プロローグ
「よしっ............」
深夜0時を少し過ぎた頃。薄暗い自室でPCを見つめながら、三条一也は呟くように感嘆の言葉を漏らした。
画面にはとあるオンラインゲームのホームページ。とは言っても画面のど真ん中に『ゲームスタート』のボタンがあるだけで他には何も記されていない。
遂に見つけた。と、一也の顔が歓喜でにやりと歪む。
そのオンラインゲームとは。
プレイヤーの肉体をPC内のゲーム世界に移転させ、スリルとリアルを楽しむもの。
一也は中学生になって初めてこのオンラインゲームの存在を知った。異世界や異次元等、そんなものに興味を持っていたその頃の一也は夜でもネットを開いて、一晩中探していたこともあった。
しかし二年間続けても見付からない。嫌になって探すことを止めると、いつの間にかオンラインゲームのことは記憶の棚の奥深くに収納されてしまっていた。
だが今から二ヶ月ほど前のこと。高校二年生の夏。何の脈絡もなく自然にオンラインゲームのことが頭に滑り込んできた。思い出したのは『異世界転生ゲーム』と、最近そんなライトノベルが流行っていたからかも知れない。
中学生の頃よりもPCの扱いに慣れてきていた一也は好奇心に手を引かれて、もう一度探してみることにした。
するともう早かった。二年間かかっても出来なかったことがたったの二ヶ月で。少しずついろんなサイトからサイトへとジャンプを繰り返し__今、たどり着いた。
歓喜に打ち震えて手にしたPCのマウスが揺れる。今までの苦労が報われたような感覚で実に清々しい。今すぐにでも『ゲームスタート』のボタンを押したいが、ちょっと待てよと自粛する。
ライトノベルによれば一度異世界に移転すればもう戻って来ることが出来ない。と、そういう設定だったと思う。
さすがに心の準備が必要だし、好物のラーメンを二度と食べることが出来なくなってしまうかもしれない。
そりゃいかんなと自室から音を立てずに忍び出て、そっとドアを閉める。親と妹を起こさないよう静かに階段を降りる。心中で渦巻く感動を抑えつつ一階のキッチンへ向かった。
何年家にあるのかも分からないポットに水を注ぎ、棚から父親御用達のカップラーメンを取り出す。それをテーブルに置いて椅子に座って考えてみる。
異世界、か。そこにはどういうものがあるんだろうか。勇者の剣。竜の盾。魔術。魔導師のローブ。見渡す限りの草原。中世の町並み。魔獣。魔物。吸血鬼。聖剣。武器商人。よろず屋。宿屋。魔王。裏ボス。
うん、まあこんなものだろうか。こんなことを考えるだけで本当に楽しい。去年の一也はゲームや異世界を毛嫌いしていたから今の状態がどこか面白い。
ピーっと、ポットが湯沸かし完了の音を立てた。カップラーメンの蓋を開けて湯を注ぎ、三分待つ。
しかしまあ、この気持ちは何なのだろう。『異世界転生ゲーム』ではHPメーターが0になってしまうとプレイヤーは現実での命を落とすという設定だった。なのに何故か、怖くない。
更に怖くないのに手が震えている。全く意味が分からない。いや、これは武者震いというものなのかもしれない。
強くて格好いい。と、そんなもの思春期の男子なら誰でも憧れることだろう。剣を振り回して戦う。未知の魔術を使う。魔王を倒して世界を救う。命をかけて世界のために戦う。
早くあのオンラインゲームが__したい。
横目でキッチンの時計を見ると湯を注いでから四分経っていた。慌ててカップラーメンを食べる。これが食い納めだと一生懸命味わって食べた。
しかしふと思い立って棚からインスタントラーメンを一袋引っ張り出す。肉体を移転させるなら持っていくことも可能ではないのだろうか。お湯くらいは向こうにもあるだろう。
それをズボンのゴムのところに挟み、廊下に出て階段をそろりそろりと上がる。開きっぱなしの自室のドアに違和感を覚えつつも、部屋に入ってPCの椅子に座った。
さて、始めますかね。
事前にPCの隣に用意しておいたスマートフォンと文庫本をポケットに突っ込む。忘れ物はないかなと部屋を一瞥してPCに向き直る。
そして震えるマウスで『ゲームスタート』のボタンをダブルクリック。同時に一也の世界が暗転する。
移転される一瞬間だけ、現実世界に残った一也の意識。
それが捉えたのはPCの画面の右端に存在する『ログイン履歴[2]』という表記だった。
ログインしたのは今回が初めてなのだが。