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第二十八話【新たな】

 ふむふむ、

 なかなかに素晴らしい物が……


「──って、痛い!!」


 体の内側からギリギリと音が聞こえると思える程に締め付けられる体。

 ぐっ、ぐっ、と筋肉が萎縮しする感じが伝わってくるがこれはオレの体からの音なのか。はたまたオレを締め付けるこの可愛い手からなのか。


「ユリウス今、変な事考えたでしょ」


 オレのお腹に手を回し抱きつく、とは言い難い程の力で締め付けて来る少女ユウが呆れたような声で言って来た。

 しかしどういう事だ……?

 ユウの魔眼は開いてないはず…………


「沈黙は肯定だよー」


「くっ、」


「で、ユリウスは何を考えてたのかな?」


 お、おぅふ。


「サフィールがね、自分以外のフニフニで喜んでるって報告してくれたんだ。どうしてかなー?」


 どうしてだろうなー?


「身に覚えのない事を言わないでくれよ。僕は別にユウに後ろから合法的に抱きつかれるこのシュチュエーションを少し嬉しく思っていただけさ」


 だって日本男児の憧れだろ?


「この二人乗りってやつがかい?」


「そそ、それにこれに誰かと二人で乗るのも初めてだしね。そう言う意味ではとても新鮮だね」


「始めて、か。自転車……だったよね」


「まー、半分正解かな。製作者は魔道二輪なんて名付けたみたいだしね」


 と、言いながらウインドブレス──先々日、崖から飛び降りる時に使った魔法で込める魔力量により威力や範囲を調整できる汎用性の高いシンプルな風を起こすだけの魔法──を使い姿勢制御。

 流石に森の中を走るのは難しい。


 この自転車。正式名称を「ユイナとフォル爺の魔道二輪(バイシクル)☆」はフォル爺がオレにプレゼントしてくれた物だ。

 ユイナって人と共同製作制作って言われだが、正確にはデザインがユイナって人で、実際に制作したのはワタルって人とフォル爺らしい。

 ワタルって人はフォル爺曰く「天才魔工技術で魔法の腕も立つ男で何事にも一生懸命な人」らしい。


 魔動二輪は合計三台作られたらしく、それぞれの物になったらしいのだが……如何せんライダーに必要とされる魔力操作能力が高すぎたためフォル爺は乗りこなせなかったらしい。


 確かにフォル爺はドワーフ特有の魔力操作能力の高さがある。

 だがそれでも乗りこなせない程にこの自転車の操作は難しいのだ。

 そしてワシには宝の持ち腐れだとくれたわけだ。


 オレも昨日の試し乗りでは少し苦戦したしな。

 サフィールとの修行のおかげで身についたこの操作能力、舐めてもらっちゃ困る。


「しかし、でも……ユリウス君。ボクは本当について来ても……」


「──だー、だからいいって言ってんだろ。それに君はやめろ君は」


「でも……」


 ユウは自信がなかったり気を使ったりする時は必ずオレの事を君をつけて呼ぶのだ。


「ボク、今までにいっぱい……」


「人を殺したってか?」


「うぅ……」


「あー、落ち込むくらいなら言うなってんだ。別にそんな事気にしちゃいねーよ。恐らく今から合う人たちも、な」


「…………」


「それになぁ、別にオレだって人を殺した事くらいあるんだぜ。こんな世界だ、それにユウのは正当防衛ってのも言えるだろ?」


「でも……ボクの所為でユリウス君は昨日、男たちを……」


「昨日……?」


「だって、あの男たちがボクを殺そうとしてるって無理やり聞き出したって……」


「ん? あぁ、確かに無理やり聞き出しはしたけど別に僕がやったわけじゃないよ」


「……え?」


「だから、僕は居合わせただけで別に手を下してはないって。だから気にする事はないよ」


「じゃあ、どうやって……」


「それはなー、言うなって言われてるんだよな……まあ、簡単に言うと利害の一致した奴らが手をかしてくれたって感じかな」


 うん、簡単に言うとそうなるだろう。

 たまたま出会った人……ではないが、言葉を交わせる魔獣が手伝ってくれた訳だ。

 あいつらも自身のテリトリーにはいられてあまりいい気分ではなかったらしい。


「そうなんだ……」


「だからユウが気にする事はないぞ。それにそろそろ森を抜ける。心の準備はいいか?」


「……うん」


 ギュッとオレを掴む力が強くなる。

 今度は可愛い感じの力だ。


「よし、ここら辺からは歩いた方がいいだろう」


 自転車を止めてサフィールに収納。

 今更だが自転車がソフトボールサイズのスライムに沈んでいく光景はなんか……あれだな。


「ほら、帽子」


「うん……」


「ボクの妹のになるけどごめんね」


 しかし、よく似合ってらっしゃることで。

 手持ちのシスターズの服と靴を履かせたのだが……お人形さんみたいだ。

 柔らかく艶のあるフワッとした白髪に柔らかい輝きをした紫色の瞳。もともとの小さな体の作りとしっかりと引き締まった手足もあって早速作り物じみた可愛さがある。


「どうかな……」


 白髪を隠す──必要はなさそうなのだが一応町で問題になっていた時の──ための帽子をかぶりこっちを向くユウ。

 なんと言うか、


「グッジョブ」


 オレはぐっと親指を立てながら言った。










「賑やかだなー」


「う、うん。そうだね……」


 賑やかな通りを進むオレとユウ。

 ユウは周りの光景が珍しいのかキョロキョロと首を伸ばしつつも、やはり人が怖いのかオレにくっつき縮こまっている。

 どっかのエルフさんと似ていて少し懐かしく思う。

 あのエルフさんは今でもオレに怒ってるからな……

 と、言うか。

 女の子がさらに増えたと知ったら。

 いや、やめよう。プラス思考だ。



「ついたよ」


 そう言って立ち止まる。

 目の前にはそこそこ立派な宿。

 まあ女将さんの所と比べたら月とすっぽんなんだが。そんな宿にユウの手を引いて入った。


 今日が集合日になっていたから……

 お、いたいた。端っこの方の席に座って何か食べている。

 ハイトさんは早速こちらに気づいたようで手を降ってきた。


「……うぅ」


「大丈夫。みんないい人だから、さ」


 そう言ってユウの手を引く。

 サフィールさんも久々に皆に会うのが嬉しいのかオレの服の中でプルプルしている。これはサフィールを頭上に乗せていると人目を引く故の対策だ。


 ケイトさんもこちらに気づいたようでこっちを向き、ユウの方を見て……ニヤッと笑った。

 嫌な予感が背筋を駆け抜ける。

 あの人があの顔をする時は大抵ろくなことがないからな。


「ユリウスだっ!!」


 これはサクラの声。

 ぴょこんと狐耳が立ち上がり左右に揺れている。

 まったく、微笑ましいなぁ。


「ユリウス!!」


 ワンテンポ遅れてバッと顔を上げて名前を呼ぶのはシエルだ。

 首のチョーカーが新しくなってるな……この三日間で買ったのだろうか? しかしあの布、どこかで見たことあるような……


 まあ、そんなことよりシエルの輝くような笑顔だ。もともと整った顔だけあって笑顔が眩しい。

 さらいたくなるのも頷け……って、お巡りさん僕じゃないですよ!!

 って馬鹿な一人芝居をしつつもう一度シエルの顔を見る。

 そこにはキラキラした笑顔は…………なかった。


 笑顔は笑顔なのだが……固まっている。

 その目線の先にはオレと手を繋ぐ、と言うかオレの腕に抱きついているユウ。宿に入ると人の話す活気とは違うザワザワした声が苦手なのか手を解き抱きついて来たのだ。


 まあオレの磨かれたスルースキルにかかればこんな視線余裕だ。

 ユウは少し怯えてるみたいだけど。

 そんなユウの頭を優しく撫でてあげる。

 するとユウはくすぐったそうに揺れた。


 あれれー、どうしてシエルの目が敵を見るような目になってるのかなー?


「──おう、元気そうだなユリウス」


「はい、ケイトさんも相変わらず元気そうで……チッ」


「おい、今舌打ちしただろ」


「ん、ああ。気のせいですよ気のせい。別に言葉とこれから訪れるであろう出来事を楽しみにしてそうな顔のギャップにイライラなんてしていませんよ」


「はは、ケイトさん。昨日から楽しみにしてたんすよー」


「なっ、言うなってハイト」


 ハイトさんはオレとユウの事について知ってる、

 もともとオレがユウと出会ったのもハイトさんと森の中で立体機動の練習をしていた時の事だからな。

 そして男たちを見つけてばれないように追う訓練に変わりオレが飛びだしたって感じだ。


 もしも戦闘になればハイトさんが助けてくれただろうし。

 危険がないか、ばれないようにオレとユウが過ごしていた河原のそばに隠れて見守っていてくれていたりもした。


「久しぶりー、ユリウス」


「うん、久しぶりだねサクラ。楽しめたかい?」


「うん、シエルと色んな所を回って楽しかった!」


 うん、もうまったく可愛いなー。

 なんかもう、お兄さん道を誤っちゃいそうだよ。


『シエルは楽しめたかい?』


 と、ネライダ言語で聞くと……顔を逸らされた。


「ふふっ、シエルは正直じゃないなー。……えいっ」


 と掛け声と共にサクラがオレの右手に抱きついた。

 左手にユウ、右手にサクラ。両手に花だな。

 それを見たシエルはなんとも言えない顔をしている。

 目を見開き眉を寄せ口をパクパクさせて、まるで声にならない声を発しているような。


 そしてグッと目を閉じるとイスから立ち上がった。

 こちらと目を合わす事なく近づいて来る。

 何をする気だ? 心なしか顔が赤いが……


「ユリウス」


 と、サクラと練習した共通語でオレの名前を呼び。

 空いている正面に抱きついた。


「──なっ」


 正直これにはオレも反応が困る。

 昔はこんな大胆な子じゃなかった筈……嬉しいような寂しいような。


『寂しかった……』


 シエルの震える声。


『ユリウスが危なかったって聞いて怖かった……』


 少し嗚咽交じりのその声は小さなその子の精一杯の心配を物語っていた。

 自分じゃ何もできない。それを知っているような。


『無事で……よかった』


 ハイトさんから無事は聞いていつつもここまで心配してくれるシエル。

 だからオレも、


『心配かけてゴメンね。ただいまシエル……』


 そう優しく返した。

 その震える頭を撫でてやりたかったのだが両手の拘束は外れなかった。








 三人の拘束から解かれた後、シエル、サクラ、ユウの三人はサフィールを連れて宿の部屋に入り女子会を始めたのでオレは二人にこの二日間であった事を話し、今は宿の裏にいた。

 そこで馬車に荷物を積み込んでいるのだ。


「うし、こんなもんだろ」


「そうっすねー」


「でも多くないですか?」


 そう、積まれている荷物は明らかに今までより多いのだ。

 ここからゆっくり行って一日で着くと聞いたのだが……


「ああ、殆ど酒だよ酒。ジェイドさんとマイヤさんにな。これじゃあ乗るスペースがないからサフィールに協力を要請したいんだが……」


「まあ、今は彼女たちが連れて行きましたからね」


「そうっすね。しっかし、話長いっすねー。もう一時間っすか?」


「確かに……呼んで来ましょうか?」


「いや、いい。こう言うのは始めが大事だからな。三人ともジェイドさんの所で一緒に暮らす事になるんだ。わだかまりはないにかぎる」


「確かにそうですね……って、来ましたね」


 宿から翠、桜、白の三つの影が出てきた。

 カラフルな事で……これが異世界。

 なんて今更ながら思う。


 どことなく三人の中で打ち解けた雰囲気があるな。

 シエルとユウはしっかりと手を繋いでいた。互いに泣いたような後があるのは気のせいだろうか?

 その後ろを明らかに目元を赤くしたサクラがサフィールを抱きかかえている。

 言い方は悪いが、人に嫌な思いがある者どうし、どこか通じる所があったのだろう。それを聞いていたサクラが号泣って感じかな?


 そんな感じの予想を立ててみる。


 そしてサクラからサフィールを受け取り荷物を収納してもらい。

 オレたちは二つの都市を発った。


 旅の仲間を一人増やし。

 六人になったオレたちはどこまでも続く平野の一本道──グランドクロス領への道をガタガタと進んでいった。





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