第八話【模擬戦】
三日ぶりです。
「どうだ、ユリウス?」
塔にたどり着いたユリウスはジョルジュの言葉に反応する事も忘れ目の前の地図──一等区画の案内図に見入っていた。
そこには遠距離投擲系武器の訓練場、近距離近接武器の訓練場、障害物などがあるアスレチック型訓練場、模擬戦用の訓練場、そして魔法専用の訓練場などがある。
他には観客動員型の闘技場、式典や祭り用の広場、他にも色々な施設がある。
「あっ、ジョルジュさん。来てたんですか?」
息子に無視されて少し気落ちしつつも、嬉しそうなその横顔を見る事により複雑な気持ちになりつつあるジョルジュに、休憩塔から出て来た三人の部下の一人が声をかける。
「ん、おうお前らか。今日も訓練か?」
「はい、自分たちはまだまだ実力不足なもんですから......。まあ、今は休憩中なんですけどね」
そう言って別の部下の一人が苦笑する。
「そうか、息抜きも大切だしな。まあ、お前達はそうやって向上意識がある分いいもんだ。他の隊には作業のように見た目だけ訓練したりするやつもいるしな。休日をエンジョイしている俺が言えたもんじゃ無いしな」
「いやいや、ツェルグブルグ最強が何言ってるんすか......」
「そうですよ、それ以上鍛えてどうするんすか」
「最強なんて皆がふざけて言ってるだけだろ。それに俺以上に強いヤツなんてたくさんいるしな」
ジョルジュはツェルグブルグ最強なんて呼ばれるのを嫌がっている。
実際、ジョルジュはツェルグブルグ最強の名に恥じない程の実力の持ち主なのだが決して慢心する事無く日々努力を続ける。
そんな姿もジョルジュが皆に好かれる要因になっている。
実際はただ、自己鍛錬が好きなだけなのだ。皆、別にそんな事は関係なしにジョルジュの人柄に惚れている。
努力家で愛妻家、決して人を下に見る事無く誰にでも優しい。傍から見たジョルジュの人柄である。
「......ん?そちらは例の息子さんですか?」
今まで一言も発しなかった女性の部下が無心に地図を見るユリウスに気付き声を出す。
「ああ、そうだ。俺の息子だ。今は......案内板を読むのに夢中でこっちの声は届かないけどな」
「へぇー、ジョルジュさんと一緒で銀髪なんですね」
そんな部下の発した何気無い台詞にジョルジュは一瞬、ほんの一瞬だけ顔をしかめた──まるで何かを恐れる様な、それでいて何かを恨むような......。
だが、部下達が気付く前にその顔はいつもの顔に戻る。
「まあな。おい、ユリウス」
「..................」
「......本当に読んでるんですか?」
ただ図を見ているだけじゃ......、と思い女性隊員はジョルジュとユリウスを胡散臭げに見る。
「えっと、ユリウス君は何歳でしたっけ?」
「今は五歳になったばっかりだぞ」
五歳。
三人は文字が読めるがそれは学校に行ったり習ったりした事による。
だが、ジョルジュの過去の話では誰もユリウスに特に文字を教えたりしてはなく、勝手に覚えてしまっていたらしい。
「父さん!!」
「──っおう、どうした?」
突然ユリウスが大きな声を出しジョルジュを呼ぶ。
「見てみたい所があります。さあ、行きましょう! ............?」
ユリウスはそう言った後、三人の男女に気付き疑問の目を向ける。
「ああ、こいつらは──」
「どうも、デニスです。お父さんにはいつもお世話になってます」
「マンセルです」
「マリンです」
ジョルジュが紹介する声を遮り男、男、女の順に簡単に名前を言う。
「初めまして、ユリウス・グラッドレイです」
ユリウスは居住まいを正し、そんな三人に挨拶をする。
「はい、初めまして。今日はお父さんとお出かけ?」
「はい、父さんがいい所に連れて行ってくれるって」
「そう、それじゃあ──」
女性隊員──マリンは声を途中で止めた。いや、止めざるを得なかった。
目の前の少年はそわそわして待ちきれなさそうにしている。それに、さっき見てみたい所があると言っていたのを思い出したのだ。
「はあー、そろそろ休憩終わるか」
空気を読んだ男性隊員──マンセルが伸びをしながらそんな声を出す。
それに賛同した二人も「休憩終りー」と続けて声を出す。
「それじゃあジョルジュさん、自分たちはこれで」
「おう、頑張れよ」
そんな部下の様子に苦笑いを浮かべながらジョルジュは応える。
「それじゃあ、ユリウス君。またね」
「はい、お仕事頑張って下さい」
仕事じゃ無いんだけどなぁなんて思いながらも、しっかりしているユリウスに驚く三人。
「ありがとう。楽しんでね」
自分で言っておいて「楽しめるのか?」と疑問に思う物だが......。
そうやってユリウスとジョルジュは三人と別れ、ユリウスの希望に合わせ歩き出した。
「〜〜〜♪」
「ははっ、ずいぶんご機嫌だなユリウス」
「はい、とても楽しみです......♪」
俺は今、父さんに頼んで模擬戦用の施設へ向っていた。
そこを選んだ理由はきっと誰かが使っていて、あわよくば戦闘が見れるだろう、と言う希望的観測による。
この世界の戦闘にはどんな術が、武器が、力が使われているのか。とても気になる所だ。
「ほれ、ユリウス」
そう言って父さんが俺に一本の短い剣を渡した。ちなみに真剣である。
この剣は五歳の誕生日の時に父さんがくれ、危ないからと普段は父さんが預かっている。
いつもは四歳の時に貰った木剣を使っている。
キンッ、ザッッ、キ、キンッ、キーンッッ
耳を澄ますとそんな剣と剣をぶつけ合う音が聞こえてくる。
久しく聞く音だ。いや、この世界では初めてかもしれん。
それに生で、となると本当に初めてになるかもな。前世では毎日の様に聞いていた──いや、響かせていた音だがあれは所詮、作り物の音声に過ぎない。
だが、これは生。リアルだ。
なんかオラ、ワクワクすっぞ。
「なーに、ニヤニヤしてんだ? 本当にユリウスは剣が好きだよな。剣を見ている時のユリウスの顔は父さんの親友の顔にそっくりだ」
そう言って父さんは笑う。
そんなにニヤニヤしてたのか。
気をつけないとな。
うーん、それにしても早く行きたいもんだ。
おっと、気付いたら自然に背伸びをしてしまってた。
そんな俺の様子を見て、また父さんが笑っている。
「ほら、ここから入るぞ」
そう言って塀と塀が途切れている所を抜ると、目の前には芝生の広場が広がっていた。
そこでは三組の人たちがぶつかり合っていた。
一組は剣と剣。
一組は槍と剣。
一組は拳と拳。
それぞれがそれぞれの戦闘を行っている。
「おー、やってるなぁ」
父さんはそんな声を出しながら戦っている人たちを見る。
「おう、ジョルジュ」
と、横から声が聞こえた。
気づかなかったが誰かが塀にもたれ掛かりながら模擬戦の様子を見ていたようだ。
父さんの様子からすると既に気づいていたようだが......。
「ケイルズ、また仕事をサボってるのか?」
サボってる?
誰なんだこの人は。
「おいおい、硬い事言うなよジョルジュ。今日はお腹が痛いだけだって」
ケイルズって男は笑いながら言った。
その顔は嫌らしい感じも無く、何と言えば良いのか......イタズラ小僧? そう、イタズラ小僧ってのが似合うな。
そんな印象を受ける人だ。
まあ、俺には関係ない。目の前の試合の方が面白そうだしな。
「お前は何してんだよ? また訓練か?」
「いいや。今日は息子と一等区画を回ってるだけだよ」
「ん? ああ、ユリウスだっけか?」
「よく覚えてるな」
「そりゃあ、ジョルジュが親バカになったってかなり噂になってるもんな。毎日、毎日、子供の話ばっかりするってな......」
「......そんな事は無い、はずだ」
「まあ、そんな事はどうでもいいさ。どうしてここに来たんだ? 見て回るなら別に場所があるだろうに」
「ああ、それはユリウスがここに来て試合の様子なんかを見たいって言うもんだからさ。ほら」
「......確かに見とれてやがるな。それにしっかり剣なんて持ってんじゃねえか。使えんのか?」
「さあな、まだ使わせた事は無いしな。ただ木剣なんかは振ったりしてるぞ。これがまたいい型でさ──」
「あー、いい、いい、息子自慢はさ。総隊長の娘自慢の次は隊長の息子自慢と来たもんだ。俺が死んじまう。お前も総隊長の話は嫌だった──いや、そういやお前は羨ましいなぁって顔で聞いてたな」
「......程々にしとくよ」
「頼むよ。それよかジョルジュよ。軽い試合ってやつをやらないか?」
「別にいいけど、どうしてだ?」
「ちょっくら体を動かしたいのとお前とこうやって休日に会えるのは滅多に無いからよ」
「確かにそうだが............別にお前は休日じゃないだろ?」
「まあ、固い事言うなや。なあ、ユリウス!」
「はい?」
何だ突然呼んだりして、俺ってあの人に名乗ったりしたかな。
「お前も見たいだろ?」
「何をですか?」
「ジョルジュ──お前の父親が戦ってる姿を?」
父さんの戦ってる姿。
確かに興味があるな。
どんな動きをするのか。
どんな戦法をとるのか。
「はい、見たいです!」
「だってよジョルジュ。どうする?」
「......まあ、別にいっかな......。よし、いいぞやろうか」
そう、父さんは頷いた。
塀にそって作られた一メートル程の低い壁──まあ、今の俺にとっては十分高いのだが──俺はその後ろに立っていた。丁度顔が壁から出て見る事が出来る位だ。
少し離れた所に父さんとケイルズさんが向かい合っている。
互いにシンプルな剣を一本持ち静かに立っていた。両方、怪我をしない様に刃を潰してあるらしい。そうは言っても当たると相当痛いんだけど。
互いに見つめ合い、ゆっくりと構えている。
「始めッッ!!」
審判──模擬戦をしていた人を捕まえた──が声を出し、模擬戦が始まった。だが、両者共に動かない。
静かに、だが確実に時が流れていく。
先に動いた方が負け、なんてルールはもちろんない。どちらかが降参または戦闘不能になった場合が終了だ。
だが、互いに動かない。
これも戦術。
俺も前世で経験がある。
互いに互いの出方を伺い、耐え切れず動いた方を俊足の一撃で沈めるカウンター。そんなやり取りを。
「おい、動いていいんだぜジョルジュ?」
先にケイルズさんが口を開いた。
その額には薄っすらと汗が浮いている。それだけ集中してると言う事だろう。
対する父さんは余裕の表情。その顔には笑みすら見える。
その笑みも相手をバカにする様な物では無く、この状況──模擬戦を楽しんでるような。
「じゃあ、お言葉に甘えて──」
言い終わるや否や、父さんは一気に加速し寸前でサイドステップ。一瞬にしてケイルズさんの横に回り込んだ。
そして一撃
が、ケイルズさんはそれを横薙ぎの一撃で迎え撃つ。そして父さんの剣とぶつかり合った反動を殺すためか、横に転がった。
それを直ぐに追撃へ向かう父さん。だが、ケイルズさんは転がるのを止めずに縦に振られた剣をかわし素早く立ち上がりバックステップで距離をとった。
「──行くぜ!!」
自分に気合を入れるためか。ケイルズさんは叫びながら駆け出した。
そして、剣の射程に入ると斜めに切り裂く一撃を放つ。
それを父さんは冷静に対応し剣の腹で滑らせる様に受け流した。
「フッッ、」
そうして息を吐きながら体制がぶれたケイルズさんの体に剣を叩き込む。を、ケイルズさんは流れに逆らわず、横に倒れながら父さんの足に蹴りを入れる事で止めようとする。
バックジャンプ。
父さんは手首を返し、無理に攻撃せずにその蹴りをかわした。
そして、着地と同時に再スタート。もう既に立ち上がっているケイルズさんへ向かう。
それをケイルズさんは真っ向から迎え撃った。
父さん、ケイルズさん、父さん、ケイルズさん、と交互に攻防を繰り返し剣と剣とをぶつかり合わせる。まるでそれは何かの型に沿ったようなキレイな攻防だった。
ギィイィンッッ
ひときわ大きな音を立てて剣がぶつかり、そのまま互いに押し合い、
バックステップ。
父さんとケイルズさんはまるで測ったかの様に同時に下がった。
「......アップはこれくらいでいいか?」
ケイルズさんは不適に笑いながら言った。その顔は適度に体が温まっているようで少し紅潮している。
「ん、ああ。いい感じだ」
対する父さんは肩を回しながら頷く。
「ジョルジュ」
「どうした?」
「活性化、使えよ」
活性化? 何だそれは?
初めて聞く単語だ。
「..................」
父さんは無言で応えない。
一瞬こちらを見た様な気がしたが、何かに迷っている様だ。
「別にいいだろ。お前の息子だって早い内に見ていた方がいいに決まっている。だろ......?」
「......ああ、分かったよ。だけど、お前も本気で来いよ。どうなっても知らねえからな......」
ん?
本当に何をする気なんだ?
「ははっ、やっとあんたの活性化が見れるのか。俺も気合を入れないとな──」
無言の時が訪れる。
互いに集中を高め合っているかの様だ。
「いつでもいい、今度はお前から来いよ」
父さんが目をつぶっているケイルズさんに向かって言う。
「──────フゥッ」
ケイルズさんは息を吸って腰を落とした。
──速い。
そう、まるで今までが文字通り、アップだったと思わせる様な速度でケイルズさんは父さんに肉薄する。
ギャイィィインッッ
早速、剣がぶつかり合った物とは思えない程の金属音が鳴り響いた。
だがそれも一瞬の事、直ぐに次の攻撃に移る。
金属音、金属音、金属音、金属音、金属音、金属音............
剣の剣とがぶつかる度に辺りに響く金属音。
(まるで追えやしない......)
異常な速さで繰り返される攻防に俺は息を呑んだ。
もはや俺の目には残像しか写らず。その響く金属音で確かにぶつかり合っていると確認出来るくらいだ。
だけど、俺は食らいつく様に見入っていた。
もっと見たい。
もっと聞きたい。
もっと学びたい。
もっと、もっと、もっと、
そんな気持ちが俺の体を前へと押しやる。
俺は精一杯に背伸びをし、目を見開き、神経を集中させ見入った。
──父さんの剣を正面からケイルズさんの剣が迎え撃つ
──ケイルズさんの剣を横から、剣の腹を叩く事で払いのける
──体制がぶれたケイルズさんへ父さんの剣が伸びる
──ケイルズさんの一撃を腰を落とし首を傾ける事でかわす
──父さんがケイルズさんへ突きを放つ
──ケイルズさんが............
(────あれ? 目で追えてる......?)
目が慣れて来たのか、不思議な事にその攻防が見て取れた。
いや、こんな短時間で目が慣れる筈はない。何かがおかしい......。
(ん? 視界が、赤い......?)
気付くと視界が赤くなっていたのだ。
まるで赤い下敷きかなんかを通して見たかの様な、だけど色彩はしっかりとしていて、変な感じはしない。
おかしい......。
父さんの体の中を何かが、まるで染み渡るかの様に循環している。
ケイルズさんの体もだ。
何なんだ......。
疑問は残る所だが俺は考えるのを止めた。
これは返って都合がいい、と。
なんて言ったって目で追えるのだから。
今はこの戦闘を見届けたい。
──ケイルズさんの突きを父さんが体を半歩逸らす事でかわす。
──続いて、連続で放たれた突きを同じ様にかわす。
──引いていく剣の腹を父さんの剣が捉えた。
──ケイルズさんの方へ押し込むかの様に剣を滑らせながら振り抜いて行く。
──完全に振り抜き、ケイルズさんの腕から剣が抜けた。
──驚くケイルズさん。
──そこへ父さんのトドメの一撃が喉元へ......
そして、
────決着が、ついた。
父さんの、勝ち、だ......。
「──や、やめッッ!!」
一瞬遅れて審判が静止の声を上げる。
「はぁー」
気が、抜けたのか。ケイルズ、さんがそんな声を、出しながら寝転がった。
「いやー、さ、がに強か、たな。ジョ、ジュ。ツェル、ブルグ、強も伊達じゃな、ってか?」
な、んか、ケイルズさんの、喋り、方が変だ......。
「ははっ、あ、がとな」
「まあ、いいん、けどな」
「それより、ユリ、スはいいのか?」
「ん、そう、な」
あれ、視界が、暗く、なった、地面が、近い、様な、いや、俺が、倒れて、るのか......?
「ユリウス!!」
父さんの、声が、聞こえる......。
頭の中が、目が、燃える、様に、熱い......。
うっ......意識が、
「──ユリウス!!」
目の前に、父さんの、顔......。
あれ、目が......霞んで、来た......
どうして、だ......?
(──まずい......)
そのまま、完全に俺の視界は暗転した。
戦闘描写の下手さが際立ちますね......。
誤字指摘などありましたらお願いします。