から離れない。
しかしここで引き返すわけにもいかない二人は、ビルの一階へと足を踏み入れた。