Lv14 聖夜の古代都市 part2
手を引いてもらったところで意味はなかった。地面が遠すぎて足がすくんでしまい、その不安定な体勢で手を引かれるものだから、むしろマイナス効果だった。ふきっさらしの足場がなによりの恐怖で、前方を見ることはおろか糸川を確認することすら不可能だった。
根本的な『進まない』という問題にぶつかってしまった。聞いているぶんには馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいそうになるが、本人はそんな苦行をこなさなければならないのだから、たまったものではない。
「足場ないのがこんなに怖いとは思わなかったよ......」
「私でもここ高いからちょっと怖いのに」
みっともねえなと自分でも思うのだが無理なことはやはり無理で、踏み出した一歩が元の位置に戻るには数秒もかからない。いっそ目隠しでもしたほうがいいんじゃないだろうか。何も見えないほうが実はすんなり進んだりするんじゃないだろうか。使えそうで使えない案ばかりが一也の頭をよぎる。
なるべく上を向いて歩いてみようかとも考えたが、どうせ気になって下を向いてしまうんだろうなとその案も却下した。解答を否定する度に自己嫌悪の渦へと吸い込まれていくそんな気分が嫌で嫌でしかたがなかった。
「今の俺すっげーダサいよな」
「そんなことないと思うけど」
「正直に言ってみてくれ」
「かっこよくはないね。でもしかたないと思う」
こんなときの糸川は少し苦しい。優しいから一也を奮い立たせてくれるスイッチにはならない。どちらかといえばの話なのだが、まだ罵詈雑言を並べ立てられるほうがいいのかもしれない。
そんな自分に少し幻滅した。かわいい女の子を前にしてダサい格好をとりつづけてそのうえ慰められるなんてみっともないを通り越している気がした。
自分に腹が立った。
だから意地を張ってみた。
「よし。歩く」
「できるの?」
「余裕」
とは言ったもののやっぱり足が震えていた。その姿はさっきよりみっともなくなった気がしないでもない。震える足を叩いて少しでも平常を取り戻そうとしてみたけれど意味はなかった。
「行こうか」
「行けるの?」
「行ける」
糸川が先を行って一也はその後に続く。
しかしあいわらず手を引いてもらったままなのでかっこよくはない。
たまに膝が折れることもあるのでみっともないのに変わりはない。
「いやー凄いね三条くん。びっくりだよ」
「びっくりかよ」
「男気だねえ。なかなか格好いいねえ」
「馬鹿にしてるのか」
「誉めてるんだよ」
少し進むと糸川が「あ」と声を出した。足を止めて振り返り、困ったように言う。
「こっからは敵がいるよ__そこにいるんだけど見える?」
一也は指差された方へと目を向ける。しかしそこには何もない。
「残念ながら見えない」
「......大変になりそうだね」
言葉に詰まってしまった。こんなにも不便で大丈夫なのだろうか。敵が見えないというのはなんとしても避けたいところではあったが、不幸にもそんな見えないという状況に陥ってしまった。
一也は一見浮いているようでも、見えないだけで地面を踏んではいるのだ。だから見えない敵にも触れることが出来、攻撃は通用するだろう。問題は当たるかどうか__だ。
「......俺の攻撃はたぶん当たらない」
「でしょうね。でも、だからといって私に任されても困る。極端に攻撃力が低いこと知ってるでしょ。当たる当たらない以前の問題だわ」
「当たればほぼ確実に勝てる俺の方が、まだ救いはあるってことなのか」
「そうなるかも」
「敵のレベルは分かるか?」
「13か14のどっちかだね。名前は__ピラミッドレインディア」
「『レインディア』って英語でトナカイって意味だったよな__じゃあそこにいるのはトナカイなのか」
「たぶんそうなんだろうけど......トナカイっぽくない。見た目が」
「ていうかなんでピラミッドにトナカイがいるんだよ」
「そこはどうでもいいんじゃない? とにかくどうやってあいつを倒すか、よ」
少し考えてみた。けれど敵の姿が見えないんじゃあ想像も難しいし、なにより今は浮いているのとあまり変わらない状態にいるのだ。冷静に考えることなんて出来ないとは言わないがほとんど不可能に近い。
と、一也は閃いたと言わんばかりの顔でこちらを見ている糸川に気づいた。
どうしたんだと訊いてやると、
「避けて通るのはどうかな」
「追いかけてこないのか? こっちのレベルは4だぞ」
「追いかけてくるの?」
「よく知らないけどリアルでやったゲームではそうだった。レベルの差があれば追いかけられて、捕まると強制的に戦闘開始だ」
露骨にめんどくさそうな顔をする糸川だった。
「ほんとにそうなの?」
「分からない。けど多分そうだと思う__それに、どうかわからないから試しにとかいって戦うと痛い目に合うだろうな。__作戦なしに戦うにはレベルの差がありすぎるし、こっちのステイタスは異常だから何がおこってもおかしくない」
額に手をあてて、ううんと唸る糸川だった。
特に焦ることもなく、余裕があると思って一也ものんびりと考えていた。
それが裏目に出てしまった。
「__っ!」
何かに弾かれたようにおもいっきり仰け反った。耐えきれずに二十メートルほど吹き飛んで何かにぶつかって止まる。顔をあげると何処かを睨んでいる糸川が目に入った。
糸川が睨んでいるのはおそらく__ピラミッドレインディアだろう。
敵も動くことが出来るのだ。偶然近づいてきたピラミッドレインディアが、二人に気づいて襲ってきたと考えることが出来るだろう。
そして、それを裏付ける発言を糸川はした。
「......バトル始まっちゃったよ。どうする」