Lv14 聖夜の古代都市 part4
敵の姿を見ることさえできれば一也は戦える。地面や壁の位置などを把握しなければならないという問題もあるが、そこは二人であることのメリットで補えばいい。地面や壁は動かないのだ。そこには壁があるそこには凸凹があると簡単な指示を出せばいい。ピラミッドレインディアがどこにいるのかという指示よりは格段に出しやすいことだろう。
悔しいという感情だけが一也を動かそうとしていた。糸川だけに辛い戦いを任せて自分は安全地帯でのんきに日向ぼっこをしているわけにはいかない。ただ本当に悔しかったのだ。
自分への苛立ちがこれ以上ないくらいまでに高まった。もうこんなところにいていられるわけがない。こんなところで傷つく糸川を見ているわけにはいかない。少しくらいなら戦闘の手助けになることもできるだろう。それに確率は低いけれど偶然にあたった一也の拳が勝敗を決するかもしれない。
崩した姿勢を立て直して、糸川の近くにいるのであろうピラミッドレインディアを見えないながらも睨みつける。意識して両方の足に力を込めて地面を強く蹴り出す。空中を蹴っているようにしか一也には感じられなかったが、時折現れるぬかるんだ泥を踏みつける感触がそこを地面だと教えてくれていた。
無我夢中になって走る。急に凸凹らしきものでつまづいて転びそうになるがなんとか持ち直してまた加速する。このままじゃあなにも終わらないし始まらない。見えないからといって何もしないのは間違いだ。どんなに不利な状況であれ戦えるのならば戦わなければならない。拳を振り回すという戦い方もあったじゃないか。
そんなふうに心の中で呟きながらひたすら走る。するとまた凸凹に足をとられて今回は見事に転んでしまった。すぐさま立ち上がったが右頬には気持ちの悪い泥の感触が残った。相変わらずなにもついていないように見える一也の顔だが、そこにはしっかりと泥がついているわけで、撫でて落とすと少しは気持ち悪さが払拭された。
また走り出すと次は壁に思い切りぶち当たった。痛い。見えない砂が口の中のほとんどを占めている。
しかし吐き出す時間がもったいないと走りだした。それでも口の中の気持ち悪さが嫌になって走りながら吐き出す。ぐええぐええとみっともない悲鳴を上げて疾走する。気づけば糸川が驚きの表情で一也を見ていた。敵に集中してろと叫びたかったがそうすることもできないほどに焦って声が出ない。
次はジャージの首元から垂れている青い紐が何かに引っ掛かった。うっとおしい。引きちぎってやろうかと無視して先に進んだが紐の絡まりが強いのか一定の距離から前へ進まない。
めんどくさくなってジャージを脱いだ。とりにくるのは後ででいいとジャージを何かに引っかけたままで糸川に近づこうとする。しかしそこでふと気づいたように立ち止まる。
このジャージは見えない何かにひっかかっているのだ。
ということは、見えないけれど触れることはできる、ということだ。
ピラミッドレインディアもこの見えない『何か』と同じではないのか。
ジャージをピラミッドレインディアにどうにか巻き付けて位置を分かるようにすれば__倒せるかもしれない。
そう思った時にはもう叫んでいた。
「糸川! こっちへ来い」
驚いたのか肩を震わせて一也へと目を移す糸川。
このまま戦い続けるべきなのか、それとも一也に近づくべきなのか躊躇していた糸川だが、結局しかたなくと言った感じで一也に近づいてくる。手の伸びる範囲に糸川が近づいてくると、すぐさまその手首を引っ張って引き寄せた。
「あのジャージ、引っ掛かってるよな。とってくれ。頼む」
「__うん」
そんなことで呼び寄せたのかと糸川の顔がひどく落ち込む。
一也の能天気な性格に落胆したような表情だった。
糸川はジャージを奪いとるようにしてとった。ピラミッドレインディアがどこにいるのか分からないから焦っているのだろう。
「糸川。そのジャージをピラミッドレインディアに巻き付けてくれ」
「え?」
「頼む。勝てるんだ」
「わ、わかった」
糸川は一也から離れてピラミッドレインディアに近づいた。少し苦戦しながらもなんとか巻きつけたようだ。空中に浮いたジャージは右に揺れたり前へ進んだりと奇妙な動きをしている。これでピラミッドレインディアの位置が手に取るようにわかるようになった。
糸川に指示をもらうつもりだったのだが、いつのまにか走り出していた。そのために凸凹に足をとられそうになったり、肩を土の壁に軽くぶつけたりしながらみっともなく走った。
ピラミッドレインディアが一也に気づいたのか、ジャージがもぞもぞと動き、前後に揺れて加速した。
それはとてつもない速さだった。糸川がこんなスピードをあの小さな体で受け止めていたのかと思えば、さっきまでの自分の無力さに腹が立った。しかし今は違う。
右腕を前につき出した。
放っておけば加速したピラミッドレインディアがこの腕にあたって、勝手に死亡してくれることだろう。
そうして、軽い衝撃と共に、骨をぐちゃぐちゃに折り曲げるような音が右腕の方から聞こえた。
勝った__
「__やあああああ!」
剣を振りかざし、叫びながら糸川が、まるで何かから一也を守るように割り込んできた。
「ピラミッドレインディアは二体いるんだよ。まだ気、抜かないでよね」
とはいっているものの糸川の顔はずいぶんと気の抜けたような、落ちついた表情をしていた。
「お前が気抜くなよ」