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異世界転生ライフ 〜ニューゲーム→ニューライフ〜  作者: ㌔㍉コン
第三章〈グランドクロス領〉
33/33

第三十二話【後日と日常】

 



「“いいなぁ〜、ユリウスー!”」


 オレの前でうらやま声を漏らしつつ跳ねて、自己主張を行うサフィール。


「まあね、確かに凄いプレゼントだったね」


 と、改めて今日貰った品々を眺めた。


 現在、オレは部屋のベッドの上にプレゼントを並べている訳だが……


「ジェイドさんからは剣。マイヤさんからは杖。ケイトさんからは例の魔術書。ハイトさんからは暗器を一式…………」


 ほくほくだ。

 とても嬉しいのだが九歳の誕生日プレゼント?、と聞かれるといささか首を傾げたくなるが……

 オレの事をしっかり理解してくれていると考える事にしよう。


「“ほんー?”」


 と、サフィールはケイトさんのくれた魔術書に興味を示す。

 しかしそれはダメだ。

 まだサフィールにはいささか早過ぎる。

 なんせ対象年齢が十五歳(当社比)──この国での成人年齢──なのだから。


 しかしこんないかがわしい魔法が存在するとは……

 異世界魔法、(あなど)れん。



 こほん、こほん。

 仕切り直して。


「サフィール、明日から本格的に過去を取り戻すぞ」


「“かこー?”」


「そ、過去だ。過去の戦闘の記憶と記録。使った魔法と使ったスキル。できるだけ再現したいと思っている」


「“ぜんせの?”」


「そそ、よく分かってるなぁサフィールは」


「“へへー、ぜんせはユリウスのひみつー。だれにもいっちゃめー♪”」


「俺とサフィールの、な。まぁいいや、それよりサフィール。申し訳ないが明日から忙しくなるぞ」


「“?”」


「サフィールとの合成魔法を完成させなくちゃならないだろ。それに従って、魔力運用の制度を上げなくちゃならん。それに新たな魔法習得と開発。それに加え、それらを応用して前世のスキルやアーツ、魔法なんかを再現したいだろ。いやー、(たの)しくなりそうだ」


「“サフィもいっしょに?”」


「嫌か?」


「“んー!! ユリウスとふたり、うれしー、サフィがんばるー♪”」


 うむ、どうやらやる気まんまんのようだ。

 それは嬉しいのだが、


「体に問題とかないか?」


「“んー、どうして?”」


「いや、ないならいいんだよ。ちょっと無理してないかなってね。本当に眠らなくていいのか?」


「“ねるとー、まりょくのかいふくがね、はやいのー!”」


「そっか、それならいいんだよ」


 彼女には少し悪い気がする。

 いつもいつもオレを助けてくれて……


「それじゃあこいつら、全部しまってくれ。…………いつもすまんな」


「“いいのー、ユリウスのため!!”」


 そう言ってサフィールは広げられた物を片付けてくれる。

 本当に彼女にはなんらかの形で報いてあげたいな。

 オレは貰うばかりで何もしちゃいないからな。


「サフィ、明日も早い。寝るか」


「“んー、まだダメ”」


 突然の否定。

 寝たらダメ……

 何かあるのか?


 と、考えているとその思考を打ち切る形でノックの音がした。

 ごく静かに、周りにあまり響かないような音で。


「だれ?」


「私、サクラ……」


 こんな時間にどうしたのだろう。

 取り敢えずサクラへ中に入って来るように言った。

 そして……



「──どうしてこうなった?」


「これは自然の摂理。ユリウスと言えど抗えない、うん」


 これがどう転がって、二回転宙返りしたら自然の摂理になるんだよ。

 扉を開けて入って来たサクラが真っ直ぐにオレのいるベッドの中へ潜り込んだのはよくわからんが理解した。

 そして一緒に寝ようと言うのも理解した。

 しかしその後のサクラの「ユリウスは交尾をしたい」ってのは理解が出来ない。


 自然の摂理?

 オスがメスを欲する。

 確かにそれは自然界の摂理だ。

 しかしオレとサクラの行為がどうして……


 いや、落ち着けユリウス・グラッドレイ。

 スティクールだ。

 こんな夜這いめいた事なんて経験があるだろ?

 サラッと流して自然に過ごせばいいのだ。


 と、言うわけで布団の中へ。

 しかしところで、


「シエルとユウは?」


 この二人がサクラの奇行を見逃すはずが無いのだが……


「ぬかりない。二人には女の子どうし三人で寝ようと言って同じ部屋にいる。そこに私の分身を置いて来た。さらに二人は催眠魔法で眠っている。邪魔は入らない、大丈夫」


 んー、それって大丈夫なのか?


「問題ない、今はユリウスとの話が大事」


 話?

 交尾じゃなくて?


「交尾は……あわよくば。でも抜け駆けはあんまり、うん、少しだけ良く無いから……我慢。今日は話と添い寝、だからここにいる」


 あわよくばって……

 まあ、性に興味を持ち出す年頃だ。

 仕方の無い事だろう。

 しかしもう少し貞操観念と言う物を……

 うん、マイヤさんにでも頼んでみよう。

 あの人なら大丈夫そうだ。


「そっか、話っていうのは?」


「プレゼント、あげようかなって……」


 掛け布団を少し引っ張り顔を隠しつつそう言ったサクラたん。

 お耳たんがピクピク動いて可愛いたん!!


「その、ね。ユリウスはサクラの事、好き……?」


「うん? もちろん」


 何を当たり前の事を嫌いだったら仲良くしないだろうし。

 オレは嫌いなやつには何か無いかぎり基本的に無関心だからな。


「耳と尻尾は……?」


 耳と尻尾?

 それはサクラのか?

 あのフワフワでモフモフでいい匂いがする世界の宝の事か?


「もちろん、大好きです!」


 と、握りこぶしを作りグッと宣言したオレの事を見てサクラは頬を綻ばせた。

 そして「よかった……」と小さく呟く。


「あのね、ユリウスへのプレゼントは……私の耳と尻尾をいつでも触っていい権利、なの。私……っひゃあ!」


 おっと、無意識の内にガッとサクラの肩を掴んでしまった。


「それはまことですか?」


「う、うん……」


 最高のプレゼントだ。

 いや、しかし。

 いかに本人が了承したからと言って……

 いや、こんないたいけな少女の好意を無駄にするのか?

 それで男って言えるのか?

 こんなモフモフを前にして渋る。

 それでモフリストを名乗れるのか?


 そう、オレ。

 正直になれ。

 ここは素直に感謝を述べよう。

 男らしくな。


「サクラ、ありがとう」


 後日聞いた所によると、この時のオレの顔は盛大に緩んでいたらしい。






 〜〜〜






 ──それから二週間が過ぎた。



 いやー、

 なんて気持ちのいい朝なのでしょうか。


 まだ朝日が登っていないほんのりと白んでいる空。

 冷んやりとして澄んだ空気。


「ああ、世界とはこんなにも美しかったのか!!」


 と、テンション高々に叫んでみるも返事をする者はいない。

 それもそうだ。

 なんせ今、オレがいるのは地面から垂直に伸びた十メートル程の塔の上なのだから。


 しかし予想以上の完成度だ、この土魔法で作った塔。

 しかし強度があまり期待出来ない。

 恐らく中級の魔法、いや、下手したら初級魔法でポッキリといってしまいそうだ。

 やはり強化系統の魔法の修練をするべきなのだろう。


 治癒力強化、身体能力強化、肉体強度強化、と簡単に分けると三つの強化があるわけだがこれらは魔法にも応用が効く。

 肉体強度強化は魔法の安定性を高め堅牢な防御魔法へと応用効くわけだ。

 つまりこの土の塔にも同様の効果を付与すればいいわけなのだが……

 まあ、これは後日、図書室で調べるとしよう。


 今はこのケイトさんから授かった魔術書が大事だ。

 男と男の約束。

 うん、大事な事だ。


『賢者の(たしな)み 著ユマン=ゲハイムニス』


 ここ数日間読み込んでみたのだが、なんと言うか……

 凄かった。


 そしてこのけしからん魔術書を読み終えた時に気づいたのだ。

 あれ? これって攻撃系の魔法に応用したらクソ強くね?って、


『賢者の嗜み』とは簡単に言うと夜の為の魔術書だ。

 避妊魔法、性病に対する対病魔法などのあれな魔法がパターン毎にズラッと並んでいた。

 しかしオレが驚いたのは後半に記されていた振動魔法である。


 前世では頻繁に耳にした大人のオモチャはこの世界にもあるらしい。

 魔力を流す事で振動する魔道具がその例である。

 しかしこの本に記されていた振動魔法は道具などの媒体を使用せず、この身一つで使用できるという優れもの。


 ここで少し話を戻そう。

 この振動魔法。

 扱いが非常に難しいのだ。

 正確無比な魔力コントロール能力がないと恐らく人体なんて壊れて仕舞うだろう、とはユマンさんの言である。


 そして著者ユマンさんの意図に沿うのならばこの振動魔法は人体の秘部に使用する事になる。

 しかしそんなデリケートな所にこの魔法を使うとどうなるか。

 スプラッターでグロテスクな事になり、とても夜の営みどころでは無くなってしまうのだ。


 自称、高位魔導師のユマンさんも実現できなかったらしいのだ。

 そしてこの本『賢者の嗜み』の振動魔法の最後にはこう記されていた。


『いつかこの本を受け継いだ者よ。どうかこの魔法を完成させてくれ、使いこなしてくれ、それが我が生涯の悲願なり』


 ここまで読んでオレは衝撃を受けた。

 この振動魔法。

 色々な使い方が出来る筈なのにユマンさんは夜に使う事しか考えてなかったのだ。

 驚きである。


 自身で考案し、魔法を構築し詠唱を完成させた。

 そんな偉業を成し遂げておいてユマンさんは己の、魔法を使いこなせない力不足を嘆いたのだ。

 そう、攻撃魔法として使うのなら十分過ぎる程の力を持っていると知っていたのに、だ。


 だからオレはこの魔法を完成させるのだ。

 それにこの魔法。


 内側から物を壊す、なんて事も出来たりする。

 つまり、


 しゃがみ込んで塔へと両手をつける。

 目を閉じて集中。

 両手へと魔力を集中させ魔法を構築する。

 そして完成と同時に放つ。


 ──ここまで二秒ほどである。


 ガラガラーッ、と一気に崩れていく塔から飛び降り(くう)を蹴る。

 ケイトさんの使っていた魔法だ。

 タン、タン、と何度かステップを踏み地面へと着地。

 そして目の前の瓦礫の山を見つめた。


 調整は難しいが一撃でこの威力。

 期待大だ。

 だが、まだ実戦に使うには程遠い。

 こんなのをホイホイ放ってたら大変な事になるしフレンドリーファイアを起こしてしまう。


 一体多数、又は重装備の相手に対しては有効だろう。

 秘技、鎧通し!!ってな。


 それに敵が得物を使うなら超振動でぶち壊せばいい。

 魔法を使うなら振動で内側から乱せばいい。


 うん、本当にこれだけで無双できちゃいそうだよ。


 しかしながらオレは、こんな素晴らしい魔法を作りつつも自己の力不足を嘆くユマンさんへと敬意を払おう。

 そして振動魔法が完成した暁には、彼女(・・)の所を訪ねるのだ。


 エルフ族の女性。

 ユマン=ゲハイムニスさんの所へと……




「──って、言うわけですよ」


「ふーん、成る程なぁ。しかしお前、振動魔法を一日で習得したのかよ……。俺なんて半年かかったんだぜ」


 と、オレの『賢者の嗜み』についての話を聞いたケイトさんはあきれ顔でそうこぼした。


「いや、でも僕だって細かい調整が出来るようになるまでは一週間もかかったんですよ。だからこんなに報告が遅くなったんです」


「いやなぁ、ユリウス。俺はお前が一年ほどで対病魔法を習得してくれたらなぁー、くらいの軽い気持ちだったんだぜ。それを二週間であの本一冊を物にできるって……どうなんだよ?」


 と、困り顔のケイトさん。

 確かに自分でも驚いている。

 しかし魔法はイメージの力だ。

 あの自称神様も言っていた……「イメージだ」ってね。

 その分だけ科学を知っているオレは有利になる。


「いや、しかし、どうと言われましても。振動魔法に手こずっただけで他の魔法はスムーズにいけましたし……」


「いや、そこをスムーズにいけるってのがおかしいんだよな……」


「………………テヘッ☆」


 コツンと可愛らしく頭を叩いてみたが無視されてしまった。

 恥ずかしい。


「あー、まぁいいや。それより振動魔法の攻撃特化型、か…………俺は振動魔法を覚えても細かな調整ができなかったから、わりと早い段階でそっちを視野にいれてたんだが……それでも挫折した後だから四ヶ月ほど経ってからだぞ。なんと言うか……ユリウス、お前って凄いな」


 確かに、しかしオレには前世からの積み重ねがあるからな。

 言わば知識チート。いや、経験チートだな。

 振動で攻撃するって考えの武器や魔法も前世で使った事はあるし。

 地獄(デスゲーム)にいた時代なんかは一日の殆ど、寝る時と食べる時以外は剣を振っていたからな。


 それが終わった後も色んな依頼を受ける関係上、毎日十二時間は仮想現実で生産から戦闘までこなしていたわけで。

 まあ、そのお陰でリアルの身体能力が著しく落ちたわけだが……


「でもケイトさん。これで約束は果たせましたね」


「おう、それじゃあオレも約束通り、空歩陣(くうほじん)を教えてやるよ」


「………………?」


「なんだユリウス、キョトンとして。俺なんか変な事言ったか?」


 そんなケイトさんの言葉より、オレの中では「あの技、空歩陣って言うんだ……」とうい感じだった、

 何を隠そう、オレは既に空歩陣を使えるわけで……


「あの、ケイトさん……。僕、その、空歩陣……もう使えます……」


「………………?」


 今度はケイトさんがキョトンとした。

 何言ってんだこいつ?って顔である。


「その、僕。魔眼を使ったら大体の魔法は構造が掴めて……それでケイトさんを観察して覚えました。はい……」


 魔眼の存在がばれている定で話す。

 ユウが話したらしいから当然知っていると思ったからだ。

 しかし、


「魔眼…………?」


 知らなかった。

 そしてそこからケイトさんの質問ぜめが始まった。

 魔眼について根掘り葉堀り。

 よってオレは説明した開眼した時期や能力なんかをオレの知る限り。

 そして、


「なあ、ユリウス。お前さ、魔眼使いこなせてないんじゃないか?」


 そう言われたのだった。






 〜〜〜






 と、言うわけで現在食堂にてジェイドさん、マイヤさん、ケイトさん、オレのメンバーで話をしていた。


「……つまり、僕の魔眼は魔力を見る物と思考を加速させるものの二種類だと……?」


「ああ、そう言う事だ。俺とマイヤからの遺伝だろうな。おっ、マイヤ、このクッキーうまいぞ。ほら……」


「本当? あーん……、うん、おいしいわ。サクッとしていても中はしっとりてして……おいしい」


 ジェイドさんのあーん、でクッキーを食したマイヤさんが感嘆の声を漏らす。


「と、言うわけだユリウス。お前の魔眼は二種類あると。あっ、ジェイドさん食べ過ぎっすよ。俺の分も残して下さいね」


 ふむ、だからオレは魔眼を使いこなせていないと……

 だが確かに意識して思考だけを加速させた事はあまりないな。

 それにあったとしても一つの魔眼を使い分けるイメージで使っていたし……


「え、でも二つでも一つでも、結局、両方使うわけですから変わらなくないですか?」


 魔力の可視化と思考の加速。

 甲乙付け難い能力だ。


「あー、それがな。意外と違うもんなんだよ。おい、ケイト。なに欲張ってんだ。叩き出すぞ」


「そうよ、ケイト。食い意地を張るようなら怒るわよ。それに私たちの孫が作った物よ。どうしてあなたが食べてるの」


「いや、それは勘弁ですよ。それにユリウスは俺の甥っ子でもあるんですよ。少しくらいいいじゃないですか」


 うむ……

 話が進まん。

 メイドさんがせっかく紅茶を入れてくれたからと、それに合わせてオレが焼いたお菓子類がここまで人気とは。

 自分の料理スキルに自信があったが……

 失敗したか?


 ジェイドさん、マイヤさん、ケイトさんの三人がお菓子で言い争いをしている姿はなんとも……

 しかしハイトさんや三少女の分も考慮して作ったつもりが、まあいいか。

 完食してしまえば無いも同じ。


「あ、メイドさんもどうですか?」


 と、隣で作業を手伝ってくれるメイドさんに声をかけてみる。


「はい、ユリウス様。頂きます」


 あら意外。

 メイドさんはこちらを貶めないように気遣いながら遠回しに断ると思ったのに……

 そんなオレの気持ちを察したのか


「ユリウス様はお優しいのでお断りになっても同じだと学びましたので」


 と、答えた。

 まあ、確かに断られても進めるつもりだったんだけど。


「しかし、ユリウス様は本当になんでもお出来になるのですね」


「ん、そうですか? ほとんど趣味や酔狂ですよ」


「いやしかし、お強く、賢いだけにあらず。掃除、洗濯、料理、裁縫、建築と色んな才をお持ちで、羨ましい限りです。そしてどれもが一流と来ました。いやはや、将来が楽しみにございます」


「はは、才かぁ…………」


 才能ねぇ、

 無駄の積み重ねと思っていた物も色々と役に立つ物だ。

 作業ゲーは嫌いな方ではなかったので日がな一日色んな技能を伸ばしたからな。

 特に『REAL EARTH STORY』をやっている時なんかは凄かったなあ……


 自由度とリアリティが売りのゲームで無駄にリアル過ぎる為に殆どの作業を手作業、この手一本でやるわけだが。

 趣味、やりたかった仕事、もしかしたら才能があるかも……、なんて事が実際にでき。

 企業の視察なんかも行われスカウトもある、引きこもり救済のゲームでもある。


『俺だってやればできる……』『まだ、本気だしていないだけ……』なんて言っている方々も実際にプレイしたりして才能に気付いたり、やる気がでたりして就職するなんて事もあり。

 政府からの補助金も降りて、プレイヤーへの保証もしっかりしていたゲームである。

 あのゲームがキッカケで大っきいお友達が沢山できたもんなー。



「ふぅ、できた……」


 グイッと右手を額に持っていき、かいてもいない汗を拭う仕草を取りつつそれを見つめる。

 完璧な造形美が織りなす美の共演。

 これをあの子たちが……素晴らしい。

 我ながら変態的な──いや、天才的な完成度である。


「では、どうぞ」


 そう言って隣にいたメイドさんが人を殺せるんじゃなかろうかと言うほどの質量と存在感を持つ本を渡してくれた。

『生活魔法体全』

 日常生活で頻繁に使われる、無属性魔法に分類される生活魔法を集めた一冊だ。


 ぺらり、ぺらり、とページをめくり目的のページを探す。

 そして見つけた。


 防水魔法。

 無属性に分類されているがその実は水属性の要素も入っている。

 しかしその要素はごくごく微弱で、別に水属性魔法への特性を持っていなくても使える事から無属性魔法とされているわけだが……


「どうなされました……? 詠唱ら難しくはありませんよ」


 と、メイドさん。

 ああ、オレが長々と防水魔法のページを読んでいたからか。

 だがしかし別に詠唱はもう既に覚えている。

 オレが熟読していたのはその説明であった。



 しつこいようだが魔法とはイメージだ。

『この詠唱を唱えるとこんな魔法が発動するんだ』なんて言われて実際に使ったとしよう。

 しかしそれは所詮、詠唱による魔法(・・・・・・・)である。


 どうして熟練の魔法使いの魔法が強いのか? この疑問の答えもここにあるとオレは考えている。

 使うたびにイメージが固まり定着する。

 そしてイメージの力『この詠唱をして魔法を発動させると、どのようなタイミングで、どんな魔法が、どんな威力で……』て、具合になるのだ。


 このイメージの力は倍とは言わないがある程度は精度や威力に影響する。

 しかしここには落とし穴もある。

 下手な固定観念を魔法に持ってしまうとそれしか出来なくなるのだ。


 この世界には実際にそんな病気があるそうで、『自分はこの威力でしか魔法を撃てない、それにこんな風にしかできない』という無意識下での抑制というか、それにより固定した威力と範囲、速度でしか魔法を使えなくなってしまう。

 しかしこれはこの世界の殆どの魔法を使う者に言える事だ。

 反復練習による弊害、魔法学校なんかの教育による固定観念。

 これらが一流になるべき若い芽を摘んでしまっているとも言える。


 しかしそんな概念から解き放たれ、その法則の外にいる者たちがいる。

 所謂、魔導師と呼ばれる人たちである。


 法則を理解し利用する。

 それにより魔法の合成や新たな魔法の作成を行えるわけだ。

 そしてその優れた魔導師のさらにごく一部にのみが使えるのが無詠唱魔法(・・・・・)である。


 しかしこれには資質や才能、努力と言ったものが付きまとう。

 ゆえに無詠唱魔法は非常に珍しく困難であるらしい。


 しかしここには向け穴もある。

 まあ、これは一般的じゃないし。

 知識、実力の無い者がしたら大変な事になるらしいのだが……


 まあ、マイヤさんに言わせれば「気合よ、気合!!」だそうだ。

 それに幼い頃から魔法に触れてたりすると案外すんなりと出来るものだから一概に才能とも言えない。



 ──と、言うわけでオレはしっかりと魔法の説明を読み、自分の中で噛み砕いた後、魔法を使うのだ。


「では、始めます」


 そう言って布切れに手を伸ばす。

 合計六枚、現代的なデザインの水着だ。

 と、いっても日本のビキニやワンピースタイプのものなのだけど。


 一枚一枚、丁寧に魔法をかけていく。

 うん、順調順調。

 簡単な魔法だし使いやすいってのもあるな。


 そして滞り無く作業は終了した。

 そこから魔力可視化の方の魔眼を意識的に開き、どこかにムラや漏れがないかを確認し、修正。


 これにて本当に終わり。

 女子陣の水着が完成した。

 全ての作業終了により緊張が溶けふぅーっと、息を吐く。


 それぞれの体格や容姿、性格なんかに合わせて作り上げた我が娘(みずぎ)たち。

 うむ、来週の海行きが楽しみだ。

 この世界の海と言うものはまだ見たことがないからな。

 浜辺でこの世界の海の幸を使ったBBQも……ふふふ、腕がなる。


 必要な物や、食材確保の為の道具もきちんと自作した。

 後はもうやる事が無い。

 男子陣の水着も機能性重視で完成している。


 うん、それじゃあ三人の所に行くかね。

 今は湖で泳ぎの練習をしている筈だ。

 ハイトさんが指導してくれているから比較的早くに泳げるようにはなったのだけど水上や水中での戦闘を視野に入れた訓練もしてるからなかなか大変なのだろう。


 シエルは水の上に立てるようになったがサクラとユウがまだだろうからな。

 もともとあの水に立つ魔法はエルフ族の自然物を利用する魔法の応用である。

 水を流体として捉えその上に立つ。

 一度できてしまえば後は楽なのだが……

 しかし困った事にこの魔法はオレが作っただけはあって詠唱が存在しない。

 やはりそこは難しい所なのだろう。


 シエルはエルフの魔法に関しては完璧としか言いようが無いからな。

 しかしやはり始めて使う魔法には詠唱が必要だ。

 かく言うオレだって見よう見まねと既知の魔法の合成である程度は魔法を使えるが初見の魔法を無詠唱で完璧にってのはある少し無理がある。


 だからサクラとユウはシエルから水魔法を習いそれを応用して使おうとしてるのだが……

 やはりオレが手を貸してやった方がいいのか?

 完全に抱きつく(ピッタリくっつく)必要があるが、そうやって魔力を同調させ魔力の流れを覚えさせればいい。

 しかしあまり本人の為になりそうにないし手をこまねいているのだが……


 うん、湖についてから二人がどの程度できているか見て決めよう。

 完全にできていないならコツを掴ませて、ある程度できているのなら補助をしてあげればいい。

 うん、これが一番だな。

 べ、別に抱き着きたいわけじゃないんだからね!!


 閑話休題(それはさておき)

 フォル爺作の自転車を湖を目指して走らせる。

 最高時速は出せるだけというぶっ飛んだ性能のこの自転車にもすっかり慣れてしまった。

 走り出しをペダルで回しさえすれば後は魔力でどんどん加速してくれる夢の自転車。

 しかし意味不明なほどの操作の難しさが付きまとうのだが慣れてしまえばこの通り。


 しかしこれはあくまで自転車だ。

 あまりスピードを出しすぎると車体が安定しないしボディが軽すぎてタイヤが空回りしてしまうといった不具合があるものも自転車という前提を考えれば十分だろう。

 チリンチリンと意味も無くベルを鳴らす。

 湖までは約二キロ。

 五分もあれば着く距離だ。


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