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大都市

 足を進めていくにつれて、遠くにうっすらとそれもまたぼんやりとそびえ立つ、本当にわかりにくかった謎の物体が何であるのかがようやく今になってようやく理解できた。

 太陽の光に美しく反射しているそれは、もとの世界でよく見た光景であり、東京や大阪などの大都市でいやでも目に入ってくるようなビルの(つら)なりだった。

 ような、というあいまいな表現をした理由は、これだけ遠い距離から見ても相当大きく見えるからだ。近づいてみればそのビルたちがどれほどの大きさなのかわかるだろうが、その時にはあまりの大きさに大方腰を抜かすことになるだろう。


 隣を歩く糸川が眠たそうに目を擦りながら言った。


「あんなとこに宿屋ってあるのかな?」

「いや、さすがに宿屋はないと思うけど、ビジネスホテルとかならありそうだ」

「ていうか宿屋以外ならなんでもありそうに見えるね」

「道具屋とか前までの町とは規模が違うだろうからな。すごいもん置いてるかもよ」


 糸川が小さく笑った。


「予想外に前までの町とあんまり変わってなかったらどうする?」

「あれだけ大きかったらなぁ。変わってないことはないだろ」

「全部お飾りかもしれないし、いつぞやの足場が見えなかったときと同じように幻覚かもしれないよ」

「ははは。もう幻覚とかそういうのはごめんだ」


 大都市のコンクリート道路が見える位置まで歩いてくると、天高くそびえ立つように見えていたビルがどれほどの長さなのかを知って驚くことになった。


「上、見えるか?」

「いや、そりゃ見えるけど、めちゃくちゃ首痛いよ。こうやって真上向くのホントにつらい」


 糸川は首を曲げて上を見ているが、確かにその格好は無理をしているように見えて、そしてなにより痛くてつらそうだった。

 ぼーっと何気なくそのまま足を進めていると、コンクリートでできた道を踏みしめて、大都市に入った。


 入ったのは入ったが、残念ながらどこを見ても辺りにはガラス張りのビルが乱立しているだけで、ストーリーに関係してきそうな建物は一つも見つからない。

 

「ねえ」

「どうした?」

「とりあえずさ、ビルの屋上にでも行ってみようよ。眺め良さそうだったしなんか見つかるかも」

「なるほどね」


 二人は近くの適当な高さのビルを見つけて中に入った。

 中には人はひとりもおらず、特にめだったものもない。

 高級感の溢れているエレベーターに乗って屋上を目指す。何か手がかりというかストーリーに関係してきそうな分かりやすい建物があればいいなと思いながら屋上へのボタンを押した。


 エレベーターのドアが開くと、運よく二人の入ったビルは他の建物よりもそこそこ大きく、辺り一帯が遮るものもなく見渡せた。

 と、そこで目についたのはひとつだけ規模の違うとてつもなく高すぎるビルだった。


「あのビルなんかありそうだよ」

「そうだな。どうする? とりあえず行ってみるか?」

「うん。行ってみよう」


 再びエレベーターに乗っていちばん下の階へついた。

 こんな高いビル、何に使うのだろうと思いながらドアが開くのを待っていると、ガタリと奇妙な音がドアの向こう側から聞こえてきた。


 その音を怪しむ暇もなくドアが左右に開く。

 するとそこには、赤黒い色をしたサッカーボールくらいのネズミが三匹あらわれた。

 どこからどうみてもそのネズミはモンスター__敵なのだが、町中には敵は現れないはずだ。どうする、と思う前にネズミは体を屈め、勢いをつけて二人に飛びかかってきた。

 二人、というよりかは、手前にいた一也にだった。

 一也はまさか攻撃されるとは思っていなかった。だから反応も遅れて避けようとしても三匹の攻撃をもろにくらってしまう。

 一也のスキルはHPが1では発動できない。要するに一体目の攻撃を耐えられたとしても、二三と攻撃をうけてしまえば即座にゲームオーバーということだ。


 背後で糸川が小さく悲鳴をあげる。

 もう助からないのか? と頭がマイナスな思考を呼び起こした。

 

 そしてネズミは一也の胸の辺りに飛び込んできた。

 死んだ、と諦めの言葉を心の中で呟いた__。


 しかし、三匹のネズミたちはまるで幽霊かのように一也の体をすり抜けて、そして背後の糸川をも通り抜けた。

 そして何もない糸川の背後から悲鳴が上がる。低くて重い、三十代くらいの男の声だった。

 

「誰か、いるのか」

「いないよ! 私エレベーターの壁にもたれかかってるんだから」

「じゃあ、エレベーターの外側に」

「そんなのこのエレベーターが降りてきたときに押し潰されて死んでるよ!」

「じゃあ__どこに......」


 気づけばネズミは消えていた。

 恐ろしくなってエレベーターから逃げ出すと、左手に堂々と立っている柱にぐったりとした男が全体重を預けていた。


「大丈夫ですか!」

「あ、あ、ま、なんとかな」


 近づくと腹の辺りからはドロドロとした血が流れていた。

 男のHPゲージを呼び出して見てみると、HPバーの上に毒状態とあり、だんだんとHPが減っていっていた。

 

 糸川は焦りに焦って薬草を取り出して、男に食べさせようと手を伸ばした。

 男もそれを振り払おうと手を伸ばす。

 そして二人の手が重なるはずのところで、異常なことが起きる。


 男の手と糸川の手は、触れあうことはなかった。

 何度やってもすり抜けて、通り抜けて。触れることができない。


「なんで触れられないんですか!」


 糸川の叫びに、男も一也も困ったような顔をする。

 なぜならこうなる理由がわからないからだ。同じ位置にいるのに、触れられないなんておかしい。


「最近こういうこと、よくあるよな」


 男が諦めの混じった声で、ゆっくりと言った。

 一也も男の覚悟を見て、落ち着いた声で言葉を返す。


「そうなんですか」

「ああ。前、俺はお前たちの立場だったんだよ。__助けようとして、触れられなくて、そのまま助けようとしてたやつは死んじまった」

「..................」

「俺はこれさ、ゲームのバグだったりしてるんじゃないかと思うんだよ。今お前たちどこにいる?」

「エレベーターの前です」

「やっぱり。全然違う場所だ。俺は今、このへんで一番高いビルの三階、森林のコーナーだ」


 どういうことだ、と一也もは首をかしげる。


「俺はこのゲームのすべてを制御する部屋に向かってたんだよ」

「!?」



「このゲームの製作者なんだよ。俺はな」



 ゲームの、製作者?


「そうだ。俺がこのゲームを作ったんだよ。んでな、多分、今、このゲームは崩壊を始めているんだ」

「崩壊って......」

「簡単にいえばだな、このゲームから死んでも抜け出せなくなるっていうことだ。で、そんなのプレイヤーに悪いだろう? だから制御室で全プレイヤーをもとの世界に戻してやろうとしたんだが、このありさまだよ」


「ゲームの崩壊に巻き込まれたらどうなるんですか.....?」

「だから、抜け出せなくなるんだよ。このゲームから。死ぬこともできない真っ暗な訳のわからない世界に放り込まれるのさ」


 

 驚きと恐怖とその他諸々の感覚が一斉に襲いかかってきた。


「でな、俺はそんな世界にプレイヤーが送り込まれるのはよしとしない。制御室につけば一斉に解放できるが、もし失敗したらアウトだ。だから念のためにある青年たちにプレイヤー狩りを頼んだんだ」


 あの人たちは頼まれてプレイヤー狩りをしていたのか。

 彼らは真っ暗な訳のわからないところへ行くよりかは、死んで天国か地獄かに行くほうがましだと考えたのだろう。

 だけどこのゲームからプレイヤー解放すればもとの世界に戻れるというのに、なぜ制御室を目指さなかったのだろうか。

 死んでしまうよりは、誰だってもとの世界に戻って平穏な暮らしをしたいだろうに。


「じゃあ、あの__」


 とまで言ったところで気づく。

 製作者の男は、毒にやられてもう死んでしまっていた。

 

「なあ糸川、」

「どうしたの......」


 糸川は、死んでしまうことを嘆いているようだった。


「まだ諦めるなよ。俺たちで制御室目指そう__死にたくないだろ」

「でも、私たちじゃ無理だよ! 製作者さんでもできなかったんだから!」


 確かにあの男の人のレベルは今までで一番高く、レベルは94だった。


「いや、できると思うよ」


 一也と糸川のステイタスも、そのゲームの崩壊のバグの一貫なのだろう。


「糸川が守ってくれたら、俺はいくらでも攻撃することができる。俺たちにはこのバカみたいなステイタスがあるんだ」

「だから、できるって?」

「そういうことだ」


 糸川は涙を拭って言った。


「三条くんがそういうんなら、頑張ってみるよ」

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