第三十一話【プレゼント】
つまりこの集まりは森篭り中に九歳の誕生日を迎えてしまったオレの誕生パーティーらしい。
三人に腕を引っ張られるままに中に入り、皆からの祝いの言葉を貰って現在は食事中である。
ちなみに立食形式だ。
うむ、美味しい。
この世界の料理文化はなかなかと言っていいだろう。
さらにこの家はお金持ちなので高価な香辛料や特殊な食材なんかも置いてある。
この鳥肉の様な食感の肉。
スパイスが練り込んである様で臭みもなく風味豊かでとても美味い。
おおっ、このソースがかけてある魚料理。
めちゃくちゃ白米と合うじゃないか!!
くぅ〜、ご飯が進む。
しかし……
オレはチラリとひとつのテーブルへと視線を送る。
そこでハムスターの様に食べ物を咀嚼する翠髪の少女。
我らが食欲の権化、シエルさんは今日も元気に食べていた。
オレの中のエルフのイメージをいい意味でぶち壊してくれた少女はオレの視線に気が付くと恥ずかしそうにその膨らんだ頬を隠した。
うん、可愛いからいいんですよ。
「それでね、ユリウス──」
オレの隣ではユウが楽しそうにオレのいなかった三ヶ月の出来事を話してくれていた。
オレがいなくなって四日目にユウが暴走してしまって部屋を半壊させた話は驚きだったな。
それを体を張って止めてくれた皆の行動と気持ちに感動したらしい。
うん、ありがちだがいい話だ。
それに魔眼の事を知ったジェイドさんとマイヤさんが魔眼のコントロールなんかを仕込んでくれて今ではある程度なら自由がきくらしい。
「ふーん、コントロール出来たのはいい事だね」
「うん、それでね……」
と、少し申し訳なさそうにする彼女。
「その、ボク。ジェイドさんとマイヤさんにユリウスの魔眼の事話しちゃったんだ……」
ゴメン、と本当に申し訳なさそうに告げるユウ。
確かにオレは隠していた訳じゃないけど誰にも言っちゃいなかったからな……
まあ、別に
「いいよ、どうせ直ぐに知られる事だっただろうしさ。それよりユウが上手くやっている様でよかったよ」
「うん……」
「ほら、そんなに気にするなって、な」
よしよし、と頭を撫でるとユウはオレの肩に頭を預けて来た。
しかし、
「ユウ、縮んだ……?」
カチリ、オレは地雷を踏んだ。
ユウの笑顔が固まる。
「あの、ユウさん……?」
「ボ、ボクが小さいって……」
「えっ、いや、違うって。ほら、ユウの方が僕より大きかったじゃん、ね?」
「………………」
無言は止めて。
怖いから。
笑顔のままこちらを向くユウ。
いや、怖い。
整った容姿で笑顔で固まると精巧な人形じみて怖いから……!
「いや、その、さ。ユウはそのままでいいと思うよ……!!」
カチリ、また地雷を踏むオレ。
成長期の子にこの台詞はないわー。
なんて、客観的な視点で自分を見る。
言い訳、弁解開始
「いや、その、さ。な、何でも言う事聞くからさ。だから、その、落ち着いて……って?」
ユウはピタリと止まった。
少し目線を下げ、再び上げるユウ。
そして、
「ほ、本当に何でも……?」
カチリ、三度目だ。
何でも言う事聞くから……
いや、男に二言はねぇぜ!! はぁ。
まあ、ユウは良心的なお願いをしてくる筈だ。
だから、
「お、おう。何でも一つ、な。一つだからね」
「何でも……」
「いや、でも倫理的に無理な事とか、俺にも限界があるしその範囲で、な!?」
「……俺?」
あっ、しまった。
つい素が出てしまった。
これは……
「俺? そんな乱暴な言葉使い僕がする筈ないじゃないですか。HAHAHAHAHA!!」
誤魔化した。
「むぅ、そうなのかな…………ボクは確かに、でもユリウスが言うならそうかもしれない…………」
後半は声が小さかったが、オレは鈍感系主人公では無いのでしっかりと聞こえています。
それにしても気を付けないとな。
まあ、将来的には変わるんだろうけど今の所は舐められようがどうしようが僕に統一だ。
しかし……ユウは可愛いなぁ。
もじっとした感じも、
元気な笑顔も、
少しボーイッシュながらも女の子らしい所なんかも、
いじらしい!!
「うん、ありがとう」
「え、ああ。どういたしましてって、…………あれ?」
ユウの瞳が赤くなってるぞー?
「ふふ。何でも一つ言う事を聞く、約束だよ」
「え、あ、うん。もちろん。今すぐかい?」
「うーん、今度にとって置くよ。あっ、ちなみに何度でもボクの願いを叶えてって願いは?」
「ダメだよ、それはズルいじゃん。でもまぁ、何かあった時は頼めばいつでも力になるよ」
できる範囲でだけどね、と付け加える。
「ありがとう。ボク、ユリウスには本当に感謝しているんだよ。ユリウスに出会わなければって考えると怖いくらいに」
「それは言い過ぎだよ。情けは人の為ならず、ってね」
「確か……人にかけた情けはいづれ自分に返ってくるって事だっけ?」
「うん、よく覚えてたね」
「へへー、エライ?」
と、上目遣いで聞いてくるユウ。
きゃわわ!!
とりあえず撫でる。撫でる。撫でておく。
サラッとしたショートの髪が手に馴染み……
「ユウの頭は気持ちいね」
「そうかな? へへ、嬉しい」
そんな感じでユウとほのぼのと二人過ごしていた。
すると、
「おーい、ユリウス。ちょっとこっち来い」
と、皆があつまっている所へと呼ばれたのだ。
〜〜〜
所謂サプライズ、と言うやつなのだろう。
今回のオレへのパーティーは前々から計画されてたらしい。
そして先日、ケイトさんが予定より一日早く帰って来てしまい怒られたとか。
確かにいい大人かどうかはさて置き、ケイトさんくらいの大人が少女三人に責められる画とは……事項自得とは言え少しかわいそうだ。
しかしケイトさんへはいい薬になっだろう。
涙目も納得だ。
そして現在、誕生日プレゼントの贈呈ってのをやっていた。
「俺からはこれだ。そいつだけでは色々と不便だろ?」
そう言ってジェイドさんはオレに黒の剣を渡し、クイッと顎でオレの背に刺してあるイデアル=イリュジュオンを指した。
ずっしりとしていながらもバランスが取れていてとても安定する。
グリップの部分はまるで長年使い込まれたかの様な不思議なフィット感があり、素晴らしいの一言だ。
鞘から抜く、
「──おおっ!」
つい声が漏れてしまった。
シャラリ、とまるで繊細な金属が擦れる様な音を出しながら現れた刀身は漆黒。
まるで周りの光を全て吸収してしまっているかの様な異様な黒さ。
少し剣を傾けるとその表面がまるで星屑を散りばめたかの様な輝きを放つ。
「………………」
言葉にならなかった。
その見た目不相応な異常な質量。
その中で輝く夜空と星々の様な刀身。
まるで宇宙をそのままそこに閉じ込めたかの様な、そんな感覚に襲われる。
「この剣の名前は……?」
オレは少し緊張で震える声でジェイドさんに問う。
「ん? そいつはお前の物だ。ユリウス、お前が決めろ」
「僕が……」
改めて剣を見つめる。
まるで吸い込まれそうな。
イデアル=イリュジュオンとはまた違う力。
凝縮。
世界を、
宇宙を、
「──コスモス」
我ながら痛いとチューニングセンス(中二病的なネーミングセンス)だと思う。
世界と宇宙でコスモス。
シンプルだがいいと思う。
「ん、コスモスか。いいんじゃないか」
そう言ってオレの頭を撫でてくれるジェイドさん。
「はい、ありがとうございます!」
「ああ、これで孫の喜ぶ顔を見れるなら安いもんよ」
何このお爺さん。
ステキ過ぎる。
「ささ、どいてジェイド。次は私が可愛いユリウスにプレゼントをあげる番よ」
と、言いながらオレの前に躍り出る美女。
どう見ても二十代前半、もっと若いかも知れない。
その肌と肉体は十代と言っても疑わないだろう。
この金髪碧眼の美女は何を隠そう、オレのお婆ちゃんなのだ。
しかしオレはマイヤさん、と呼んでいる。
どうしても自分の祖母をお婆ちゃんと呼ぶ事が出来ないのだ。
別に祖母として受け入れられないとかでは無い。
むしろ素晴らしいくらい孫思いの優しいお婆ちゃんだ。
だが、
しかし、
マイヤさんは……綺麗なのだ。
いやね、お肌ピッチピチのノーメイク金髪美女をお婆ちゃん?
いや、いや、頭おかしいだろ……
他の人が呼べたとしてもオレは出来ないね。
「はい、ユリウス。私からはこれよ」
そう言ってマイヤさんはオレに杖を渡した。
「ユリウス。魔法が得意なんでしょ? それにまだ杖を持ってないみたいだしね、どう?」
杖を握り真っ直ぐと立ててみる。
いかにも魔法の杖って感じのシンプルなデザインだ。
素材は樹木かな?
先端が捻れており、まるで何かをはめ込めるかの様に窪んでいる。
長さはオレの身長を越えていた。
と、言うか長過ぎやしないか?
……オレの将来の身長が目標の百七十五だとしたら、いい感じか?
いや、まだ先の事は分からん。
取り敢えず魔力を……
「って、凄い!!」
何だこれ?
凄い、凄いぞ。
意識した魔力が一瞬で流れ込んだ。
しかし不快感は無い。
イデアル=イリュジュオンは意識した魔力がぶつ切りにされて一瞬で吸い込まれるのに対し、
この杖は確かに魔力を一瞬で吸い込んでしまうのだが杖に浸透していく感じで、魔力が繋がっているのだ。
まるで手と杖が一体化した様な安心感さえ与えてくれる。
手の延長。
まさにそれだ。
感動である。
「凄いです、凄いですよマイヤさん!! 今まで触れた事のある杖とは比べものにならない感覚ですよ。なんかもう、安心感というか、何というか……凄いです!!」
いやー、大興奮だ。
「ん、そう? 喜んでくれたのなら嬉しいわ。あ、そうだもう一つプレゼントをあげるからこっちに来て」
「え、まだあるんですか? いや、なんか悪いですよ。こんなに凄い杖を貰っておいて……」
「ふふ、遠慮しない。孫が祖母に遠慮してどうするの。それにお婆ちゃんの楽しみを増やすと思って、ね?」
「その言い方はズルいですよ……」
とか言いつつ心の中はドッキドキだ。
何が貰えるのか……
いや、しかし悪い気もするのは確かだ。
が、ご老体(どう見ても二十代前半)の楽しみを奪うのはいたたまれない。
と、言うわけでオレはマイヤさんに近づいた。
するとマイヤさんはオレの頭を優しく撫で始めた。
正面から、微笑みながら優しく、優しく撫でてくれる。
ゆっくり、ゆっくりと撫でてくれる。
「ユリウス」
撫でながら言う。
「ありがとうね」
優しい声で、
「生まれてくれてありがとう」
静かに、
その仕草と声がこそばゆく、オレは顔を俯けた。
「あなたのおかげでこんなにも賑やかになったわ」
マイヤさんは続ける。
「本当にありがとう」
そしてマイヤさんはゆっくりと頭から手を離した。
「ぁあ……」
口から名残惜しそうな声が出てしまった。
これは恥ずかしい。
そんなオレの仕草にふふっ、と優しく、嬉しそうに笑ったマイヤさん。
「ユリウス、顔を上げて……」
オレはマイヤさんの言葉に従い少し赤い顔を上げる。
するとすぐそばにマイヤさんの綺麗な顔があった。
緩く、薄められたその目はとても優しそうな。
まるでお婆ちゃんが孫をあやしているような、印象を受けた。
「ありがとう……」
そして、そう言ってマイヤさんはオレの額に優しくキスをした。
「「「あぁぁあああああ!!」」」
少女たちの声。
しかしオレの耳には届かない。
恐らくオレの顔は真っ赤になっているのだろう。
ドクン、ドクンと高鳴る心臓が鼓動を刻む度、顔へと血液が集まっていくのを感じる。
「ふふ、どう?」
そうやってイタズラっぽく笑うマイヤさんの顔は、どこまでも、どこまでも綺麗だった。




