Lv? 聖夜の小屋
「雪?」
「ん、そうみたいだね」
一也の手のひらに小さな雪が舞い降りた。
空を見上げると真っ白な雪が少しずつではあるが降ってきていた。
「なんで雪が」
「雪くらい降ってもおかしくないでしょ」
凍えるような寒さが二人の頬を撫でた。思わず身震いする。
前へと進む足は止めないままで会話を続ける。
「いや、俺さ、雪嫌いなんだよな」
「そうなの?」
「冷たいし、髪の毛が変になる」
「あ、ほんとだ。つぶれてぺっちゃんこになってるね」
「ダサいだろ」
「かわいいんじゃないかな」
急にかわいいなんてそれも女の子に言われたものだから言葉につまってしまった。
かっこいいと言われたこともないのに。かわいいと言われたなんていうのは男としてどうなのだろうか。けれど普通に考えればかわいいなんて母親にさんざん言われたことだ。別に気にすることじゃないだろう。
「なに本気にしちゃってるの。冗談だよ冗談」
冗談と分かっていても恥ずかしくなるのが高校生男子である。
冗談と分かっていても反応してしまうのが高校生男子である。
「......本気にしてねえよ」
「嘘でしょ。結構本気にしてたよね。顔見たら分かるもん」
「なにいってんだ」
「女子高生の観察力をなめちゃいけませんよ」
歩き続けるといつのまにか辺りには雪がつもっていた。進めば進むほど雪がその量を増していく。
二人は地面が氷で埋め尽くされるくらいの遠くまで進んだ。すると糸川が遠くを伺うように目を細める。そして指を差して一也に話しかける。
「あそこにさ......家あるよね」
見ると小さな木製の家が氷の上にぽつねんと建っていた。
なんじゃありゃあと驚く。ゲームの何かだろうか。
「宿屋とかそういうもんだったらいいけどな」
「たぶん違うね」
「そうだな」
見るからに怪しい。普通こんなところに宿屋がたった一つで建っているはずがないだろう。周りに道具屋やら武器屋やらがあればあれが宿屋という考え方もあるのだろうが、しかし町のような囲いもなく清々しいまでの吹きっさらしの状態ならばそう考えるのは不可能に等しい。
「どうする」
「近づいて大丈夫なの? あれ」
「爆発でもするのか」
「しないだろうけど、なんか怖いよ」
とはいってもゲーム攻略を目的としているわけだから、ゲームに関係ありそうなものには近づかないわけにはいかない。
近づいてみると思った以上に大きい家だった。というより大きすぎる。玄関のドアが一也の二倍はあった。遠くから見ていたから気づかなかったのだろう。
「あ、インターホンがあるよ」
勝手に入るよりはインターホンを押して確認したほうがいいだろう。
ドアの大きさでいうとこの家は人間が住んでいるわけではないのだろう。けれどもしこの家がボスとかではなく普通の人が暮らす家だったのならばということを考えると、そうなるのはあたりまえだった。
「じゃ、押すぞ」
ピンポーンと軽い音が鳴り響く。ドアから何か飛び出してきそうで少し緊張した。
数秒たって鍵の外れる音がした。その後ドアの向こう側から「お入り下さい」とお年寄りの声が微かにではあるが聞こえてきた。
「入ろうか」
顔を見合せて双方がうんとうなずく。
「入りまーす」
向こう側のお年寄りに聞こえるよう、できるだけ声を張ってドアを押した。
開いたそこには、煌びやかなシャンデリアが天井から吊るされており、赤いカーペットの進む先には二つに別れた階段があるというまるで映画でも見ているかのような風景があった。
糸川がほえーと声を上げて感激している。そういえばお年寄りはどこなのか。
「ここですよ。爺はここにおりますよ」
ん。声が聞こえたが辺りを見回してもお年寄りはどこにもいない。
「下です。顔を下げてくださいな」
いわれるがままに顔を下げるとそこには小さい小さいお年寄りがいた。
腰が曲がっているからとかそういうことではなくただ単に彼は小さかった。
もちろん腰が曲がっていないわけではないが。
小さいお年寄りは頭をぺこぺこと下げて恭しく挨拶を始める。
「はじめまして。私はこの家の主、ヴィシャス・ニコラウスと申します」
「は、はじめまして。俺は三条一也です。こっちが糸川......なんだっけ」
「幸よ」
少しむっとした表情になる糸川だった。
すると小さいお年寄りはっはっはと笑った。
「仲がよろしいのですね。最近は異性と話すことが得意な人が多い。微笑ましい限りです__いやもう私の若い頃なんて女性と話した記憶がなくってですね__ああ、失礼しました。変な話しをしてしまって」
「いえいえ。いいんです」
「さて」とため息混じりに言って、小さいお年寄りは改まった表情になる。
「今日はどんなご用ですか?」
そういわれて特に用がないことに気づく。さてどうしたものか。
一也はこのまま用事はありませんすいませんじゃあ帰りますねなんて言える人間ではない。
困った困ったと悩む。糸川も何を思っているのかシャンデリアばかりを見つめている。
「もしかして、用がないのでしょうか」
小さいお年寄りが察したのかそう言ってくる。
一也は少しだけ悩んで「まあ、そうです」と返した。
「すいません。あまりにも家が大きかったので気になってしまって」
「いえいえ。いいのですよ。爺は最近人と話しておりませんでしたから。久しぶりに会話ができてありがたいのです」
ふと糸川の方に目をやると彼女はまだシャンデリアを見つめていた。
少しだけ彼女の口の端からはよだれが垂れていた。
「おい、よだれ出てるぞ」
「え、え!? あ、あ、すいません」
女の子がよだれを垂らしているのをかわいいと思ったのは初めてだった。
よだれを垂らしていることがかわいいのではなく糸川がかわいいのだろうが。
と、そう思うと急に恥ずかしくなった。あわてて糸川から目を反らす。
すると反らした先で小さいお年寄りと目が合った。小さいお年寄りはにやりと笑うと、
「おやおや。照れていらっしゃる」
あわてて反論をする。
「いやいや。何を。照れるわけないじゃないですか」
「ははは。それは失礼いたしました__でも今なら彼女の顔は見放題ですよ」
振り返ると糸川はいつのまにかシャンデリアをじっと見つめていた。
小さいお年寄りは話を続ける。
「彼女はシャンデリアがお好きのようですね。もしくは未だに夢見る少女なのか。どちらにせよシャンデリアに気をとられて身動きがとれないのはおろか人の話すらもろくに聞いていないようです。じっと見るなら今が好機です。なんなら押し倒したっていいんじゃないでしょうか」
「......何いってるんですか」
そんな一也を見て、はははは、とまた笑う小さいお年寄りだった。
「おい糸川。目覚ませ」
「ん。あ、え」
「ここに用はないんだ。出よう」
するととんでもなく寂しそうな表情を作る糸川だった。
「まだもう少しいたい」
子供みたいな声色で、それも潤んだ瞳で動きたくないと頼んでくる。
「迷惑かかるだろ。諦めてくれ」
「えええ。でもね......」
と、背後からほっほっほっとさっきとはまた違う笑い方が聞こえた。
「泊まっていかれてはどうですかな。食事も出しますよ。部屋も山のようにありますから好きなのをお使い下さい」
こういうのはあまり好きじゃない。断ろうとした一也だったが、
「え、本当ですか!?」
一也が口を開く前に、糸川が先に声を上げた。
「おじいさんも良いっていってるんだからさ。べつに悪くないと思うよ」
そんな嬉しそうな目で見られても困る。
それでも断ってやろうかと思ったのだが糸川の視線がいつになく強い。
無理だ出ようと一言でもいってしまえば泣き出しそうな雰囲気が糸川の辺りに充満している。
これはもう諦めるしかなさそうだ。
「......べつにいいんじゃないのかな」
「やった! ありがとう!」
嬉しそうな糸川を見れて悪くないなと思う反面、これでよかったのかと少し自分に問いかけてみた。
__ルールのことを思い出せ。
このゲームのことはそう簡単に信じてはならないのだ。こんなにあっさりと決めてしまってよかったのだろうか。
もしもこの小さなお年寄りが敵だったら?
隙だらけの糸川はおろか一也自身だってぐうすか眠っているときに殺されてしまう。
こんなことで本当に、大丈夫なのだろうか。




