Lv14 聖夜の古代都市 part3
見えない。
ピラミッドレインディアの姿はおろか、いつもとは違って自分のHPバーさえ見つからなかった。さっきの体当たりでどれだけのダメージをくらったか分からないから不安になる。『BTTLE』の文字も現れなかったから戦闘が始まったのかさえも疑ってしまいたくなった。
しかし糸川の表情はいつにも増して真剣で、戦闘が始まっているということには疑いの余地がない。
胸の辺りは赤黒く血で滲んでいて触れると痛い。スキルが発動して一也を守ったのだろうが、あいにくその表示もなかった__
「__避けて!」
耳をつんざくような大声が糸川の口から発された。その場から飛び退く。避けてといわれたから避けたというよりかは、糸川の大声に驚いて勢いよく飛び退いただけだった。瞬間、岩に体をぶつけたような感覚に襲われる。一也に見えていないだけで、そこにはしっかりと黄土色の岩があるのだろう。
顔を上げると糸川の顔が近くにあって、思わずそらしてしまった。急に腕を引かれてされるがままに糸川のあとをついていく。逃げているのだろうが、どうなのだろう。ピラミッドレインディアに見られてはいないのだろうか。こんなに息をあげて騒々しく走り回って大丈夫なのだろうかと心配になった。
糸川が足を止めた。彼女以外を視認することが出来ない一也にとって、そこはさっきの場所とあまり違いがないように感じられた。大して走ったわけではないし、そう遠くに来ている訳でもないだろうから、ピラミッドレインディアに見つかってしまわないのかと心配になる。
そんな思考を表情から読み取ったのか、
「三条くんにはみえてないんだろうけど、一応物陰に隠れてるから安心して」
「気づかれないのか」
「それはない。だから早くどうするか考えようよ」
そうだなと首を捻って考えてみる。敵が見える糸川に攻撃させても、そもそもダメージをくらうかどうかも分からないし、たとえ会心の一撃のようなものがあったとしてもリスクが高い。一也は見えないとはいっても触れることくらいはできる。攻撃するのが一也というのはほとんど決まったようなものだろう。
しかし肝心の攻撃方法が決まらない。見えない敵に触れるという、あきらめてもおかしくないほど無茶なことを前提として作戦を考えているのだ。決まらないのはあたりまえで、たかがいっぱしの高校生が二人並んだところでいい案がでるとも思えない。
「......思いつかないな」
「思いつかないって__ホントになにもないの?」
「敵が見えないんじゃあな」
「あぁ__敵を見つけることができればいいのにね」
敵が見えるというだけで、一也たちの勝利は決まったようなものなのだ。
たったそれだけのことなのにいい案が見つからない。
「俺のHPってあとどれくらいだ」
「1。さっきので1まで減ったよ」
肉を切らせて骨を断つ__という作戦はもう不可能だ。一撃でもくらってしまえばゲームオーバーは免れない。そうなってしまえば何をどうすればいいのかまったく検討がつかなかった。
「もう、あれだな。糸川が少しずつダメージを与えていくしかないかも」
「私が? 1ダメージくらうかどうかギリギリのラインだよ」
「......負けるよりはいいだろ」
「うん......まあ、そうだけど」
そうして作戦は糸川がダメージを少しずつくらわせていくということに決まった。
その作戦を決行するにあたって、心残りなのは一也はなにもすることがない__ということだった。
しかたがないと割りきってしまえばそれまでなのだが、しかし一也には割りきることができなかった。
「じゃあ、行くよ」
一也の心になにかがつっかえたままで、戦闘は再び始まった。
糸川が物陰から飛び出した。彼女の右腕には細長い剣が握られていれる。ピラミッドレインディアはすぐさま反応し、糸川へとまちかまえていたかのように、迷いなく突進する。
ぶつかり合うのとほぼ同時に、糸川の細長い剣がふり下ろされる。攻撃があたったかどうかは一也には分からない。しかしピラミッドレインディアの攻撃があたったということは分かる。糸川は勢いよく後ろへ吹っ飛んで、何かにぶつかって止まった。辛そうな表情を一也に向けて彼女は言う。
「__ダメージ0だってさ__まあ、あきらめないけど」
糸川は立ち上がって距離をとる。細長い剣を強く握り直してピラミッドレインディアを睨む。
近づいてきたところでまた剣を振り下ろす。同時に後方へ勢いよく吹き飛んでまたその繰り返し。
辛そうな糸川を見ているだけでいいのかと一也は思った。しかし自分にできることは何もない。それがなにより悔しかった。無理に戦闘に参加して、糸川に迷惑をかけてしまうことだけは、あってはならないのだ。だからピラミッドレインディアに見つからないこの場所を離れることは許されない。
それでも。
何かできることがあるんじゃないだろうか。