Lv14 聖夜の古代都市
「さっきからどこ見てるんだ」
「なにいってるのよ。あれ。何度もいってるじゃない」
少し苛立ったように糸川が言う。彼女がさした指の先にはなにかあるのかもしれないが、あいにく一也の視界にあるのは真っ青な空と、ところどころに点在する雲のみ。
それでも糸川はこう言い張る。
「あるでしょ。浮いてるじゃない__えーと、ピラミッド? みたいな」
それにしても変なのだ。宙に浮いてるというのならば、古代都市が見えた頃には、そのピラミッドらしきものも見えているはず。それなのに糸川は何も言わなかった。そして今になってピラミッドみたいなのがあると言い出した。まさかそんな大きなものが浮いていて気づかないということはないだろう。空が嫌でも目にはいるくらい古代都市は低い位置にあり、なおかつボロボロに壊れていて高さなど全くない。
「ほんとに見えるのか? 俺にはまったく見えないけど」
「なんで? それはおかしいよ。絶対に見えるよ。見えないわけないよ」
糸川は、こういうのと言って手で三角形の形を作った。それは確かにピラミッドだったけれど、空に目を移してもそれらしきものはまったくない。雲が三角形になっているわけでもなかった。
少し冷静になって考えてみる。まず訊かなければならないことがあるはずだ。
「どこからそのピラミッドみたいなのが見えたんだ? まさか急に現れたとか言うんじゃないだろうな」
「残念。急に現れたよ。そのへんで」
一也がいる場所の十メートルほど後ろを指差して糸川は言う。しかし、
ならなぜ一也には見えていないのだろうか。たとえばゲームであるラインを越えたら城が見えたりするのは分かる。だがそのラインというものを越えて、ピラミッドを目にしたのは糸川だけ。
どんなにバカな奴でもおかしいというのは分かるだろう。
「悪いけど、俺には何も見えないんだ」
「まあ、そこまで言うなら信じるけどさ__おかしいよね」
「そりゃあね。不公平というかなんというか。めんどくさいゲームだ」
「とりあえず近づいてみない? なんか分かるかもしれないし」
「だな」
糸川を先頭にして進んでいく。瓦礫のある場所をよけて通り、小さなドームをくぐり抜ける。
と、途中で糸川が軽く身震いした。彼女は振り返って呟くように言った。
「ほんと寒いね」
「なにいってるんだよ。むしろ暑いだろ。日光強いし」
一也がそういったと同時に、糸川は驚きの表情を作った。なにがそんなに驚くことなのか。
「夜だよね? いま」
「昼だろ」
「だからそんなに汗かいてるの?」
「そうだけど__」
嘘__だと思った。けれど糸川の真剣な表情、さっきから多々ある糸川との意見の食い違い。
もしかして。
本当にそうなのかもしれない。
「ちゃんと夕方も過ぎたはずだけど......」
「俺んとこはいまだに昼だぞ」
「ホントに?」
「ホントに」
はぁと大きなため息をついた糸川が言う。
「白い息見えなかった?」
「見えなかった」
ううと唸って考える体制に入った糸川だったが、数秒もしないうちにあきらめたようだ。まあなんとかなるでしょと言って一也の手を引いていく。握った糸川の手は流水に打たれたかのように冷たかった。
少し進んで糸川が止まった。
「今、ピラミッドみたいなものの真下にきてるよ」
言われて上を見てみる。しかしそこには相変わらずの青い空があるだけだった。
「そうか。で、どうすりゃいいんだ」
「どうしよう」
少しの沈黙があった。
その沈黙を破るように、糸川が案を出した。
「とりあえず、ピラミッドみたいなものに乗ってみない?」
「足場が見えないんだぞ。俺は」
「大丈夫だと思うよ。ちょっと怖いだけ」
「ちょっとじゃないだろ」
とはいったもののそれ以外にいい案が見つからない。それにどれだけ高くても我慢することくらいなら出来る自信が一也にはあった。少々足どりが重くなるくらいで問題はないだろうとなめてしまっていた。
だから言ってしまった。
「まあ__行こうか。ここでくすぶっていても意味がない」
「手くらいは引いてあげるから安心してよ」